第31話 死誘の魔眼




 渡良瀬ルルは、バディである神夜カザリの命令で襲撃を行っていた。


 最も、この襲撃計画自体はカザリの案ではなく、裏に複数人の大人の思惑が入り組んでいるため、ひとえに彼を責める訳にはいかない。むしろカザリ自身はやりたがっていなかったことを考えると、バディとしてはやる気が起きない仕事だった。


 それでも、当初の予定通り鏑木コウヤと冬空テンカの無力化に成功し、あとは事後処理さえ済ませてしまえば終わり、という所まで来ていた。


 順調にことを運んでいたのだが――ここに来て、想定外な事が起きた。


「なんです!?」


 大地のマナが活性化するとともに、キサキの瞳が不気味に輝き出した。

 辺り一帯のマナを根こそぎ吸収していくその様子は、明らかな異常事態だ。瞬時に異変を察知したルルは、反射的に身を捩ってキサキの視線から逃れようとする。


 その直後。

 


「……ッ! まずい!」


 影法師の黒塗りの右腕が地面に落ちる。一瞬遅れて、細かい塵となって消滅する。

 驚愕しながら、ルルは慌ててキサキから離れる。


「『生生流転しょうじょうるてん』――留まること無く移り変われ」


 大きく距離を取りながら、ルルはアクティブスキルを発動させる。

 自身の内側を一つの円環に見立てて、減衰と再生を連続して行うスキル。彼女の中の因子が複数活性化し、欠けた右腕が元通りに戻る。


 形こそもとに戻ったが、大量の魔力を消費してしまった。

 ルルの使う『生生流転』は燃費の良さが強みであり、単に肉体を修復するだけならここまでは消耗しないはずだ。それなのにこれほど大量の魔力を使ったのは、おそらく何らかの呪詛を解呪したためだろう。


(確か比良坂キサキは『弱体視の魔眼』の持ち主だったはず。けれど、何ですかこれは。暴走したとは聞いていましたが、情報密度の操作だけでここまでの殺傷力は考えられない!)


 ファントムとしてのスキルで固められた渡良瀬ルルの肉体を、一介の魔法士が傷つけたのだ。それは警戒に値する脅威である。


 ルルは戦慄を覚えながら必要以上に距離をとって身構える。

 油断なく構えるその様子には、先程までの余裕は一切ない。冬空テンカと向かい合ったときと同等、いやそれ以上の殺意をほとばしらせる。


 それに対して、キサキは強烈な頭痛をこらえるように頭を抑えていた。血に濡れた手が黒髪をかき乱し、苦しそうにうめき声を上げている。


 次に面を上げた時――その両目は暗黒に染まっていた。


 深淵の底の如き暗黒色。

 瞳孔は開き、生気は感じられない。どこまでも深く、どこまでも引きずり込むような奈落の闇が、その2つの瞳の奥に広がっていた。


 次の瞬間。

 キサキの視線の先の空間が、


 公園に生えた木々や雑草は枯れ果てて風化し、遊具は中の鉄筋が腐食し、脆くなったコンクリにはヒビが入る。地面からは水気がなくなり、大地に宿っていたマナは残らず消化されて、微生物すらも死滅したサラサラの砂となる。


 一瞬にして、空間の一区画においてあらゆる生命が滅亡した。


「…………ッ!」


 渡良瀬ルルがその死の空間から逃れられたのは、ほんの偶然だった。


 キサキが顔を上げた時に視た景色に、ルルの姿はなかった。立ち位置的に、わずかに横にそれていたのだ。

 逃れられたのは正面に居なかったというただそれだけの理由に過ぎず、仮にキサキの視界に入っていたら、無事では済まなかっただろう。


 それだけの荒廃を生み出した比良坂キサキは、脂汗を流しながら荒く息を吐いている。やがて、耐えきれない頭痛をこらえるように大きく呻くと、閉じない両目を無理やり手のひらで押さえつけ、その場にうずくまった。


 それを、ルルはあっけにとられて見ることしか出来なかった。


(まさか……いや、アレは間違いなく)


 あらゆる物質の情報密度を極限まで劣化させ、消滅を促す禁忌の魔眼。


(『死誘しざないの魔眼』! なぜ、そんな物をこの娘が!)


