5-3 少女は無邪気に再会を喜ぶ



 日本において、古くから続く魔法の大家・神咒宗家。

 國見家は、その一角であり、豊穣と生命を司る祖霊信仰を元とした魔法を伝えている家系である。


 國見キリエは、國見家の長女だった。



「こんなところで会うなんて、奇遇ですね」



 ニコニコと笑いながら、キリエは食堂に入ってくる。


 ずぶ濡れのスキーウェアは、まるで雪の中で盛大に転んだようである。水が滴るのも気にせずに、彼女はニコニコと笑いながら、コウヤに話しかける。


「また会いたいとは思っていましたが、まさかここで会えるなんて思いませんでした」

「そうかい。俺は、できれば会いたくなかったよ」


 正直な本音を口にすると、キリエはケラケラと無邪気に笑ってみせた。


「ひどいなぁ。僕が何をしたっていうんです?」

「あんなことやっておいて、何言ってやがる……」


 ぬけぬけと言うキリエに向けて、コウヤは警戒しながら睨みつける。


「言っとくが、キサキにやったこと、俺達は許してないからな」

「ん……? ……? ああ、キサキさんのことですか! 懐かしい名前ですねぇ。呼び方、変えたんですか? 過去よりも仲良くなられたようで、何よりです」


 そう、どこかズレた答えを返してくるキリエに、コウヤはゲンナリする。以前会った時も、こんな風に会話にすれ違いを感じて、気味の悪い思いをしたのを思い出す。


 居心地の悪さを覚えながら、コウヤはすがるように視線をそらす。


 すると、食堂を飛び回っていたテンカが、こちらに気づいて近づいてきた。


「あら、コウヤ。そこの娘はどなたですの?」

「へえ。ファントムですか」


 目を丸くして、興味深そうにキリエは笑いかける。


「こちらは初めましてで、間違いないですね。コウヤさんのバディですか?」


 そう尋ねるキリエに、そばまで近づいたテンカは、胸を張りながら答えた。



「失礼な。わたくしは、そこの未熟者の使い魔になるつもりはサラサラありませんわ。今はただの仮契約で、協力関係にあるだけです」

「ああ、そうでしたか。それは失礼しました。僕は国見キリエといいます。あなたは?」

「冬空テンカ、ですわ!」

「テンカさん、ですか。きれいな名前ですね。素敵です」



 ニコニコと、歯の浮くようなセリフを平然と言うが、その美少年のような容姿のおかげで、妙に様になっているのが癇に障った。


 それに対して、テンカの方はと言うと、ストレートにお世辞を言われたのが嬉しいのか、頬を緩めながら興奮してコウヤの背中を叩いてきた。


「もうっ、なんですのこの娘は。澄ました顔して、嬉しいこと言ってくれるじゃありませんの! ほら、コウヤ。これが見本ですよ。素敵な殿方というのは、こういう風に淑女を褒めるものですよ。ああ、本当に女性なのがもったいないですわね。少しはコウヤも見習いなさいな」

「うるせー。何処に淑女がいるんだ、このちんちくりん」


 不機嫌そうにコウヤが吐き捨てると、「今、なんて言ったんですの!」とテンカが髪を逆立てながら怒りを見せる。


 キリエはそんな二人の様子を、クスクスとこらえるように笑って見ていた。


「いやあ、仲が良さそうでいいですね。コウヤさんと僕は一つしか歳が違わないに、もうファントムとバディ契約をしているなんて、羨ましいです」

「コイツが言ったとおり、まだ仮の関係だ。俺にはそんな実力はない」

「またまた、ご謙遜を。でも、あなたのそういう素直な所、すごく好きですよ」


 サラリと口にされる「好き」という言葉といい、彼女の方に遠慮のようなものはまったくないらしい。


 その無邪気とも言える様子に、なんだか身構えているのが馬鹿らしくなってきた。

 相変わらず気味が悪いし、何を考えているかわからない少女ではあるが、こうして好意に近いものを向けてくる相手を邪険にするのに、若干の抵抗を覚え始めていた。


 そんなコウヤに対して、キリエはまったく気にした様子もなく、聞いても居ないことをべらべらと喋ってくる。


「コウヤさんは、家族旅行ですか? それとも、やっぱりキサキさんやチハルさんと一緒なのですかね? あ、ちなみに僕の方は家族旅行です。だから今回は、変な友達は一緒に来ていませんから、安心してくださいね?」

