第五章 インターハイ予選バディ戦

第35話 遠宮キヨネVS龍宮クロア




 インターハイ予選バディ戦。


 二日目。

 その日、遠宮キヨネは一つの決戦に挑んでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ヨハン、無事?」


 全身擦過傷だらけのキヨネは、拳銃型デバイスを右手に下げたまま木陰に隠れてバディに声を掛ける。彼女の目の前には魔法で生み出された樹木が鬱蒼と広がっており、フィールド中を覆っている。


 その嫌になるほどの木々は、対戦相手が作り出したものだ。


 彼女の声かけに、バディであるヨハン・シュヴェールトが苦笑いと共に答える。


「なんとか、ってところだよ。しかし、きっついねぇ。オジサン挫けそうだよ」


 そう言いながら、ヨハンはよろよろと立ち上がって剣を構える。その全身はすでに打撲だらけで、折れた腕を無理やり動かしているような状態だ。


 マギクスアーツ、バディ戦。

 キヨネにとっては、予選二戦目となるこの試合は、開幕から圧倒的不利な立場に置かれていた。


「フィールドの環境そのものを変えてしまうなんて、ほんとデタラメな先輩だよ……」


 苦々しく毒づきながら、キヨネは眼の前を見やる。


 現在、霊子庭園には小さな森林が広がっていた。


 インハイの公式ルールでは、マギクスアーツのフィールドは障害物のない闘技場と決まっている。つまり、他の競技と違って唯一フィールドのギミックがないのだ。そのため、純粋にバディの力比べが行われる競技でもある。


 だが、その三十メートル四方の闘技場は、今は青々とした樹木が根を張って全体を覆っている。


 まるで小さな森林に侵食されたような状態である。

 木々が生い茂り、その一本一本が自在に動いて攻撃を仕掛けてくる。おかげで、試合開始から今まで、フィールド全体が敵に回ったような戦いを強いられていた。


 また、枝や根によって立体的に移動を制限されたフィールドは、魔弾などの飛び道具を使いづらいという副次的な効果を持つ結界となっている。

 そのため、拳銃型デバイスを好んで使うキヨネにとっては最悪の戦場になっていた。


「私の『彷徨う星屑プラネテス・バレット』だけじゃなくて、ヨハンの剣も封じる完璧な結界、か。……的確に私達の弱点をついてきてて、嫌になっちゃう」

「さすがは、学内最強の一角……ってやつかねぇ」


 飄々とした態度のヨハンも、さすがに動揺を隠せないのか、冷や汗をかいている。

 彼の握るロングソードは、この森林の前では振り回しづらく、どうしても後手に回らざるを得ない。それを狙っての地形変化でもあるようで、よく研究されていると苦々しく思う。


 三年一組実践魔法士・龍宮クロア。

 そして、そのバディの遠見センリ。


 学院最強とも名高い生徒とそのバディ。

 二人を相手に、遠宮キヨネとヨハン・シュヴェールトは苦戦を強いられていた。


「ヨハン。あのファントム、倒せる?」

「さぁて。数合交えた分には、技術はそれほどじゃないと思うんだけどねぇ。ただ、情報密度が桁違いだ。例えるなら、スコップで崖を削りきれるかって話になるかな」


 のらりくらりと交わすように迂遠に答えるヨハン。

 そんな彼を、キヨネはジト目で見ながらバッサリと言った。


「無理なのね」

「そんなことはないけどねぇ。半年くらい時間があれば、不可能じゃないさ」

「マギクスアーツの試合時間は二十分だっての」


 勝てないことを明言したくないのか、言葉を弄するヨハン。

 キヨネは銃型デバイスに魔力を通しながら、そんな彼に指示を出す。


「防戦に徹して。それなら、簡単には負けないでしょ」

「しんどい要求だねぇ。勝とうとするより難しいこと言ってるよ」

「勝てないんだから仕方ないじゃない。その間に、私が龍宮先輩を倒すから」


 バディ戦は、対戦相手の魔法士を倒せば決着だ。それゆえに、先にファントムが倒されてしまうと、逆転はほぼ不可能になる。最低条件として、ファントム同士が戦い続けていることが必要となる。


 フィールドに展開された樹林の結界は、その規模から想像するに、最低でも四工程から五工程の魔法だろう。メインデバイスのメモリをほとんどそれに費やしていると考えると、あとは小技のみのはずだ。それなら、結界さえ突破してしまえば勝機はある。