 魔眼と呼ばれる異能は、受動器である眼球を用いて世界を改変する異能である。

 眼球を直接情報界につなげ、視界の先にある景色の見え方を変えることで現実を変革する。


 その機能は多岐にわたるが、突き詰めていくと最終的に三つの機能に収束すると言われる。


 現実のあらゆる概念を認識する『識別しきべつの魔眼』。

 そこにない事象を具現化させる『現視うつつみの魔眼』。

 そして―――存在を消滅させる『死誘しざないの魔眼』。


 例えば、比良坂キサキの魔眼の受動機としての働きである『弱点視』は、情報の収集と解析に当たる識別であり、『過去視』や『未来視』などもこれに含まれる。『魅了』や『幻惑』などの相手に直接働きかけるものは現視の一部と考えられる。


 そうした中で、三つ目の死誘は、古くから邪視として恐れられた概念だ。


 ギリシャ神話のメデューサが持つ『石化の瞳』、ケルト神話の魔神バロールの『死のまなこ』、ヨーロッパの幻想生物である蛇の王バジリスクの『猛毒の視線』――その共通点は、動いている存在を止めるというもの。

 目で見るだけで直接的に死を与える、極端な死の幻想を与えるのが、死誘の魔眼とされる。


 キサキの『弱体視じゃくたいし』は、この死誘に分類される魔眼である。『燃焼の魔眼』や『吸精の魔眼』などと同じ、現実に存在する物を消費するたぐいの効果である。


 識別、現視、死誘の三つは、最終的にたどり着く境地であり、そこまでの権能を得る魔眼使いはそうそう出てこない。

 しかし、たまにこうして、極端な深度まで情報界へのチャンネルを開いてしまう人間が出てくるのだ。


(『弱体視』――情報密度の操作は、基本的には理解と分解によって成り立つ魔眼のはず。それが暴走したとはいえ『死誘』にまで昇華されるなんて、その脳髄でどれほどの情報処理を行っているかわかったものではない!)


 弱体視の魔眼の本質は、物質の持つ情報を極限まで理解し分類することにある。


 この世に存在するあらゆる法則は、詳細が不透明だからこそ絶対不変のものとして存在する。それらは理解さえしてしまえばたやすく干渉することが可能で、タネがバレた瞬間、存在としての強度は無いに等しくなる。


 そのモノ自体が持つ概念を詳らかにして、存在としての価値を下げることで情報密度を低下させる。そして、それを極限まで突き詰めることで、やがては存在そのものを無に返す。

 それが、比良坂キサキの『死誘の魔眼』の理屈だろう。


(この娘は危険だ。このまま暴走を続ければ、いずれ死神が召喚されるかもしれない)


 死神――世界観を壊すほどの危機に際して召喚される、安全装置。


 キサキの魔眼は、今はまだ空間の一部を滅ぼす程度の力でしか無い。しかし、仮に彼女の力が強大になり、世界全てを死滅させるほどになった時、それを止めるために死神が召喚されるだろう。それは、明確に世界の危機と呼べる事態だ。


(なにより――仮に暴走をしなかったとしても、私はもはや、この魔眼に視られている)


 死誘の魔眼は、突き詰めていけば高度な情報処理の果てにある現象である。

 仮にその持ち主である比良坂キサキが認識していなくても、死誘の魔眼は渡良瀬ルルのことを一度視界に入れている。ルルに施された認識阻害のスキルなど、死誘の前では無いに等しいはずだ。きっと死誘はルルを認識している。


(次に目を向けられた時、私の命はない。ならば――)


 今ここで仕留めるのが肝要である。


 魔眼の発動の反動でうずくまっているキサキに向けて、ルルは瞬時に駆け出す。

 すでに暴走しかけている『死誘』を放置して逃げても、逃げ切れるかどうかわからない。ならば、死誘の魔眼を制御できずにうずくまっている今こそが絶好のチャンスなのだ。


 そのルルの判断は、もはや今回の任務から逸脱した、彼女個人の意志だった。


 パスを繋いでいるバディの神夜カザリから抗議の声が響いてくる。

 殺生は無しというのが今回の任務の条件だった。

 ルルとしても、人殺しは出来るだけ避けたかった。けれども、ことが自身の身の安全となれば手をかけることにためらいはない。


(普段は謝罪などしませんが、今度ばかりは謝りますよ、カザリ。命令に背くだけの事態だと察して下さい)


