第六章 決闘の作法
第40話 壊されたデバイス
ソーサラーシューターズ、バディ戦。
ついに、問題となる七連戦が組まれている日を迎えた。
コウヤとテンカは、順調に予選をこなしていた。
二試合目。
対戦相手は、同学年の田中クララ&明小紅ペア。
フィールドは、岩山が立ち並ぶ登山ステージ。
オープニングフェイズ。コウヤは念話でテンカに指示を飛ばす。
(テン! 右方のフラッグが大きな岩に隠れて見えない。破壊はせず、壁を作って隠してくれ)
(了解ですわ。あと、相手側にある外縁フラッグは、破壊しておきますわね)
スコアは12対4と、こちらが優勢。
相手の魔力弾を弾きながら、自身の魔力弾でフラッグを的確に撃ちぬいていく。更に四点を獲得。中央エリアのフラッグは、ほとんど奪った。
(よし、もうモノリスは破壊していい)
(了解!)
コウヤの合図によって、テンカはすぐさまモノリスを破壊しにかかる。
それを防ぎに、赤い翼を持つ敵ファントムが駆け寄るが、それに構わずテンカは氷の槍を連続で射出した。
相手のファントムごと、モノリスが破壊される。
リードを保ったまま、メインフェイズへと戦いの場を移した。
『モノリスが破壊されました。二十秒後、メインフェイズに移ります』
外縁のシールドが解除される。コウヤは自身へと身体強化を施すと、中央エリアへと躍り出た。
今回のフィールドは岸壁に囲まれた登山ステージ。その荒野のような道を、フラッグを狙いやすい位置を探して、走り回る。
と。
そこで、敵のファントムと遭遇した。
赤い翼を広げて急降下してきた彼女は、メインフェイズに入るやいなやコウヤの妨害に切り替えたようだった。
手に巨大な槍を構えた小紅は、地面に激突して辺りに石の礫を撒き散らす。そうして近くの岩を破壊しながら、間接的に礫を飛ばして攻撃してくる。
フィールドオブジェクトを利用した間接的な攻撃であれば、例え傷を負わせてもペナルティを負わない。
慣れた手つきで岩を飛ばしてくる様子を見るに、長引けば間違いなくダメージを受ける。それを悟ったコウヤは、テンカへと念話を送る。
テンカが移動し始めたのを見て、コウヤは一気にファントムのそばへと突撃した。
「なっ!?」
驚いたのはファントムの方だ。
なぜならコウヤは、小紅が振り回す槍へと、自分からぶつかっていったのだから。
とっさのことに対応できないファントムは、勢い余って、コウヤの身体を斬りつけてしまう。
「かかったな……ッ!」
決して浅い傷ではないが、これで相手はマイナス十点。
18対マイナス2
そして、すでにポイントで十点以上リードしているこちらには――こんな作戦が取れる。
「やっちまえ、テン!」
コウヤは上空に向けて、色付きの魔力弾を思いっきりぶっ放す。
それが合図だった。
離れで、氷の壁が出来上がるのが見えた。
それとともに、コウヤの点数が減る。
スコアは、8対マイナス2。
テンカが相手の魔法士を仕留めた証拠だ。プレイヤーの霊子体が崩壊したことで、試合が終了となる。
二試合目も白星を勝ち取った。
※ ※ ※
「よし! 次に備えるぞ」
試合が早めに終わったので、次の試合までに休む時間が出来た。
バディ戦では、参加選手の少なさとスケジュールの関係で、選手一人ひとりの専用のロッカーと、パーティションで区切られた空間が与えられていた。
ロッカーとデバイス調整のための簡易機器くらいしか無い控室であるが、身体を休めるという意味では個室はありがたかった。
少しでも魔力を回復させるため、コウヤは目を閉じて自身を瞑想状態に置く。
そんな彼に、テンカが寄り添うようにして尋ねてくる。
「大丈夫ですか、コウヤ。先程、霊子体を大きく傷つけてましたが」