 そこまで話をまとめた所で、頭上から声が降ってきた。


「話はまとまったか? お二人さん」


 頭上を見上げると、木の枝の上に立って見下ろす遠見センリの姿があった。


 声が聞こえた瞬間、ヨハンはキヨネをかばうように両手剣を構えて前に出る。そして、キヨネは短くヨハンに指示を出して駆け出した。


「ヨハン、よろしく!」

「へいへい、お任せあれ!」


 キヨネが駆け出すと共に、ヨハンは飛び上がって遠見センリに剣を振るう。


 ドイツ流剣術の基本的な構えの一つ、オクスの構え。

 雄牛の角のごとく切っ先を相手に向ける構えから、ヨハンは飛び上がりながら強烈な突きを繰り出す。


 それを、センリは右拳を振り下ろすことで受けようとした。


 勁がめぐらされたセンリの拳は、鋼の如き強度となってロングソードの突きを正面から受け止める。強烈な魔力が周囲にほとばしり、辺りを席巻する。


 空中での激突は、足場のあるセンリの方が有利と思われた。

 だが――第二撃を先に繰り出したのはヨハンの方である。


「――ふッ」


 拳によって押し戻された剣を、ヨハンは落下しながら水平に回転させる。ドイツ流剣術におけるカウンター技の一つ、ツヴェルクハウ。相手の攻撃を頭上で受けてから、返す刀で頭を狙って繰り出される水平攻撃。


 彼自身の頭上を守るように振り回された両手剣は、その勢いのまま、センリの足元にある木の枝を切り落とした。


「なにッ!」

「油断大敵、ってなぁ」


 ふいに足場を崩されたセンリは、なんとか空中で体勢を立て直そうと木の幹を蹴る。しかし、その時にはヨハンは次の構えに移っていた。


 枝を切り落とした時の剣筋のまま、ヨハンは剣を水平に構える。

 横木の構え、シュランクフート。

 そこから、裏刃を使ってセンリの胴体へ水平斬りミッテルハウを繰り出す。


 その攻撃をセンリはかろうじて防御に成功したが、両手剣の膂力に地面へと叩きつけられた。



 ヨハンの原始である『ドイツ流剣術』。


 神聖ローマ帝国で広く教え広まったこの剣術は、対人戦に特化した殺人術である。その最大の特徴は、構えと構えの間にこそ存在する。


 一つの動作が終わった後には、必ず基本となる構えの一つに収まる。そうして次の攻撃へとすぐに移り、間髪入れずに敵に刃を叩き込む。

 いわば、連続攻撃を前提とした型こそがドイツ流剣術最大の特徴である。

 また、防御の後でもすぐに攻撃に転じられることも強みであり、巨大なロングソードから繰り出される攻防一体の剣技は、ちょっとした嵐に等しい。


 生中な戦闘技術では、下手に近づいただけでカウンターを食らって首をはねられる。

 達人の域に達しているヨハンを倒すのであれば、純粋に近接戦の技術で上回るか、あるいは肉体の強度を上げるかしか方策が無くなってくる。


 逆に言えば。

 