 ルルは日本刀を構えて振りかぶる。


 彼女の握る日本刀『風花雪月ふうかせつげつ』は気温の変化を司る日本刀であり、彼女のファントムとしての霊具でもある。ルルはアクティブスキル『花鳥風月かちょうふうげつ』によってその形状、さらには在り方を四つの形に変化させ、多彩な斬撃を繰り出せる。


 ――空疎くうそ麗句れいくに、まことおもむきを。


「『花鳥風月』――『風化』!」


 物理的な防御力を無視して、一太刀で断ち切る『風化』の能力。

 どんなに分厚い肉であっても斬り捨てるその刃は、少女の素っ首などあっさりと刎ねてみせるだろう。


 そう、確信を込めた一撃を振り下ろそうとした瞬間だった。




「――『床弩しょうどそら穿うがつ』」



 上空から、空気が震えるほどの情報圧が迫ってきた。


 渡良瀬ルルはそれを感じ取った瞬間、考えるよりも先に進行方向を変え、体全体を弾くようにして横合いに跳んでいた。


「……ッ! 今度はなんです!?」


 その莫大なエネルギーは、流星のごとく空を割いて突き進んで公園の地面へと着弾した。

 物体が地面にぶつかる激突音と、地面が大きくめくれ上がるような破壊音が響く。土埃が巻き起こり、地面の破片がバラバラと落ちてくる。


 土埃が晴れた後には、クレーターのようにえぐれた地面と、が刺さっていた。

 そこはルルが足を踏み込もうとしていた場所であり、もし回避するのが一瞬でも遅かったら、その矢によってルルの五体は原型をとどめていなかっただろう。


 しかし、安心するのは早かった。


 直後、巨大な矢とは比較にならないほどの膨大な情報圧が辺りを席巻した。

 空間そのものがビリビリと震撼するほどの圧倒的な魔力の奔流。それは、ファントムであるルルですら脅威を覚えるほどの、次元の違う存在感だった。


 急速に接近する、埒外の存在。


 ソレは矢と同じく上空から降ってきた。

 まるで空を駆けてきたかのように猛スピードで降ってきたその存在は、地面に着地すると同時に、ゆるりと辺りを見渡した。


「ほう。こいつはひでぇ」


 赤黒い肌に、袈裟を着崩したような和装をした大男。

 目元をバイザーのようなマスクで隠しているが、全身からあふれる気骨が、豪放磊落な雰囲気を感じさせた。


 彼は「カカカ!」と笑いながら、ゆっくりと顔を向ける。


「不気味な結界に、氷の壁。血みどろの少年少女に、地面に大きく空いた穴。あーあー。こりゃあひでえなぁ。カカ! んで?」


 東洋風の武人然としたその男は、動揺した風もなくニヤニヤと笑いながら尋ねた。


「これ全部、あんたがやったのか? 黒塗りのお嬢さん」

「………ッ」


 いや、地面の大穴をやったのはあんただろうと。

 ルルは冷や汗をかきながらその大男を睨みつけた。



 渡良瀬ルルは知っている。

 その大男の名は、遠見とおみセンリ。

 オリエントにおいて知らぬものは居ない、龍宮クロアのバディにして最強格のファントムである。



※ ※ ※




 遠見センリは公園に降り立つとともに、黒塗りの影となっている影法師を見やった。


 この場所において、鏑木コウヤが襲撃を受けているというメールを受けたのは、つい数分前のことである。

 龍宮クロア宛に送られたそのメールの真偽は、直後にセンリが『視た』現実と一致していたため、取りも直さずセンリだけ真っ直ぐに現場に向かったのだった。


 そして、遠見センリはこの場に降り立った。


 コウヤは血に伏し、テンカは消滅し、キサキは魔眼を暴走させた。

 もはや絶体絶命となった状況において、第三者の介入に寄ってなんとか命を拾った形になる。


「さて、と」


 遠見センリのファントムとしての霊具は、両目の『遠見とおみの魔眼』である。

 あらゆる物を見通すその魔眼は、距離の概念を取り払って直接対象を視る。


 その距離とは、物理的なものだけではない。

 バイザー越しに影法師を見つめたセンリは、「ほぅ」と興味深そうに息を漏らし、ニヤニヤと笑いながら一歩を踏み出した。


「『時間流の操作』に、『認知の転換』、あとはそうだな――『記憶の改竄』も入っているか。それ以外にも、対人用の結界をよくもまあたくさん。幾重も認識阻害を積んで、結構なことだ」


