第九十七話

 凌馬は思考する。諸悪の根元である魔王を殺す方法を───。

 ミウの正体がドラゴン、それも恐らくはこの世界の中核に位置しているだろうほど深い関わりのある存在である以上、魔王は必ずミウにとっては仇となることを凌馬は確信していた。


 ミウの寿命がどのくらいあるのか分からないが、人間のそれを優に越えるだろうことは想像に難くない。

 勿論、ミウ一人を遺していくなどという選択肢は凌馬にはないため、そこら辺の対処は考えるにしても何が起こるか分からないのが人生というやつだ。

 娘の人生の平穏を乱そうとするものは、誰であろうが排除するのが父親としての凌馬の使命。


 凌馬は自分の手を繋いでいるミウの頭を撫でていた。

「パパ?」

 突然の凌馬の行動に不思議そうにミウが凌馬を呼ぶ。

「ああミウ、何でもないんだ。さあ、直ぐに終わるからミウは皆のところに下がっていなさい。」


(クレナイ、俺がヤツを殺すところをミウが見ないように気を配ってくれ。)

(はっ、承知しております。)

 凌馬はクレナイにミウの事を託すと、ヴィネのほうに向き直る。


「さてと、そっちの準備はもういいのか? お前たちの目的も分かったことだしそろそろ決着をつけよう。」

「あら、なんのことかしら?」

 凌馬は不敵な笑顔でヴィネに告げると、ヴィネはとぼけるようにそう答えた。


「それならそれでいいさ。いくぞ!」

 ダッ!

 そう言葉を放つとその場から姿を消した凌馬は、次の瞬間にはヴィネの背後を取っていた。

 ガキーン!ガキーン!ガキーン!ガキーン!ガキーン!ガキーン──────!

 縦横無尽に高速移動を繰り返しては蹴りを放つ凌馬。その一撃一撃が、先ほどの魔族どもを屠ってきたものと同等かそれ以上の威力を誇っていた。


 しかし、突如現れた黒い光の壁がその攻撃からヴィネを守るように凌馬の攻撃をことごとく弾き返していた。

(速い・・・この私ですら視認することもできないとは。でも・・・)

「無駄よ。言ったでしょう? 私は魔王様より力と加護を授かっているのよ。どれ程力に自信があろうとも貴方は私に触れることすら叶わない。」

「ちっ!」

 凌馬は仕切り直すようその場を離れると、コキコキと首を鳴らしながらヴィネに告げた。


「確かにその結界、並みの攻撃では通らないか・・・。ではこちらも少し本気でやらせてもらおうか。」

「何を世迷い言を───!」

 ゴオオオオ!!


 凌馬の体を黄金色のオーラが纏うと拳に全神経を集中させ、先程までのふざけた態度からは想像もできないほどの鋭い視線をぶつけていた。

「うおおらああーー!」

 ドガーン! ドガーン!

 ビシッ! ビシッ! ピキピキピキ!


 先ほどとは異なり凌馬の拳が黒い光の壁に当たる度に、そこから亀裂が生まれていき破片が卵の殻のように剥がれていく。

「バカな、武器も使わずただの拳だけでこの結界を傷つけるなどこの化け物が・・・ええい、調子に乗るなよ!」

『ダークネスブレイド!』

 よもや結界がこうも易々と砕かれようとする予想外の事態に、焦りの表情を浮かべたヴィネは堪らず反撃に出る。


 凌馬を包囲するように空間から漆黒の刃が現れると、不届き者を断罪するかの如く凌馬に襲い掛かる。

聖結界進入禁止!