「ちぇ。そりゃないよ、旦那」


 追撃を繰り出そうと、地面に着地した瞬間に上段からの切り落としツォルンハルを繰り出したヨハンは、目の前の結果に思わず愚痴をこぼした。


 そして。


「カカカ! 誰が、油断したってぇ?」


 ヨハンが振るった大剣は、手のひらに挟まれて停止していた。


 迫る刃を前に、センリは起き上がりざまに両手で白刃取りして直撃を防いでいた。


 体勢も悪く、また不意を打たれた一撃である。それにもかかわらず、センリはものの見事に攻撃を受け止め、そして豪快に哄笑をあげた。


 高らかに笑い、そして――その両手剣の刀身に向けて膝を叩き込み、真っ二つに叩き折った。


 大剣の刀身を身一つで粉砕するそのデタラメな膂力。

 おのが得物を破壊されたヨハンは、もはや笑うしかなく、顔を歪めながらすぐに身を引く。


 その、後退するヨハンの脇腹にむけて、センリが一歩を踏み込んだ。


「破山――絶招!」


 逃げるヨハンよりも更に速く身を寄せ、左の拳を振り抜く。

 絶招ぜっしょう、と口にしてはいるが、それは基本を無視した暴力的なものだ。かろうじて八極拳の套路を模倣しているが、修練度は未熟と言って差し支えない。


 ――が、しかし。


 その内功は、必殺と呼んで差し支えないほどに極まっていた。


「が―――ハッッッッ!」


 山河を砕くほどの掌底は、衝撃波を撒き散らしながら西洋剣士の胴体を粉砕する。


 霊子体が爆発し、構成していた魔力は塵となって消え失せる。場合によっては、因子の一つでも破壊されかねない一撃だった。


 その一撃によって、ヨハンは敗北を決定づけられた。


「あーしんど」


 最後に、苦笑いを浮かべながら、ヨハンは強がりを口にする。


「旦那の相手は、オジサンにゃ荷が重いよ」

「カカ! そう言うな。惜しいところだった。貴様がもう少し霊格を高めたなら、弓を使うのも考えるほどだ」

「はん。二度とごめんさ」


 心底から本音を口にしながら、ヨハンはそのまま消滅した。




 ※ ※ ※




 ヨハンとセンリの攻防は、三十秒に満たないほどのものだった。


 その僅かな時間で、キヨネは森林の中を疾走し、龍宮クロアの姿を発見していた。


(やっぱり。起点となる部分からは動けないみたい)


 試合が始まってここまで、ずっとセンリ一人が前線に出てきており、龍宮クロアの姿は一度も見かけていなかった。

 そのことから、この樹林の結界は維持に大きな力を使っているのではないかと思っていた。


 そもそも、自然環境を変質させる魔法は、六工程以上の大工程の魔法であることが多い。霊子庭園という限られた空間であることを鑑みても、それを維持するためには最低でも五工程の魔法を延々と実行し続ける必要がある。


 つまり――この試合における龍宮クロアの作戦は、樹林の結界によってキヨネの飛び道具やヨハンの大剣を牽制し、遠見センリによって制圧するというものに違いない。


(事実、ヨハンじゃ遠見センリには敵わない。けれど――少しくらいの時間稼ぎは出来る)


 最も、実際にはキヨネの予想よりも遥かに早くヨハンは敗北していたのだが、それでも三十秒程度の時間を稼いだのは確かだった。


 その間に、キヨネは龍宮クロアの元にたどり着いた。


 クロアは地面に手をついて、巨大な木の根を周囲に張り巡らせていた。

 彼の足元から伸びる木の根は、フィールド中に広がって小さな樹林を生み出している。彼が魔力を通すだけで樹木は鳴動し、多彩な動きを行って侵入者を攻撃する。


 ここまでの道のりを、キヨネは『彷徨う星屑プラネテス・バレット』を使って強引に道を切り開いてきた。


 八つの魔力の玉は彼女の周囲を円環し、迫りくる木の根をことごとく叩き落とした。視界が悪いために射撃の精度はかなり落ちるが、こうして防御に徹すれば、この衛星魔力弾は強力な防壁となって彼女を守る。



 そして――またたく間にクロアの側まで接近したキヨネは、彼の姿が見えた瞬間、勝負に出る。


 八つの衛星魔力弾を、すべて右腕に集中させ、一気に射出したのだ。



「『打ち砕く流星メテオ・ストライク』――いっけぇええええええええ!」



 身体強化に回していた魔力も、全て開放して魔力弾につぎ込む。また、それまで循環させ続けた円運動の概念を上乗せして、相乗効果によって魔力弾の効果を高める。


 その時点での合計の工程数は、六工程。


 八つの衛星魔力弾は、その一つ一つが大地を粉砕する流星となった。


 音速を超える速度で直進する魔力弾は、周囲にソニックブームを巻き起こす。その風圧に吹き飛ばされながらも、キヨネは己の勝利を確信した。


(方向もタイミングもバッチリ。決まった!)


 いかに龍宮クロアが魔法士として完成された強さを持っていようと、人間である以上、超音速の攻撃に対応することは難しいはずだ。事前にその攻撃を予測していたならまだしも、クロアにはこの攻撃を予測することは不可能である。


 なぜなら、この魔法はキヨネが今日このときまで使わずにとっておいた隠し玉だからだ。


 かなりの魔力を消費するが、少しでも相手の姿が見えれば一撃で仕留める自信がある。円運動による概念の蓄積が必要であるが、最大出力を発揮すればファントムですら傷つけることが可能なほどのとっておきだ。ただの魔法士が防げる道理はない。


