第百二話

 なんでこんなことに・・・


 そこは僅かな光すらも存在しない暗闇が支配する空間。上も下も右も左も分からず、ただ、凌馬の意識だけが存在していた。

 そこで凌馬は自問自答を繰り返していた。


(いや、分かっている。全部自分が招いた自業自得だってことくらいは──────。俺が、本当は誰一人として心から信じられないってことを・・・。)

 凌馬自身も、自分が心に欠陥を持っていることを本当は自覚していた。それを知りながらも、気付かない振りをしていた。

 普通の人間であると演じ続けていた。


 彼が初めて違和感を覚えたのは、自分が小学三年生の時だった。その年の冬に、凌馬や弟をたくさん可愛がってくれた祖母が亡くなり葬式が行われることになった。

 遠方から親戚たちも集まり、皆が別れの言葉を涙を流しながら告げていた。

 隣に居た弟も祖母にもう甘えられないことを思ってか、声を上げて泣いていた。


 だが凌馬だけは、そんな親や弟、親戚が涙を流しているのを冷静に見ていた。

 勿論、祖母が亡くなったことが悲しくないわけではない。でも、泣くことができなかったのだ。

 まるで、自分とは違う第三者の視点からこの出来事を眺めているような自分の事とは思えないそんな感覚で。


 親戚の一人の叔母さんが「凌馬ちゃんは強い子なんだね。」と言っていたが、そうではないのだ。

 そんな自分が心の底から嫌いであった。

 大好きな祖母のために涙も流せない欠陥人間であると、否が応でも自覚させられた出来事であった。


 それから凌馬は、普通の人間であると振る舞えるように仮面を被って生きていた。

 悲しいときは涙を流す振りを、怒るべき事態には怒りを現すように──────。

 そして、誰かを好きになるということすら演技をしていたのだ。

 自分の心を欺くことが出来るまでに。


 しかし、それは所詮真似事。周囲の反応やテレビや映画で知った普通の人間の反応をトレースしているに過ぎなかった。

 死んで転生し、この世界に来た後でさえも───。


 彼は決して傷付くことはない。

 誰も何も信じていない彼にとって、誰に何をされても心を傷付けられることはないのだから。


 だが、そんな凌馬に事件が起こった。

 彼はミウと出会ったのだ。己の存在を変えてしまうことになる彼女に。

 ミウを拾った凌馬は、当初は彼女の父親となるべく演技をし続けていたのだった。それが、まだ幼い子供を保護した大人として当然の行為であるというように。

 事実、もし保護したあと直ぐにミウの両親を見付けることが出来たのならば、凌馬はなんの躊躇もなくミウを両親に引渡し寂しくは感じたとしてもそこに未練も何も残らなかったことだろう。


 しかし、彼女の父親として過ごしていく内に凌馬は変化していくことになる。それまで凌馬の世界は全てが色褪せたまるで灰色の世界だけが広がっていたのだが、いつしか凌馬の世界は少しずつ色付いていった。


 彼の心はミウによって、その見えない壁を少しずつ崩されていったのであった。

 最初は振りで続けていた親子関係の筈が、その境界線が曖昧になっていき自分の本心がなんなのか凌馬自身でも分からなくなっていた。

 ただ、凌馬は己の心の変化に戸惑いつつも、それを受け入れていく。

 それは決して不快なものではなく、むしろずっと求め続けていた答えに漸く辿り着いたそんな気持ちにさせてくれた。


 そして、ナディ、カイ、ソラ、ムラサキ、クレナイといった旅の仲間も増えていき、皆と共に時間を過ごしていくうちに彼は漸く手に入れることができたのだ。

 彼女たちを───大切な人たちを失いたくないという、そんな人間らしい当たり前の感情を。

 命を懸けて彼女たちを守りたいと本心から思えたのだ。

 凌馬がミウを助けたのではない。ミウこそが凌馬の心を救っていたのだった。

 こうして、凌馬は初めて人間に成る・・・・・ことが出来た。


 その代償として重大な脆弱性を持つことになったのだが──────。


(俺は父親としても男としても失格だよな・・・。結局、ミウのこともナディのことも本当の意味で信じることが出来なかったんだから。そんなヤツに愛想を尽かすのは当然だ───。もうどうでもいい。全てはもう終わったのだから・・・・・・。)