 カンカンカンカン──────。


 乾いた金属音のような音を立てながら凌馬の結界が、それらの攻撃をまるで意に介さずに弾き返していた。

「成る程、魔王の加護とやらは大したものだが、貴様自身の攻撃力はそれほどのものではない。そもそもサキュバスという種族自体は戦闘を得意とする奴等ではないからな。例えその女王だとしても種族の壁を越えるほどのものではなかったようだな。」

「くっ! 『ブルートシュタッヘル!』」


 ヴィネが苦し紛れに放った魔法は、凌馬ではなく背後にいるミウたちを狙って床から血に染まったかの如き薔薇の刺が溢れるように噴出してくると一斉に攻撃を開始する。


「させません!」

『アオーン!』

 クレナイは瞬時に双剣を取り出すとミウたちを庇いながら刺を切り払い、カイとソラは氷の魔法で刺を凍らせて動きを封じるとその鋭い爪で破壊していく。

 それでも、次から次に際限なく湧いてくる攻撃に一進一退の攻防が続く。


「姑息な手を───、ふんっ!」

 クレナイたちに任せておけば大丈夫とは頭では理解していても、目の前で娘が襲われているのに黙って見ていることは出来なかった凌馬。父親としての本能に逆らう事など到底出来るはずもなかった。

 直ぐに後方に跳んだ凌馬は、一瞬にして全ての刺を凪ぎ払うとその場で結界を張る。


「戦えぬ者を狙うとは中々に下衆なことをする。流石は魔王の伴侶ということか?」

 ミウたちの無事を確認した凌馬は、ヴィネに視線を向けるとそう言い放つ凌馬。


「不遜にも人間風情が我に逆らうからだ。卑怯などという言葉は敗者の戯れ言にすぎぬと知れ。」

「やっと本性を現したな。随分と余裕のない口振りじゃないか?」

 凌馬はヴィネを挑発するように薄ら笑いを浮かべながらそう語り掛ける。


「減らず口を・・・」

(この男・・・本当に油断のならない。認めたくはないが単純な戦闘力だけでいえば魔王様にも匹敵するかも知れない。しかし・・・・・・。)

 ヴィネは凌馬たちの周囲を回るように歩きながら様子を伺い、ある場所で足を止めた。


「さて、そろそろ無駄なお遊びは終わりましょう? 如月凌馬、もう一度だけ言うわ。私の配下になりなさい。そうすればこの皇都に居る人間たちの命は助けてあげる。もしこれ以上反抗するならばお前の目の前で全ての人間の命を消し去ってあげる。」

 ヴィネは空中に密室に閉じ込められた人質たちの映像を映し出すと、魔族たちに見張られ恐怖と絶望に支配されている様子が見てとれた。


「・・・やってみろよ。お前が命令を下すのが先か、俺がお前を殺すのが先か勝負してみるか?」

 凌馬は間合いをはかりながらヴィネに飛び掛かるタイミングを探りつつ少しずつ距離を詰め、反対にヴィネの方は一定の距離を保つように動いていた。


 ザッ!

 そして、凌馬が部屋の中央に踏み込んだときにそれは起こった。

 キィィィーーーーーン!

「何っ!」


 気が付いた時には、既に凌馬の位置を中心として魔方陣が浮かび上がっていた。

「あはははははははは、漸く罠に嵌まってくれたわね。全く、なまじ力に自信を持った者の行動は読みやすいわ。特に貴方のように自分のことだけを考えて動く人間わね。挑発をすればそれに反発をして単純な力で事態を解決しようとすると思っていたわ。」

 ヴィネはまんまと罠に掛かってくれた凌馬に勝ち誇ったように告げていた。


『パパ!』『凌馬様!』『凌馬!』

 悲鳴にも似た凌馬を呼ぶ声が広間に木霊していた。


 ガキーン!

 凌馬は、魔方陣を破壊する為に聖剣を床に突き刺そうとしていた。しかし、凌馬の力を持ってしても破壊はおろかヒビ一つ入れることが出来なかった。

「無駄よ。その魔方陣は内側から破ることはまず不可能。いくら貴方ほどの常識外の者でもね。それにこの魔方陣は、私の力だけでなく貴方が殺した私の部下全ての命を元にして組み立てたもの。皮肉なものね。貴方は自分で自分の首を絞めていただけなのだから。」