 センリの言葉に、ビクリと影法師が反応する。


 当たりだと思ったセンリは、バイザーを軽くずらす。見えすぎるその瞳を、目の前の対象を見通すためだけに利用する。


 影法師を取り巻くあらゆる概念を読み解いていく。

 。そして、――それぞれの認識阻害の要因を見通し、分解していく。

 それは識別の魔眼としての『遠見』の機能であり、看破された概念はそれだけで解呪されていく。


 その様子を察したのだろう。


「この男だけは、まずい――!」


 影法師は脱兎のごとく逃げ出した。

 そんな彼女に向けて、センリはニヤリと口角を上げて軽く膝を曲げる。


「逃がすと思うか? カカカ!」


 愉快そうに叫びながら、センリはその場で大きく跳躍した。


 その踏み込みだけで、地面が爆ぜた。

 まるで放たれた弓矢のように突っ込んできたセンリは、逃げようとする影法師に追いつくと、背後からその体を思いっきりぶん殴った。


「カッ、ハァッッッ!」


 上から殴り倒された影法師は、地面に叩きつけられて大きく血を吐く。


 ただの一撃で実体が歪むほどのダメージを加えられた。

 かろうじて身構えていたために致命傷は避けられたようだが、無防備に受けていれば、内臓がぐちゃぐちゃになるほどの膂力がセンリの拳にはあった。


「ぐ、ぅ――この男は、無理だ。実力差が違います。懸念は残りますが、今のうちに逃げます」


 影法師はゼェゼェと息を吐きながら、よろけるように立ち上がって日本刀を構える。


「――『朧月』」

「させるかよ!」


 センリはバイザーを額に上げたまま、影法師の姿を追う。


 影法師の姿がかき消える。『朧月』という名のその技を、遠見の魔眼が瞬時に解析する。

 それは、影法師が持つ日本刀の位相をずらすことで、持ち主も現実の位相から一瞬だけ別位相へ転移するというスキルだった。


 ならばと、センリは魔眼で影法師の姿を見つめたまま、全身に経を巡らせて放つ。


「『月影つきかげ』――『絶招ぜっしょう』!」


 突き出された掌底は、型こそ八極拳のものだが、その打ち方は我流のものである。それでありながら、彼の掌底は影法師の影を捉えて見事に破壊する。


 強引に現実の位相に引き戻された影法師は、全身の骨を砕かれながら地面に伏す。


 足元に倒れるその姿を見下ろしながら、センリは淡々と言う。


「さて。どういうつもりか聞かせてもらおうか、

「……さすがに、これだけの時間をかければ、バレますか」


 影法師――渡良瀬ルルは、苦しそうに息をしながらセンリを見上げる。


 センリとルルはオリエントで面識がある。下手にスキルを使えば情報を余計に与え、結果的に解呪が早まるのは分かっていたことだった。

 しかし、これほど早くバレるとは思わなかった。


 黒塗りの影が解け、渡良瀬ルルの姿が顕になる。

 十代半ばの少女の姿をしたそのファントムは、折れた骨が皮膚を突き破って血まみれだった。


 姿がバレた以上、ここを脱出しても、後から襲撃犯として糾弾されることになる。現実世界でのファントムの殺傷行為は重罪だ。下手をすれば討伐対象になってもおかしくない。


 それだけならまだいい。

 問題は、襲撃をする際に力を貸した魔法士の方だ。


「……あいにく、ですが。あんな男でも、一応は、バディですからね。私が捕まると、彼が危険にさらされる。だから――つかまるわけには、いきません」

「逃げられるとまだ思っているのか? 俺の目はお前を見落とさないぞ」

「そう、ですね……だけど、そのために――」


 よろけながら、ルルの視線が公園の端に向けられる。


 何をするつもりかと、センリは怪訝に思いながら注意深くその様子を見守る。

 その時。



「ああ――



 センリの目の前に、唐突に全身包帯姿の男が立ちはだかった。


「ッ!? なんだと」


 今、この瞬間まで、センリはそのミイラ男のことを認識していなかった。