「ああ。思ったよりダメージはないよ。感覚の麻痺もないから、気にしないで良い」
「でも、あんなにあっさり相手を倒してしまってよかったんですの? 無理をして勝負を急がなくても、もう少し得点を稼いだほうが良かったのでは」
隣りに座ったテンカに、目を閉じたままコウヤは答える。
「いや、魔力の節約を考えたら、あれでいいんだ。得点が少ないのはもったいないが、試合が連続する以上、チャンスがあればすこしでも節約しておきたい」
予選では、勝敗数の他に得点の合計数も記録される。最終的に勝敗数が同じ場合、得点の差で順位が決定するからだ。
そう考えると、できるだけ得点を稼いでおきたいが、優先すべきは勝敗数であることを忘れてはならない。
実力者ばかりが揃うバディ戦では、全勝するのが何よりの近道である。
「キサキのデータだと、さっきの奴らは後半のエネミー戦で稼ぐタイプのプレイヤーだった。だから選択自体はあれで間違いじゃない」
「そうですわね。何よりも、勝たないと意味がないですからね」
会話はそれだけで、二人は次の試合まで無言で休息を取る。
シューターズは、的を破壊するために魔力が必要なので、魔力消費が激しい競技と言われている。その上、バディ戦ではファントムも使役しなければならない。ファントムの活動にも魔力が必要なので、必然的にプレイヤーは大きな負担を強いられる。
コウヤの魔力量は昔より増えたと言っても平均的であるため、無駄遣いをするほどの余裕はない。シングル戦以上に、ペース配分を考えていかないと七戦を戦いきるのは難しい。
休めたのは十分ほどだった。
コウヤは
「三戦目ですわね。じゃあ次も、サクッと勝ってきましょう」
「ああ。頼むぜ、相棒」
互いに拳をぶつけ合い、再度フィールドへと降り立った。
※ ※ ※
フィールドでは、鏑木コウヤと冬空テンカが、予選三試合目に挑んでいた。
対戦相手は、三年の蘭堂ツバメ&竹取スズメペア。
フィールドは火山ステージで、岩肌を盾にして
霊子庭園の映像が、いくつも分割されて上のディスプレイに映されている。
その様子を、比良坂キサキは観覧席の上の方で見ていた。
彼女は今、ピンクのメガネを外して裸眼を晒していた。
その瞳は魔力が通ってかすかに輝いている。常時発動しっぱなしの魔眼は、景色のすべてを情報として分類する。
いつもなら魔眼抑制のメガネでその効果を打ち消すのだが、今日はそのメガネをしっかりと手に持っている。制御が効かなくなったり、疲労して集中が途切れた時にはすぐにメガネを掛けられるようにしているのだが、それでも常に魔眼が励起している状態は落ち着かない。
けれど、これは必要なことだった。
もし、霊子庭園内に外部から何らかの干渉があった場合、キサキの魔眼ならばそれがひと目で分かる。
コウヤの試合で不正が行われたらすぐに分かるよう、キサキは常に気を張って行動していた。そのため、今日は他の友人とは離れて、一人で予選を観戦していた。
もう、先週末の襲撃の時のように、誰かに好き勝手はさせない。
そんな意気込みで臨んでいたキサキに、一つ上の段から声がかけられた。
「コウヤ先輩、順調そうですね。良かったですね、キサキ先輩」
頭上から聞こえる声に、キサキは若干嫌そうにしながら渋々言葉を返す。
「……ねえ。なんでここで見てるの?」
「あれ? ダメですか?」
意外そうな声で、國見キリエは目を丸くしてキサキを見下ろす。
観覧席の一つ上の段に陣取った彼女は、前の席の背もたれに腕をかけて前のめりになって試合を見ていた。
相変わらずわざとらしい笑みを浮かべた彼女は、わざとらしくとぼけた声を上げてみせる。
