第2章 王都の兵士達【3】
「まったくもう……ほら、部屋に戻ってさっさと寝るっすよ」
酔いが回って、今にもその場でへ垂れ込みそうな僕を、ジョンは僕を支えるようにして僕の部屋へと連れ帰ろうとする。
「はいはい……お前は僕のお母さんか」
「こんな親不孝な息子を持つのは嫌っす!」
「お前それ……結構傷つくぞ」
「でもこれくらい言わないと、先輩ちゃんとしないじゃないっすか」
「これくらい言われても、僕はちゃんとしないぞっ!」
「自慢できることじゃないっすからねそれっ!!」
また怒鳴られてしまった。こんなに後輩から怒鳴られる先輩っていうのも、なかなかいないんじゃないのかな。
まあ、僕が悪いっていうのは分かってるんだけれど。
「はあ……こうやって世話してくれるのが、可愛い女の子だったら僕も素直に少しはいうこときくんだけどなぁ~」
「眼鏡の男が世話してて悪かったっすね……第一先輩、彼女が居たことってあるんっすか?」
「…………」
「あっ……これもしかして禁句だったっすか?」
「はあ~……僕だってなあ、全盛期は結構モテてたんだぜ? 女の子からファンレター貰ったりとか、プレゼントされたりとかしてたんだぜ? だけどあの時はさ……女なんかよりも、勇者になるのに夢中で見向きもしなかったわけで……」
「つまりいなかったってことっすね?」
「簡単に結論付けるなよな! 僕にだって……僕にだって……」
「ああわかったっすから、じぶんがわるかったっす」
「棒読みかよ……」
謝罪の意など一切感じない、見事なまでの棒読みだった。
「……先輩はなんで勇者になる道を閉ざしちゃったんっすか?」
先程までの、冗談を言い合っていた雰囲気とは異なり、ジョンは真剣な、真面目な口調で僕に訊いてくる。
「……別に好きで閉ざしたんじゃない。閉ざされたんだ」
「それはみんなが現代兵器を使って、モンスターと戦えるようになったからっすよね?」
「まあ……そうなのかな」
「だけど、その中でも目立って強くなれば、それは勇者ってことにはならないんっすかね?」
「それは……違う。それは強者であって、僕の思う勇者像とは違うから……」
「先輩の勇者像って、一体どんなものなんっすか?」
「うーん……選ばれし者かな……誰かに認められて、選ばれて偉業を果たす者……それが僕の中の勇者なのかなぁ」
「選ばれし者っすか……それだったらまあ……今の集団戦重視の世界では難しいかもしれないっすね……」
「だろ? それに僕は、剣術はできても射撃はまったくなんだ……現代兵器を使わなくても、それと同じくらいの実力は発揮できるのに、上は方針を変えて、むしろ剣を使うことを煙たがってるくらいだから……もう僕の活躍の場は、そもそも無いんだよ」
「剣を使うことを煙たがってる……っすか?」
「ああ、今の兵団上層部は現代兵器工場との繋がりがあるみたいだからね。だから剣を全面廃止して、銃を標準装備にしたんだよ」
「そうなんっすか……なんだかその……黒い話っすね……」
「利権はどの世界でも絡むことだから仕方がないよ。今までの勇者と呼ばれた人達だって、ようはモンスターから人間の利権を手に入れるために戦ってきたんだから」
「そう……なんっすね……」
ジョンは顔を俯ける。
まあ、僕も昔はそういう現実を知って、ショックを受けたこともあったから、今のジョンの心中は分からないことも無い。
こうやって人は、酸いも甘いも味わって階段を上っていくのだろうから。
そして、後輩に人生の厳しさを教えてやっている内に、僕達は僕の部屋の扉の前まで来ていた。
「それじゃあえっと……明日は何時からだったっけ?」
「九時からっす」
「ああ九時ね……はいはい、じゃあまた明日な」
そう言いきって、僕が部屋の扉を閉めようとした時だった。
「先輩っ!」
ジョンがそれを制止してきた。
「ん? なに?」
「先輩は勇者の夢を諦めたかもしれないっすけど……でも自分は、一流の、この国の人々を守れる兵士になる夢は諦めませんからね!」
「……そうか」
「だから明日の訓練、ちゃんと来てくださいねっ! 分かったっっすか!?」
「……まあ、今から安眠できたらね」
「じゃあ先輩が寝るまで自分、子守唄を歌い続けるっす!」
「いや、いい。それなら布団に横になってるだけの方が眠れそうだから」
「人の歌を雑音扱いしてほしくないっす!」
別に雑音扱いをしたわけではないけれど……実際僕は静かな空間で、一人で寝る方が寝つきが良いからやめて欲しいのだけれど、まあ言い返すのも面倒だし、このままでいいや。
「いいっすか! 絶対目覚まし時計は七時半にセットしておくんっすよ!」
「お前は僕のお母さんか……しかも一時間半前って、最悪一時間前でいいだろ?」
「先輩が起きて、訓練の用意が一時間でできるならいいっすけどね?」
「……ちっ」
「あっ! 今、先輩自分に舌打ちし……」
ジョンの言葉を皆まで聞かず、僕は部屋の扉を閉めた。
あのままアイツの説教を姿勢正しく聞いていたら、それこそ夜が明けかねない。一晩寝ずに訓練を受けられるほど、僕も昔のように体力があるわけではない。
まあ、正直そこまで訓練を真面目に受ける気も無いんだけれど。むしろ休みたいくらいなんだけど。
そんなサボりたい気持ちになりながらも、布団の片隅に置かれていた目覚まし時計を掴み上げ、アラームを七時半にセットしてから眠りに落ちた僕は、やっぱり後輩思いの良い先輩なんだと、心から自分でそう思ったのだった。
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