「……そうかい。そりゃ良いことを聞いた」

「家族で来たのは良いんですけど、みんなかまってくれなくて。一人で滑るのも退屈だったんですよね。さっきも、上の方まで一人で行ったんですけど、変なもの見つけて転んじゃったんですよ。見てくださいよ、このずぶ濡れの身体」

「…………」

「あ、そうだ」


 名案でも思いついたように、キリエは両手を叩いて言った。


「僕は明後日までいる予定なので、よかったら一緒にスキーでもしましょうよ。キサキさん達とも、出来たら一緒に遊びたいなぁ」

「まあ、タイミングが合えばな」


 苦し紛れにそういうと、キリエは嬉しそうに微笑んだ。

 その無垢な反応に、コウヤは罪悪感を覚えながらたじろいだ。


 約束を取り付けて満足したのか、キリエはあっさりと背を向けて、食堂を去ろうとする。


「ああ、そうそう」


 食堂を出る瞬間、何かを思い出したように、彼女はこちらに向けて言ってきた。


「スキーコースなんですけど、もしパノラマコースに行くようなら、ぜひ頂上までリフトで上がることをおすすめしますよ。ちょっと面白い物が見れますので」

「……? あ、ああ。分かった」

「それじゃあ、楽しいひと時を」


 優雅に頭を下げて、今度こそキリエは去っていった。


 通り雨のように去っていく少女を見送って、どっと疲れたコウヤは、小さく息を吐いた。


「ねえコウヤ」


 そんなコウヤに、テンカは不思議そうに尋ねる。


「向こうは随分親しげでしたけど、あの娘は一体、何だったんですの?」

「さあな……。俺の印象では、未確認生命体とか宇宙人みたいなもんだよ」

「なるほど。興味があっても、深く関わってはいけないやつですね」


 思った以上に的確な表現をするテンカに、深く頷くコウヤだった。



※ ※ ※



「國見? そりゃあ知ってるわよ」


 スキーウェアに身を包んだハクアは、コウヤの質問に歩きながら答えた。


「龍宮家と同じ神咒宗家ってのもあるけど、ほら、あそこって一族が多いでしょ? だから、龍宮家とも血縁の関係があって、比較的友好らしいわ。このペンションにもよく遊びに来てるらしいし、ちょうど予定が重なったのかもね」