「僕はぜひ、キサキ先輩と一緒にコウヤ先輩の勇姿を見たいと思っているんですけれど。もしかして、僕って邪魔ですか? まさか、嫌われてます?」
「そんなこと無いけど……」
そんなことはあるのだが、さすがに嫌いとはっきり言いきれるほど、キサキは図太くない。正確には、嫌いというより苦手と言った方が正しいのだが、それも些細な問題だろう。
問題は、キリエがいることで、キサキの周りに人が居ないということだ。
先日の霊子体を使ったいたずら以降、國見キリエは異常だという認識が広まったからだ。その心情はキサキも痛いほど分かる。本音では、彼女とこれ以上話をしたくない。
友人たちが近づいてこないのは良いのだが、代わりに別の意味で緊張を強いられている。なんとなく逃げそびれたのもあり、こうしてキリエと一緒に観戦することになっていた。
そんなキサキの心情を知ってか知らずか、國見キリエは、はしゃぐようにしながらフィールドを指差してみせる。
「もうすぐ、コウヤ先輩の三試合目ですよ。いやぁ、さすがに三試合目になると、魔力配分が難しくなってきますからね。これからどうなるんでしょうか」
「……そう、だね。バディ戦はシングル戦以上に魔力消費が激しいし……」
キリエの言葉に、キリエは上の空で適当な返答する。
「キサキ先輩から見て、次の相手ってどういうプレイヤーですか?」
「蘭堂ツバメ先輩。選択は支援魔法士。サポートタイプで、マギクスアーツでもファントムの補助が得意な人だね。シューターズだとあんまり見ないけど、術式は多彩だからうまく立ち回れるんじゃないかな。注意なのは迷彩魔法。気配を消して動くことが出来るから、油断していると後ろから霊子弾を撃たれるかも知れない」
「へぇ」
淡々と答えたキサキに、感心したような声が漏れる。
「キサキ先輩って、そういうタイプなんですね」
「え?」
一瞬、キリエの声色が変わった気がした。
訝しげに頭上を見上げるが、そこには相変わらず、嘘らしい無邪気さを演じるキリエの姿があった。「あ、見てくださいよ」と指を指して一人でキャッキャと笑っている。
本当に、この少女は読めない。
四年前もそうだった。
あの思い出したくもない日。
虚飾にまみれた濃い紫色の言葉を向ける子どもたちの中で、國見キリエの言葉だけは、鮮やかな青色だった。
作為はあっても隠す気のない言葉。嘘偽りのない本心からの悪意。
いや、彼女にとってはおそらく、あんなものは悪意ですら無いのだろう。ただ正直に行動した結果、人に悪意として受け入れられるようなことを、彼女は自然と行っているのだ。
赤裸々に本心をさらけ出しているのに、それが故に、本音が見えない。
だからこそ。
「ねえ、キリエちゃん」
なんでも良いから、少しでも彼女のことを知りたいと思って声をかけた。
しかし、返ってきたのは意外と真剣な声色だった。
「キサキ先輩。なんだか、コウヤ先輩の様子がおかしいですよ」
「え?」
言われるがまま、キサキはフィールドに目を移した。
三戦目。火山ステージでの試合だった。
※ ※ ※
三試合目は、嫌な思い出のある火山ステージ。
そして、相手は経験豊富な三年だった。
テンカにとって不利なステージな上に、コウヤの方にもトラブルが起きた。
(魔法式が起動しない!?)
試合中に、魔力弾の起動に失敗したのだ。
普段から使っている狙撃型のメインデバイス『
圧縮された小さな魔力弾は、威力を殺さず通常の狙撃銃と同じ位の速度で空間を駆け抜ける。
しかし、その魔力弾が発動しなかった。
魔法の起動に失敗したことによるフィードバックに、コウヤは顔をしかめる。
(どうし■ん■すの、コ■ヤ!)
(テン!? おい、どうした!)