 襲撃の直後、冬空テンカを殴り飛ばして以来、ずっと沈黙を保っていた全身包帯のミイラ男。彼はここに来て、ルルをかばうようにセンリの前に現れた。


 遠見の魔眼を持つセンリですら、情報圧も存在感も感じなかった、不気味なファントム。


 彼は、包帯越しの瞳をセンリに向ける。


「オマエは危険だ。だから――この場は見逃してもらおう」


 ミイラ男は両腕の包帯を大きく広げる。

 ほどかれた包帯がまるで蜘蛛の巣のように辺り一帯に広まり、幾重にも重なって壁のようになっていく。


「はッ! させるとでも!」


 センリは拳を握り、内勁を巡らせる。

 敵がファントムであるのならば遠慮はいらない。自慢の一撃を持って殴り飛ばしてみせると、思いっきり拳を振り抜いた。


 が――センリの拳は目の前の包帯をあっさりと振り抜き、空を切った。


 あまりにも手応えのない一撃。

 当然のことながら、ミイラ男には直撃していない。


 センリが包帯を殴りつけるとともに、その風圧で公園全体に広がった包帯が吹き飛んで霧散する。

 あとには、影法師の姿もミイラ男の姿もなかった。


「――ちっ。逃したか」


 ダメ元で遠見の魔眼を使って半径五キロ範囲を見通してみるが、それらしい姿は見つからなかった。

 それ以上の捜索となると、焦点を絞らないと徒労に終わるだけだ。ミイラ男はともかく、影法師は一度正体を見破ったのですぐに見つかると思ったが――


……か。ちっ。やられたな」


 センリは苦々しそうに顔をしかめた後、すぐに思考を切り替える。


 敵が居なくなった以上、次に行うべきは救助だ。



 鏑木コウヤと比良坂キサキ。

 センリは二人の姿を発見すると、すぐに対処を始める。


 結界に侵入する際、センリが放った大弓の矢による衝撃で、二人は大きく吹き飛ばされていた。

 その分の傷もあるだろうが、鏑木コウヤが負った傷はそれ以上に深い。


 治療のスキルなどを持ち合わせないセンリは、自前の知識で簡単に応急処置をする。衣服を破って止血を行い、背中の傷に圧力がかからないように横向けに寝かせる。それから、すぐにキサキの方を見た。


(――なるほど、魔眼の暴走か。まずいな)


 時は一刻を争う。


 キサキの魔眼は、周囲から大量のマナを吸収していた。一度大きく発動させたからか、周囲のマナが枯渇しかけているので今は動きが鈍いが、再発動すれば今度はどれだけの荒廃を生むかわかったものではない。


 センリはキサキの瞳を正面から視る。それだけでセンリの情報密度が分解されていくのを感じるが、構わずに彼は魔眼同士を同調させる。


 遠見の魔眼――識別の魔眼は、モノの存在を確定させる魔眼である。


 それを応用して、センリは自身の瞳とキサキの瞳をつなげた後、目を閉じてその存在を否定した。


 次に目を開けた時、キサキの瞳は元の『弱点視の魔眼』に戻っていた。


「ぁ……。う、ぐぅう、う」

「無事か、嬢ちゃん」

「せ、センリ、さん……。あ、あた、あたし」


 自分が行ったことをしっかりと覚えているのか、キサキはオロオロと破壊された公園を見ながら、うろたえるようにうわ言を口にする。


 そんな彼女を安心させるように、センリはその大きな手のひらをキサキの頭に乗せる。


「落ち着け。すぐにクロアが来る」


 センリが言ってそう間を置かず、公園の結界が解除された。ようやく追いついてきたクロアが行ったのだろう。


 それとともに、街の喧騒がやかましく響いてくる。

 休日の夕方の街中。人々は帰ろうとしたり遊びに行こうとしたりで忙しいが、それらの視線が公園の山上に向けられて騒ぎになるまでそう時間はかからなかった。




 こうして、鏑木コウヤ襲撃事件は一旦幕を下ろした。

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