第七章 別れの季節 十四歳 秋
7-1 夏が終わり、秋が来て
夏が終わり、秋になった。
ある日、いつもの様に、テンカが嬉しそうに話しかけてきた。
「コウヤ、聞いてくださいまし! わたくし、なんと時間を止められるようになりましたの!」
「はぁ? 寝言は寝て言えよ。時間を止めるとか、頭湧いてんじゃないのか?」
冷静なコウヤの反応に、普段なら顔を真っ赤にして怒り出すテンカが、今日ばかりはなぜか寛容で、余裕を見せつけながら肩をすくめてみせる。
「やれやれ。これだから爬虫類並みの知能しか無い無能は困りますわ。良いですから、わたくしのアクティブスキルを確認しなさいな」
「あのなぁ。爬虫類好きはチハルであって、俺はあいつの魔法式使ってるだけだっての」
三工程くらいまでの魔法式なら扱えるようになったコウヤは、よくチハルが作った魔法式の実験台になっているのだ。決して、自分で使いたくて使っているわけではない。
「そもそも、お前この間も『わたくし、氷河期を再現できましたの!』とか言って、自分だけ凍りついてたじゃねぇか」
「あ、あれは調子が悪かっただけですの。今回のは、改良に改良を重ねた、わたくしの自慢のスキルですわ! 前回のようなヘマはしません!」
「へいへい。わかりましたよーっと」
言いながら、コウヤはデバイスの通信をテンカへと接続し、ステータスを開く。
確かに、新しいアクティブスキルができていた。
ファントムのアクティブスキルは、魔法式と似た形式で組み立てられる。ファントムが持つ因子が、魔法士にとっての
アクティブスキルは、魔法士が組み直すことも出来るが、ファントムが自分で能力を作ることもできる。とはいえ、テンカが作ってくる術式は、毎度のことどこかしら穴があるので、今回も話半分のつもりで見始めた。
「大体、時間停止って、カニングフォークの中でも最上級の禁呪って話だろ? 成功例なんて、中世近くまで遡らないと見つからないって、チハルが言ってたぞ。そんなもんがポンポンできるわけ……」
ぶつぶつとぼやきながら、ステータス画面を読み解いていく。
問題のスキルは、『
この一年で、自力で組めないまでも、そこそこ魔法式を読み解けるようになったコウヤは、その記述内容を追っていく。
使われている属性と、それの変換方法。そして、情報界の書き換えと、現実世界への事象の反映内容。
読み解き進めるうちに、その内容に目を見張り始めた。
「おいおい。空間内における物質の運動停止って、こりゃあ確かに、擬似的な時間停止じゃねえか」
内容を簡単に表すなら、任意範囲内における全ての物質を固定し、運動活動を停止させるというものだ。
名前の通り、絶対零度を体現するということなのだが、それを物理属性でやると、プレイヤーにダメージを与えてしまう。なので、あくまで効果そのものは概念属性で、世界を騙す形で考案されている。
この形式だと、現実では、対象空間にある物質の運動量を、瞬間的にゼロにする程度の効果しか無い術式だ。
しかし、霊子庭園のような上位階層であれば、話は別だ。
一定時間、フィールド中に存在する全ての動きを掌握し、これを固定。停止させる。
その中でも、自身の肉体や、全体の思念活動は連続させるようにしているので、自分も意識を失うような前回の失敗は、繰り返されていない。
「ねえどうですの? すごいでしょ、すごいでしょう? 画期的ではありませんこと。すごいと思ったのなら、褒めてもよくってですよ?」
自信満々に胸を張って、得意げな顔でテンカが自慢する。
だが、それくらいの価値はある術式だった。
「ああ、そうだな。確かにこれは、前回よりも綿密に式が組まれてるし、行けるかもしれねぇ。よし、早速、キサキ相手に試そうぜ!」
「ええ。そうですわね。久々にあの弾幕娘に、あっと言わせましょう!」
テンカとコウヤは、この一年、バディとしてかなりの時間をともにしてきた。
特にこの夏は、暑い中、テンカが外に出られないため、ずっと屋内でコンビネーションの練習をしてきたのだ。
もちろん、契約自体はまだ仮のものであるが、そうして二人で戦略を立て、ゲームに取り組むのが、いつの間にか当たり前になっていた。
一年前に伝えられたテンカの真意と、今の彼女の考えがどうであるのか、コウヤはあえて考えないようにしていた。