コウヤの様子がおかしいのに気づいたのか、念話でテンカが話しかけてくる。しかし、伝わってくる思念は途切れ途切れで、やがて全く繋がらなくなった。
「『テストコード』――『
コウヤはすぐに、デバイスに組み込んでいたメモリを網羅的に起動させる。
八個のマテリアルと十個のコンバータを直列に繋いで、一工程の魔法を少ない魔力で連続起動させる。
すると、そのうちまともに起動できたのは、たったの二つだけだった。
(――デバイスの故障……霊子庭園内じゃダメージを受けてないから、実物の方か)
調整はしっかりしていたはずだが――今は、原因を追求する時ではない。
そう判断したコウヤは、すぐにサブデバイスを持ち出して頭上に向ける。魔力弾の術式を起動させ、色をつける魔法式を即興で組み上げる。
青い煙弾が空高く打ち上げられた。
これで、テンカにもトラブルが起きたことが伝わっただろう。
「さて、まずいな」
試合は依然として進んでいる。
メインフェイズが終わり、ラストフェイズ。
場にはエネミーが溢れ、相手のプレイヤーが必死でエネミーを倒している。
36対29
得点は離しているものの、中型エネミー二体で逆転される点差だ。
「ちぃ」
コウヤは魔法が発動しないメインデバイスを背に背負うと、グリップ型のサブデバイスを握りしめる。
魔力を通し、デバイスを柄とした擬似的な刀剣――霊子サーベルを作り出す。
中型エネミーへと連続で斬りかかり、これを撃破。
スコアを見ると、40対33
残るは、小型エネミー四体。
「テン! 頼む!」
「任されましてよ!」
これまで敵ファントムの相手をしていたテンカは、あっさりと敵へと背を向ける。
「『
巨大な氷の槍を連続で作り出し、小型エネミーを一体葬り去った。
すでに相手は霊子弾を消費してしまっている。これにて逆転不可能になったため、時間経過を待たずに、三試合目は終了した。
※ ※ ※
四試合目までのインターバルで、コウヤは慌てて控室に戻った。
悪い予感が的中し、コウヤは思わず乱暴な口調で毒づいてしまう。
「畜生。こっちもダメだ。内部が溶かされてやがる」
控室に置いていたメインデバイスが、全て壊されていた。
それも、メモリスロットの接続部分だけを狙い撃ちで破壊するという、かなり陰険なものだ。
まるで溶接されたかのように、高温で溶かされた後に固められている。配線はもちろんのこと、差しっぱなしになっていた魔法式までダメになっている。
「コウヤ、ロッカーの方もダメですわ。予備のメモリが全て焼かれてるみたいです」
「そっちもか……」
テンカが持ってきたバッグの中には、サブデバイスが二丁と魔法式が組み込まれているメモリが入っている。その中身は、まるで高温で溶かされたようにドロドロだ。意図的にやらないとここまでの破壊は起きない。
三試合目開始時点では、何もなかったのを確認している。問題は三試合目の間だ。
試合開始を待つために少し早めに控室を出たので、合計二十分くらいは不在にしている。試合中のデバイスの故障は別のタイミングだろうが、ロッカー内のデバイスに関しては、三試合目の間に誰かが侵入してこれを行ったのだろう。
ロッカーにはしっかり鍵をかけていたが、そんなもの、学校の施設なのでどうとでもなる。
「くそ。嫌がらせがあるって分かっていたのに、油断した。何をやってるんだ俺は」
自分へのいらだちでコウヤは壁を殴りつける。彼にしては珍しい動揺の仕方だった。
状況は最悪だ。
魔法式については、ネットクラウドにバックアップを取ってあるので、一試合くらいの時間があればネット経由でコピーが可能だが、デバイスとなると話が別だ。
試合のフィールドは霊子庭園だが、持ち込む物品は現物がなければいけない。
霊子庭園に物品を持ち込む時、事前に用意したものが寸分違わずモデリングされて、霊子モデルとして再現される。モデリングと現実の物品に差があると、正常に機能しなかったりするのだが、ここまで破壊されると、そもそも霊子転換自体がムリだろう。
試合において、相手プレイヤーのデバイスへと細工をするのは、裏工作としてよくある話だった。もちろん反則ではあるが、なかなか証拠を見つけづらい行為である。海外でアマの大会に出た当初は、何度もそれに悩まされたものだった。
「警備カメラはどうですの? 犯人だけでもわかれば」
「分かったとしても、試合の延期までは出来ないと思う。どうせ学校関係者だろうしな。それに、次の試合まであと十分もない。追求するならあとだ」
どうするべきか、二人は考え込む。