 ヴィネはそう言って、手の内にある闇のオーラに包まれた宝玉を見せ付けていた。


「お前、最初から自分の部下の命を捨て駒にしたというのか? お前に付き従った者たちを見捨てるつもりで・・・。」

 凌馬の目はまるでゴミを見るような、冷たいものに変わっていく。


「ふん、下らない質問ね。まあいいわ。どうあれこれで貴方は私のものとなった。これから配下として有用に活用してあげるわ──────お前たちは動くな!」

「!」

 凌馬を助けるべくクレナイやカイたちが魔方陣の破壊に動こうとするが、寸前でヴィネに止められる。


「例え僅かな可能性とはいえ、手出しはさせないわよ。特に魔導人形のお前はこの中で一番危険な匂いがする。下手に動けば皇都の人質の命がないわよ。」

「ふふふふ──────。」

 ヴィネの台詞を聞いたクレナイは本当に可笑しなものを見るように笑っていた。


「何が可笑しい?」

「まさかこの私がご主人様の命とそれ以外を天秤に掛けられて、僅かでも迷うとでも思っているのか? 随分と嘗められたものだな。」

 クレナイの全身を怒りのオーラが纏っていた。


「貴様正気か?」

「正気かだと? 何を当たり前のことを・・・私にとってご主人様こそがなにより最優先される。故に、私に二番目などという選択肢は存在すらしていない。」

 ヴィネはクレナイの目を見て悟る。それは自分と同じく大切なもの以外は全てが石ころと変わらないという目をしていた。そこに迷いも逡巡もなかった。


「止めろクレナイ!」

 しかし、そんなクレナイを止める声がその場に響いていた。

「凌馬様?」

 まさかご主人様に止められるとは思わなかったクレナイは、攻撃体勢を解除して凌馬の名を呼んでいた。


「しかし凌馬様・・・。」

 困惑しながらも、食い下がるクレナイに凌馬は告げる。

「勘違いするなクレナイ。助けるななどと言っている訳ではない。そもそもお前の助けは必要ないと言っているんだ。」

 凌馬は不敵に笑ってヴィネの方を向いていた。


「あら、随分と強気ね! これからどうなるのか貴方は理解しているのかしら?」

「さあてな。だが、どんな攻撃を受けようとも俺がお前に屈することは決してない・・・決してな。答えろクレナイ! お前の主はこんなヤツに敗れるほど弱い存在なのか? お前が忠誠を誓った者がその程度に過ぎないとそう思っているのか?」

 凌馬の言葉にクレナイが臣下の礼を取ると即座に答える。


「いえ、我が主様は至高にして最強の存在。例え誰が相手であろうと敗れることなどあり得ません。」

「その通りだ。クレナイ、ミウたちのことを頼んだぞ。」

「はっ!」


「パパ、駄目・・・その力、なにか良くない事が起こる気がする・・・。」

「ミウ、大丈夫だ。パパは何があってもミウの元から居なくなることはあり得ない。約束する。俺は必ずミウのもとに戻る───。だから信じて待っていてくれ。パパがミウに嘘をついたことは一度もないだろう?」

「うん・・・。」

 不安そうな表情で懸命に凌馬を信じようとするミウ。


「カイ、ソラ。ミウのこと頼むぞ。」

『アオーーン!』

 凌馬に答えるように遠吠えをするカイとソラ。


「別れは済んだかしら。随分と健気なものね。残酷な現実がこれから待っているとも知らずに。」

「娘には何時までも純真無垢でいてもらうのが俺の願いだからな。それに、お前こそ理解していないようだな。娘を持つ父親の力というものを・・・甘く見ていると足元をすくわれることになるぞ?」

「それは楽しみね。でもね、どれだけの力を持っていようとも精神世界では誰もが無防備の子どものようなもの。私たちの世界に堕ちたものは何人も能力を使うことはできない。力を奪われた貴方は今のように強がって居られるかしらね?」

 ヴィネは闇の宝玉を天にかざすように呪文を唱えた。


『マルムノクス!』

 ピカーーーー!

 次の瞬間、魔方陣の光と共にその場から凌馬とヴィネの姿が消えていた。


「パパ・・・。」

『クゥーン。』

 ミウはカイとソラに抱き付くと凌馬の消えた場所をただ見つめることしか出来なかった。


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(──────予定通り・・・・ヤツは罠に掛かりました。)

(了解、行動を開始する。)

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