少し遅れてやってきたキサキに勝負を申し込むと、一も二もなく試合を承諾した。久しぶりにバディ戦ができることを喜んでいるようだった。
「久々だね。最近は時間も合わなくて、模擬戦する時間がなかったし」
学区の違いで、中学も一緒の学校にならなかった二人は、学年が上がるごとにすれ違うことも多くなった。
唯一、土日の二日だけは必ずクラブで顔を合わせるので、その時間が貴重なものになっていた。
嬉しそうに準備をするキサキに、コウヤも少し高揚するのを感じた。
「おう。テンが新技こさえてきたから、覚悟しろよ」
「そうですわ。覚悟しなさい、この弾幕娘」
自信満々なバカ二人に対して、不安を口にするのがタカミだった。
「大丈夫かなぁ。こないだも、それでテンカちゃん、危うく封印されかけたでしょ? ファントムのアクティブスキルって、暴走したら解呪が難しいんだけどな」
「大丈夫ですわ、お姉さま。今度のスキルはひと味違いますの。新しいテンカの姿をご覧に入れて差し上げますわ!」
むんっと、この一年でまったく成長しない胸を張りながら、テンカは答えた。
タカミも、「そこまで言うなら」ということで、模擬戦をすることになった。
相変わらず、競技はソーサラーシューターズ。
最近は、キサキとコウヤも自前で簡単な魔法を組めるようになってきたので、格闘競技のマギクスアーツも出来るようになってきたのだが、やはり二人が一番全力で取り組めるのは、ソーサラーシューターズだった。
ゲーム開始前のポイント選択。
クレーの種類とエネミーの種類について、久々にキサキの相手をするので、時間をかけて作戦を考えていく。
クレーは、キサキが苦手な概念属性のクレーを余分に選択。
テンカによる切り札の発動はラストフェイズの予定なので、そこで点数を稼ぎやすいように、自分が得意な小型エネミーを配置する。
そして、ゲームが開始した。
オープニングフェイズとメインフェイズは、順調に事が運んだ。
この一年で、コウヤもかなり腕を上げたので、キサキに負けず劣らず、ポイントを取得できるようになった。
離れたフラッグは近づいて
属性クレーと強化クレーの見分けもうまくなり、今ではキサキに対しても白星を取れるようになった。
現在、32対38。
キサキの方が若干リードしているが、ラストフェイズで十分ひっくり返すことができる点数差である。
ラストフェイズに移行する。
コウヤが選択したのは、小型エネミー三体と、中型エネミー一体。
それに対して、キサキはやはり、大型エネミーを一体用意してきた。
魔眼のあるキサキにとって、大型エネミーは中型と変わらないくらいの強度でしかない。大きな得点を狙える以上、キサキがそれを選択するのはよくあることだった。
――逆に言えば、それを取りこぼせば、こちらに勝機がある。
(よし! 今だテン)
エネミーが出揃った瞬間を見計らって、コウヤはテンカに指示を出す。
(時間を止めて、一気に大型エネミーを破壊しろ!)
「任されましてよ! 行きますわ!」
勢い良く、テンカはその場から広場に踊りでた。
「『
――それは、セルシウス度における、マイナス二百七十三点一五度。
これ以上下がらないという温度の下限であり、その状態では、熱振動が最小となり、エネルギーは最低となる。
古典力学において、全ての原子の動きが完全に止まるとされる状態。
全ての原子が停止するということは、世界全てが停止するに等しい。
つまり、それはいわば、擬似的な時間の停止である。
無論――現在では量子力学が存在するので、古典力学は否定されている。
絶対零度においても、原子はゼロ点振動を行うため、完全に全ての物質が停止することはない。しかし――一時でも世界を騙すことができれば、それは魔法として現実を書き換える。
世界は凍り、物質は固定され――時間は停止する。
停止した冷原において、その主たる冬空テンカのみが、世界を掌握する。
(よし、成功だ! あとはエネミーを倒すだけだぞ、テン)
時間が停止した中、思考だけは連続しているコウヤは、動けない中でテンカへと念話を送る。
しかし、問題のテンカが動き出さない。
どうした? と。
再度念話を送ろうとしたところだった。
(……う、動けないですわ)
(は?)