そこに、不審に思ったキサキが控室を訪問してきた。
「コウちゃん、さっきの試合、なんだか様子がおかしかったけど、どうかし……え」
彼女は、その惨状を見て口元を押さえる。
「うそ。こんなのって……だ、誰がやったの!?」
「さあな。よっぽど執念深い相手だ」
第三者が現れたことで多少落ち着きを取り戻したのか、コウヤは落ち着いた声を返す。
自分の中で整理する意味も込めて、冷静に状況を説明してみせる。
「メインどころは全部やられた。メモリスロットごと溶接されてる。魔法式はバックアップがあるから何とかなるが、デバイスは修理が間に合わないな」
現状使えるのは、持ち込んでいたグリップ型と拳銃型のサブデバイスが二つだけだ。先の試合で不具合を起こしたメインデバイスの
「ロッカーの中のデバイスがやられたのは三試合目の間だろうけど、試合に持ち込んでた『キラナ・アストラ』は他のタイミングに破壊された可能性が高い。キサキ、なんか変なものを視なかったか?」
弱点視の魔眼で監視をしていたキサキなら、なにか気づいたのではないかと思ったのだが――その期待も虚しく、キサキは悔しそうに首を振る。
「ごめん。試合中にはおかしなところはなかった。でも、移動中は……」
「そうか。悪い、せっかく見ててもらったのに」
悔しさに奥歯を噛みしめるが、しかし今は一分一秒が惜しい。
焦燥を覚える思考を必死でまとめながら、コウヤはとにかく行動を始める。
「テン。悪いけど、アキラさんに連絡を頼む」
「分かりましたわ」
今日の試合で不測の事態が起きた時、アキラから一報を入れるように言われていた。今日、彼はOBとして学院を尋ねているそうで、なにか企んでいるのかもしれない。
少なくともこの学院内において彼は確実に味方なので、頼るに越したことはない。
テンカが連絡をとっている間に、コウヤは次の試合のことを考える。
そうして、ひとつひとつ状況を確認していたところに、間の抜けた声がかけられた。
「あららー。なんだかひどいことになってますね、コウヤ先輩」
ひょこっと、パーティションの横から覗き込むように凛々しい少女が顔を出した。
「……國見か」
「はい、僕ですよー。あ、いえ。やったのは僕じゃないです」
両手をヒラヒラと振って否定しながら、國見キリエはスペース内に入ってくる。
「違いますよ、僕の仕業じゃありません。僕は無実ですよ。善意の第三者ですよ」
相変わらずマイペースに、ヘラヘラと笑いながら、彼女は歩を進める。
彼女はそのまま、「ちょっと失礼しますね」と言って、破壊されたデバイスの前まで近づいてきた。
そのあまりに自然な態度に、誰も止めようとはしない。
テーブルに並べられたデバイスに近づいたキリエは、それらに触れるように手を伸ばすと、慣れた様子で目を見開いた。
瞬間。
周囲の魔力が一斉に沸き立つのを感じた。
キリエの眼球が緑色に染まる。
それはまるで、翡翠のように鮮やかだった。
明らかに何らかの魔法を使おうとしているキリエを見て、テンカが気色ばんで叫んだ。
「こん……の、アバズレ女! 一体何をする気ですの。場合によっては、ただでは……」
「静かにしててください。いま『眼』が放せないので」
淡々とした声でキリエは言い返す。
そこに、コウヤが仲裁を加えた。
「いや、いいんだ。テン」
腕で静止させながら、コウヤはキリエの方を見る。
「こいつは、『過去視』持ちだ」
「過去視って……カニングフォークの?」
驚いたように、キサキは目を丸くしてキリエの姿を見る。
過去視の魔眼。
受容器としての眼の異能の一つで、周囲の情報や魔力の余波、果ては人の記憶を読み取り、過去を覗き見る自然魔法の一つである。
現場に残された情報や、使用するマナの量によって、視ることの出来る過去の再現率は変わってくる。また、過去視の種類によっては、完全に他者の視点を借りて、過去を疑似体験出来るような能力も存在するという。
しばらく壊されたデバイスを見つめていたキリエが、ふっと目を閉じる。
それを見て、コウヤは慣れた様子で尋ねる。
「どうだ、國見」
「そうですね。三人組でした。学生服を来ているんで、生徒ですね」
コウヤの問いに、キリエはスラスラと慣れた風に答える。
「あと、そっちの狙撃型の方は、試合前の移動中に、遠間から電磁波魔法で溶かした形ですね」
彼女の答えを疑いをもせずに、コウヤは少し思案するように顎に手を当てる。
「それなら、証拠くらいは残っていそうだな」
「一応名前も言えますけど、どうします?」