 彼は段々と目を閉じていくと、闇へと身を委ねていく。


 ──────────────


〈エマージェンシー、エマージェンシー、エマージェンシー・・・・・・。封印が破壊されました。τέλοςの解放を確認。〉


(──────うるさいな。もうどうでもいい。)

 凌馬は眠りに就こうとすることを邪魔するような声に、面倒くさそうにそう思った。


〈──────よりメッセージが再生されます。〉

(誰だって・・・? よく聞こえなかったが、まあなんでもいいか・・・・・・。)

 凌馬は気にするのを止めると、目を閉じる。



〈やはりこういう結果になってしまったのだな。再び君とこうして話すことが出来ることは、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。状況を考えるのならばやはり悲しむべきなのだろうな。〉

 全く聞き覚えのない声が凌馬の内側から再生されていた。


(誰だお前は? お前など知らん。)

〈いや、今の君には何を言っても分かるはずもないか。早速だが本題に入るとしよう。まずは、君の望みに逆らってまでこのような事態を招く結果となったことを詫びよう。君が命を懸けて守ろうとした行為を無にして、ヤツを復活させる危険を犯してしまった。全ては私の責任だ。それでも私には決断することができなかったのだ・・・・・・。すまなかったと思っている。〉


(一体何を言っている? 誰かに謝られる謂れはない。)

〈私の行為が、結果的に君を苦しめることが分かっていても見捨てることなど出来なかった。だが、やはり君は君のままなのだな。いつかこの日が来ることをそれでも私はどこかで願っていたのかもしれない。例えその結果全てを失うことになろうとも。〉

 話が噛み合わない。それも当たり前のことか。

 事前に録音されているテープに話し掛けるようなものなのだから。


〈封印が解かれたということは、私の施した術を越えて本当に大切な存在を見つけることができたのだな。少しばかり羨ましく思うぞ・・・。さて、話が逸れてしまったがヤツについてだが。正直こちらは君次第としか言うことができない。恐らく永い時を掛けて君とアレは同一化をしてしまっていることだろう。故に、アレを止められるものは最早この世に君しかいない。どちらが主導権を取るかで、世界の明暗が別れる。世界が存続するか、それとも全てが無に帰すのか。〉

(何のことかさっぱり分からない。どうでもいい・・・もうどうでもいいんだ・・・・・・。)


〈封印が解かれた今の君は絶望に支配されてしまっているのだろうな。だから私は、同じく全てを諦めてしまっていた私に君が言ってくれた言葉を送ろうと思う。『こんなことで諦めるのか? 目の前の理不尽に何もせず、俺たちの子どもたちがただ滅ぼされるのを黙って見ているつもりか? そんな事は許さない。俺たちには諦めるなんて選択肢は端から許されちゃいないんだからな。例えどんな代償を払おうが、ヤツには指一本手出しさせやしない。子どもたちの未来を守るのが親の役目ってもんだろうが!』〉

(!!!)


 ──────ドクン!!

 その言葉を聞き、凌馬の鼓動が高く鳴っていた。そんな台詞は聞いたこと無いはずなのに、脳裏に身に覚えの無い情景が浮かんできていた。

 暗闇と対峙する一人の男。そして、遠くでは誰かが男の名を叫んでいた。

(俺は・・・何を・・・)

 無意識に凌馬は暗闇の中、手を伸ばしていた。まるで光を求めるかのように。


「─────パ・・・・・・パパ・・・。」

 っ!

 何処からか自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

「・・・パパ・・・・・・パパ!」

「ミ・・・ウ・・・」


 凌馬の伸ばした手の先に、一筋の光がまるで彼を導くように差していた。

〈さあ、目覚めるときだ。君の大事な人も君の帰りを待っているのだろう? これは私からのせめてもの餞別だ。──────さらばだ、我が友よ。〉


《魂の封印解除を確認。エクストラスキルのレベルが更新されました。》


無職からの脱出シーカー・アフター・ザ・トゥルースLV.MAX

 レベルアップにより全ての能力が解放されました。全ジョブの選択、制限解除。

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