 なんでも、彼女の叔母に当たる存在が、國見家の分家である相模原家に嫁入りしているのだそうだ。

 魔法の大家同士での繋がりは珍しい話ではないらしく、こうして結束を高めることで、現代における権威を保ち続けているのだそうだ。


 そういえば、と。

 思い出したように、ハクアが言う。


「娘の方は、私と同い年だって聞いたわ。キリエだっけ? どんな子なの?」

「悪いことは言わない。碌でもない女だから、できるだけ関わらないほうが良いぞ」

「……珍しいわね。コウヤがそんなに、人のことを悪しざまに言うの」


 普段と違うコウヤの様子に、若干引き気味の反応を見せるハクアだった。


 現在の時刻は午後二時。

 せっかくなので、少しだけ滑りに行こうと言う話になったので、コウヤもレンタルのスキーウェアに着替えて、二人でゲレンデに向かった。


「キサキたちには悪いけど、せっかくのスキー場だもの。少しでも長く滑らないと、もったいないじゃない」


 どこかそわそわした様子を見せながら、ハクアはそう言ってコウヤを誘ってきた。


 目的の場所は、初心者向けコース。

 リフトに揺られながら、コウヤは隣のハクアに話しかける。


「用具全部、無料で貸してもらって本当に良かったのか? こういうの、レンタル料とか取って稼ぐもんだと思ってたんだけど」

「本来ならそうだけど、でも親族相手にお金とっても仕方ないじゃない? いいから、甘えておきなさいな。子供が遠慮しても、大人は喜ばないわよ」

「そ、そうか……?」


 すでに宿泊費や、食費もほとんど提供されているだけに、恐縮してしまうコウヤだった。

 ちなみに、ゲレンデにおいて移動に使うリフト券は、本来ならば半日の利用料が二千円くらいの代物である。


 ここに来て改めて、目の前の少女がお嬢様なのだと実感しておののくコウヤだった。そんな彼に構わず、ハクアは話を続ける。


「とりあえず、初心者コースから練習ね。少しでも慣れたら、明日キサキが来てから、スキーシューターの真似事をしてもいいし」

「気になっていたんだけどさ」


 なんとなく聞き損ねていたことを、良い機会なので尋ねることにした。


「スキーの練習はともかくとして、なんで魔法競技まで、現地でやらなきゃ行けないんだ? いつもみたいに、霊子庭園で雪山のステージを作ればいいだけだろ?」


 魔法競技は基本的に、仮想空間である霊子庭園を作って行う。

 ソーサラーシューターズの場合、フィールドの条件も戦略に含まれるため、様々なフィールドのプログラムが組まれている。その中には、確か雪山のようなものもあったはずだ。


 リアルスキルとして、スキーの練習をするというの納得できるが、ゲームだけなら久良岐魔法クラブでも出来るのではないかと思ったのだ。


 それに対してハクアは得意気に答えた。


「それはね。スキーレースのための雪山のプログラムって、すごく難しい上に、展開に大量のエネルギーを消費するからよ」

「え? 霊子庭園って、フィールドによって消費魔力が違うのか?」

「処理する情報量によって、と言った方が正しいわね」


 どう言えばいいかな、と。ハクアは可愛らしく顎に指を添える。


「いつものシューターズのために必要なステージって、高低差と表面の摩擦係数くらいで、あとはリアルじゃなくても良いの。だから、不要な情報密度を削れるのよね。でも、スキーシューターとなると、そこに環境の効果が必要になってくる」


 簡単に言えば、似た効果を持つ試合場であれば良いのだ。

 もちろん、公式戦においては、フィールドの持つ環境条件が重要になってくるため、しっかりと物理属性の魔法式で、プロの術者の元で展開されるのだが、それ以外の場合は、大抵のフィールドは概念属性を主として、『それらしい』ものが組み立てられている。


 しかし、スキーシューターの場合は、そうは行かない。


 なにせこの競技は、スキーをしながら射撃をすることに意味があるのだ。


 魔法競技としてのスキーシューターは、一般的なバイアスロンにあるスキー射撃と違って、スキーで滑りながら、用意された的を射撃することになる。スキー技術と魔法弾の射出能力が問われる競技なので、フィールドには、現実のスキー場と寸分違わない情報密度が必要となる。


「フィールドを一から作り出そうとすると、かなり複雑な物理属性の魔法式を組むことになるんだけど、現実を投影して霊子庭園を作成すれば、その問題は解決できるの。だから、スキー場でそのまま霊子庭園を展開するのが、一番手っ取り早いのよ」

「……なんとなく、分かったような」


 つまりは、現実のコピーを作った方が、コストパフォーマンスが良いと言うことか。


 ちなみにその関係で、スキー場には上級コース以上に、霊子庭園展開用の増幅器アンプが複数設置されているらしい。

 実際に競技場としても使われるという話なので、さすが魔法関係者が経営しているスキー場といったところか。


 一応、コウヤもハンドガン型のデバイスは持ってきているので、お遊び程度なら競技をする準備はできている。


 まずは、スキーそのものが出来るかどうかだ。


「ま、最初はうまくいかないだろうけど、ちゃんと教えてあげるからがんばりなさいな」

「へいへい」


 ニヤニヤと、初心者を前に楽しげに笑うハクアに、コウヤは生返事を返すのだった。



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