「後で良い。それより、そのデバイス、直せそうか?」
「あれ? それを僕に頼むってこと、どういうことか分かってます?」
わざとらしく目を丸くしたキリエは、ニヤニヤと煽るように笑ってみせる。
挑発的なキリエの言葉に、コウヤは間髪入れずに答えた。
「ああ。いくらでも借りにしてくれていい。今の時点で、どこまで直せる?」
無駄を省いた、簡潔な依頼。
キリエのことは信用できないが、約束事を違える相手ではないという点で信頼はしている。そこには、二人の間にしか無い信頼関係があった。
互いのことを知り尽くしているからこそ、話は早い。
キリエは首を横に振りながら、物憂げな顔で言う。
「メインデバイスは無理ですね。簡単な修復なら魔法の補助があれば出来ますけど、これはパーツが高温で溶かされている上に、メモリスロットとメモリが溶接しちゃっているので、僕では分離出来ません。『再現』するためには、新しいパーツが必要ですけど、この規模だと、丸々一個、新品を用意したほうが早いですよ」
「わかった。無理言って悪い」
すぐに見切りをつけると、側にいたキサキに尋ねる。
「悪い、キサキ。予備の射撃用デバイスって持ってるか?」
「い、一応、個人ロッカーにライフル型を預けてあるけど……今から取りに言っても、四戦目に間に合うかどうか……」
時計を見ると、あと五分で次の試合が始まるところだった。
「構わない。貸してくれ。次の四戦目は、サブデバイスだけで挑む」
「分かった! すぐに戻ってくるから! あ、そうだ!」
すぐに駆け出そうとしたキサキは、すんでの所で思いついたのか、手首に巻いていたバングル型のデバイスを取り外し、コウヤに押し付ける。
「これ。射撃タイプじゃないけど、メインデバイス。最悪、念話だけでもできるから」
「ありがとう。助かる」
「待ってて、すぐに取ってくるから!」
駆け出したキサキを見送って、コウヤはデバイスの確認を始める。
その様子を見て、キリエは愉快そうに笑う。
「ここにいてもしかたないですし、僕もキサキ先輩についてきましょうかね。コウヤ先輩。ピンチですけど、がんばってくださいね」
「國見」
「なんですか?」
声をかけられたキリエは、まるでそれが分かっていたかのように、すぐ振り返る。
そんな彼女に、コウヤは背を向けたまま言う。
「無理に『眼』を使わせて悪かった」
「…………」
コウヤの言葉に、キリエは一瞬だけ能面のように表情を消した。
しかしそれも僅かな間で、すぐに彼女はニコニコと笑顔を貼り付けると、ヒラヒラと手を振りながら軽やかに言った。
「いえいえー。おかまいなくー」
キリエは背を向けて控室を出る。
そうして、部屋にいるコウヤの姿が見えなくなった所で。
「……そういうところ、本当に卑怯ですよね。コウヤさん」
ボソリとつぶやかれた言葉は、誰にも聞こえないほど小さなものだった。
※ ※ ※
残されたコウヤとテンカは、あと数分後に迫った試合に向けて準備を始める。
現在の戦備の確認。
先ほども利用した、霊子サーベルの術式が組まれているグリップ型のサブデバイスが一つ。
それに、簡易魔力弾と、身体強化の魔法式が入っている拳銃型サブデバイスが一つ。
キサキが貸してくれたメインデバイスは、手首につけるバングル型のものだった。
メモリスロットに挿してある魔法式は、複雑すぎて、今この場での解析は難しかった。
自身の作った魔法式とメモリの中身を入れ替えながら、試合の流れを考えていく。
「テン。出来る限り、ポイントを壊してくれ」
バングル型デバイスの動作確認をしながら、コウヤはテンカに指示を出す。
「こんな状態じゃ俺自身は大した得点は取れないだろうから、僅差での勝負に賭ける。フラッグでもクレーでも、見た瞬間に破壊してくれ」
「わかりましたわ。でも、次の相手は……」
「ああ、分かってる。だから、アキラさんに言われたとおりの作戦で行く」
コウヤの言葉に、テンカはコクリとうなずいた。
四戦目
遠宮キヨネ&ヨハン・シュヴェールト
因縁のある相手に対して、万全で挑めないもどかしさに顔をしかめる。
思わず口にでかけた言葉を、噛み殺す。
負けるとしても、僅差で負けよう。そう覚悟はしたが、口にはしなかった。
得点差によって、レーティングの結果は変わってくる。本当なら黒星は一つもないほうが望ましいのだが、この状況では贅沢を言っていられない。
そうして、二人は四試合目に臨んだ。
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