 それほどの自信がある魔法式だからこそ――その後の展開は、キヨネにとって不意打ちにも等しいカウンターだった。



 ※ ※ ※



 龍宮クロアはその魔力弾の流星に、打つ手なく霊子体を削られた。


 発射の寸前でキヨネの姿に気づいたクロアは、反射的に大半の魔力を自身の脳へと注ぎ込んだ。

 それは、全神経を魔法式の記述のためだけに利用する、彼の奥の手の一つ。


魔力過負荷マギア・オーバーオード』。


 十秒限りであるが、四工程以上の魔法をデバイスなしで複数記述することが出来るほどの思考速度を得ることが出来る。


 その状態で、超音速の魔力弾から生き延びる方策を探り出す。


 周囲を覆った木の根を集合させて威力を殺そうと試みるが、キヨネが放った『メテオストライク』は、それすらもたやすく突き破ってクロアの霊子体に着弾する。


 ならば、と。

 受ける魔力弾の数を少しでも減らすために、あえて木の根で自身の体を殴り飛ばす。強引に身体の位置を変えることで、射線からわずかに身体を逃がすことに成功した。

 脇腹や左肩は削られたが、それによって霊子体を芯から破壊されることは防いだ。


 とはいえ、致命傷には違いない。


 こぼれ落ちる魔力は、このまま放っておけば霊子体を維持できないほどに消費してしまうだろう。故に、この一瞬で勝負を決めなければいけない。


 『魔力過負荷マギア・オーバーオード』の効果時間は、残り八秒。


 だが――ここまで布石を打ち続けてきたクロアにとっては、あと一秒もあれば十分だった。



「『発火装置ファイアスターター』――『起動イグニッション』」



 ※ ※ ※



 メテオストライクによって霊子体を削られ、ボロ雑巾のように地面を転がる龍宮クロア。

 直撃こそ防いだのはさすがだが、それでもほぼ致命傷であるのは間違いない。


 遠宮キヨネがその様子を見て勝利を確信した瞬間――彼女の身体は、後


「――ッ、ぐぁ」


 熱い、というより、まず『痛い』と思った。


 背後から襲ってきた爆炎は、風圧と共に樹林を席巻してキヨネを吹き飛ばすと、その体を上空へと打ち上げた。

 空気すらも焦げ付くほどの炎の風に、体の内側から燃やし尽くされるような幻想を覚える。


 空高く弾き飛ばされたキヨネは、落下しながらその光景を目撃した。


 一言で言えば、山火事である。


 あれほど青々と生い茂って憎らしかった樹林が、今では赤々と燃え上がって焼け落ちていた。

 焦げ付いた木々が擦れ合い、摩擦によって空気が振動し、さらなる爆発を生む。


 それは自然現象のように見えて、


(まさか――フィールドを樹林で覆ったのは、ここまで考えて……!?)


 地上では、半身を失った龍宮クロアが、添え木を作って立ち上がりながら、魔力を制御している姿が見える。

 彼の周囲だけ不自然なほど火の回りが遅いことを見ると、この火災そのものを彼が作り上げたのは確実だ。


「く――なら、ここで仕留め――ッ!」


 銃型デバイスを地上に向けて構えて、射撃用の魔力弾を作り上げる。体勢は悪いが、一工程加えることで必中の魔法式を組む。ここまでくれば、あと一撃で勝負は決まるはずだ。


 そう――


「猿真似悪いが、存外使い勝手が良いものだな」


 そんな風に、龍宮クロアは独り言をつぶやいた。


 もちろんその独り言は、キヨネには聞こえない。

 続く魔法の名前も、彼女は知ることはなかった。ただ――結果だけは、その全身で受けることになった。


「『火災旋風ファイアストーム』――だ」


 広範囲に渡って個々に発生した火災が、空気の流れを作ることで起こる、炎を伴った旋風。

 火災旋風と呼ばれるその自然現象を、龍宮クロアは環境から自分で作り上げたのだ。


 ――それは、鏑木コウヤがシングル戦予選で利用した『魔炎螺旋ファイアネード』と呼ばれる魔法と全く同じ原理のものである。



 ただの竜巻でも、人間にとってはこの上ない脅威であるが、そこに火災が組み合わされるともはや手のつけようのない災害となる。

 一千度を超える輻射熱は、巻き込んだ対象を熱を感じるよりも前に溶かし尽くすことだろう。




 遠宮キヨネは火災旋風に巻き込まれ、その霊子体を溶かし尽くされた。




 龍宮クロア&遠見センリ ペア

 VS

 遠宮キヨネ&ヨハン・シュヴェールト ペア



 勝者

 龍宮クロア&遠見センリ





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