(動けないのですのよ! わたくしの身体は動くのに、周囲の空間が固定されているせいで、まったく動けないのですの!)
――考えてみれば当たり前の話で。
全ての原子の動きを停止させるということは、つまり、空間に存在する空気すらも、その場に固定することになる。
例え自分の身体は能力の範囲外だとしても、周囲の空間が凍りついていれば、身動きが取れるはずがない。
自由に動こうと思うのなら、空間の固定を解除する必要があるが、それでは本末転倒である。
(ばぁっっっかじゃねぇの、お前ぇええええええ!!)
(計算違いですわああああああああああああああ!!)
十秒。
アブソリュート・ゼロの制限時間が経過し、世界が溶け、時間が進み始める。
ようやく動けるようになったテンカであるが、それは相手も同じだ。
「なんていうか」
慈愛に富んだ笑みを浮かべながら、キサキが可哀想な人を見る目を向けてくる。
「どんまい」
彼女は手に持ったハンドガン型のデバイスを構えると、魔眼を発動させながら、あっさりとテンカを一撃のもとに葬り去った。
36対54
比良坂キサキ&矢羽タカミのバディの勝利だった。
※ ※ ※
最近、テンカの調子がいい。
夏が終わって絶好調になってきたのか、どんどん因子が強くなっているため、既存のスキルもかなり強力になっていた。
その分、力を持て余しているのが難点で、魔力の消費が激しい。しょっちゅう魔力切れを起こして、デバイスの中で電子データとなって休んでいることが多くなった。
「なんだか最近、眠たいんですの」
「なんだ? 疲れてるのか」
「そうかもしれないですわね。ふわぁ。昼間はすごく力が有り余っているので、つい力を使いすぎてしまうのですわ」
その理由についてタカミに訪ねてみると、因子の成長ではないかと言った。
「元々、テンカちゃんはBランクの霊子災害だったからね。ファントムとして、その次元に近づこうとしているのかもしれないわ」
今後、ますます成長が期待されるテンカだった。
コウヤにしても、射撃の精度はかなりのものになっていた。
夏の魔道連盟総会で、ちょっとした射撃の大会が開かれたのだが、中学生の部でベスト4に入ることが出来た。関西だけのもので、シューターズほど厳密なルールが決められているわけではないが、それでも成長を感じられた。
残念なのは、未だ、テンカとのバディで試合に参加することが出来ないことだった。
中学生以下では、アマチュアの大会でも、バディを組んでいる選手はほとんど居ない。そのため二人は、久良岐魔法クラブでの大人相手の模擬戦や、遠征に同行しての対外試合ばかりをやっていた。
そんなある日のことだ。
久良岐魔法クラブの理事である久良岐比呂人が、朗報を届けた。
「アマの大会だが、全国大会をやることになった。同年代のバディも、二十組くらいは参加するはずだ」
その報告に、真っ先に目を輝かせたのは、もちろんキサキだった。
「お爺ちゃんホント!? バディ戦できるの!?」
「ああ、ほんとだ。他の予備校と相談をしてね。ジュニアの大会に、予選無しで、バディだけを集めたトーナメントをやろうってことになったんだ」
種目としては、マギクスアーツ、ソーサラーシューターズ、ウィッチクラフトレースの三種目。
二日の大会期間で、それらの種目を全部消化するらしい。
すごくハードな日程になりそうだが、バディ戦の初めての試合ということで、コウヤも喜びを隠せなかった。
「お爺ちゃんありがとう! すっごく嬉しい!」
「はは。かわいい孫の頼みだからな。さすがに、ここまで研鑽を積んでいるのに、高校生になるまで実力が試せないのは、もったいないだろう」
孫に抱きつかれて悪い気がしないのか、ほくほく顔の爺さんは、コウヤにも顔を向けた。
「大会は、十一月にある。……そこまでは大丈夫だよね?」
「はい! 嬉しいです」
気を使われているのを感じながら、その気遣いを嬉しく思った。
そっと左手を握りしめて、感覚を確かめる。その仕草に、タカミのみが気づいたようだったが、見ないふりをしてくれた。
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