第七十二話

 凌馬が炊き出しの準備をする場を整えていると、ジュリクスの部下たちが次々とやって来て凌馬が手順を説明すると、流石は軍人で素早く準備に動いていた。


「それでは三班に別れて準備に取りかかるぞ。一班は調理の下準備に取り掛かるんだ。とにかく切って切って切りまくれ。二班は調理を担当する。一班から運ばれてきた食材を調理しまくるんだ。三班は補佐担当だ。食材の搬送から盛り付け、領民たちの誘導を行う。時間は限られているが、俺たちはジュリクス様から信頼されてこの任を任された。ジュリクス様に恥をかかせるんじゃないぞ!」


『おおー!』

 まさに精鋭といった感じで、士気はかなり高いようだ。

 それもそのはず、彼らはジュリクス直々に恩人に無礼のないように頼まれ、また、凌馬がこの領地の人々を救うために無償で協力を買って出ていることを知らされた。


 彼らにとっても、凌馬は家族や恋人、仲間を救ってくれる恩人でありSランク冒険者という心強い協力者であった。

 その恩に報いるために、皆進んで今回の役割を引き受けていた。


 また、この場から離れた場所では避難民たちが当面の間、体を休められるようにテントの設営が行われていた。


 カーンカーンカーン!

『よし、これで第一エリアの設営は完了した。直ぐに避難民の登録が済んだ者たちから順に誘導をするんだ。他の者は、次の設営に取り掛かるぞ。』


 テントは五百人程が収容できる数を一グループとして簡易的な囲いをし、その中の一人をグループの代表に選任すると以降はその代表を通じて様々なやり取りをするように取り決めた。


 みんながそれぞれに出来ることを協力して行っていた。


「うえーん───。」

 そんな人で溢れている場で子どもが一人、親とはぐれてしまったのか泣き声を上げていた。


「どうしたの? パパやママは?」

「ひっく、マ、ママもパパもどっか行っちゃった。えーん───。」

 そんな、泣いている子どもに話しかけていたのはミウであった。


「大丈夫だよ、私も一緒にパパとママを探してあげる。だから泣き止んで。ほらっ、この子達に乗せて上げる。」

『くぅーん。』

 カイとソラはその場で伏せをすると、背中に乗りやすいようにしていた。


「っ!」

 泣いていた女の子は目に当てていた手をどかすと、目の前にいた大きなオオカミを見て一瞬思考が停止してしまったように動きを止めてしまう。


「大丈夫、この子達は私の家族のカイとソラ。今からあなたのパパとママを一緒に探してくれるって。名前聞かせてもらってもいい?」

「マリ・・・。」

「そう、マリちゃんって言うんだ。いい名前だね。私はミウ。よろしくね、マリちゃん。」


 ミウはマリに手を差し出しすと、マリはミウの手をとる。

「うん、ミウお姉ちゃん。」

 そうして、一緒にカイの背に乗るとマリの家族を探す。


「マリちゃんのパパとママは居ませんか?」

「ママ・・・。パパ・・・。」


『うわっ。』

『オオカミか? どうしてこんなところに。』

『というか、子どもが乗ってるぞ。大丈夫なのか?』

 カイの背に乗っているミウとマリは、周囲からかなりの注目を集めていた。


 そして、そんな目立つ行動をしていた甲斐もあり、程なくして女の子の両親を見つけることができた。

「マリっ、何処に行ってたの? ママ心配したのよ。」

「ママ~!」

「無事でよかった。お嬢ちゃんが娘と一緒に居てくれたんだね。ありがとう。」


 家族と再会できた女の子は、母親に抱き付くと安堵から再び泣き出してしまう。

 ミウはそんな女の子の姿を見て、ホッとした様子でその場を離れようとする。


「ちょっと待ってくれ。お礼を───。」

「当たり前のことをしただけだから。もうマリちゃんから目を離さないで上げて。」

「ミウお姉ちゃん、ありがとう。」

 マリの感謝の言葉を聞き、手を振りながらその場を後にするミウ。


「カイ、ソラ、ありがとうね。」

『キューン!』

 ミウに撫でられてご機嫌な様子のカイとソラ。


「ただいま~パパ。」

「おかえりミウ。もうちょっとでこっちの準備も終わるから、そしたらみんなでご飯にしような。ユーフィーちゃんたちも呼んであるから皆一緒だからね。」

「ほんとう!」

 凌馬は炊き出しの準備をほぼ終わらせ、後は兵士たちにお任せすることにした。


 道具類は洗って、また明日の朝に使用できるように片付けをしていた。

「ミウ、こっちにおいで。」

「なあに、パパ。」


 ミウが凌馬の元へと近付く。

「迷子の子の親を探して上げてたんだな。偉いぞミウ。もう立派なお姉ちゃんだな。」

 そう言って屈むと、ミウを抱きながら頭を撫でる。

 どんな状況でも、ミウの行動は常に把握している凌馬。

《まあ、親なら当たり前のこと・・・なのか?》


「───うん!」

 嬉しいのと恥ずかしい気持ちがごちゃごちゃになっていたが、凌馬に誉められて笑顔で喜ぶミウ。


 ミウは、カイとソラと出会ってから姉として、そして友だちと過ごしていく内に成長著しい様子を凌馬に見せていた。

 娘の成長を目にすることは、親として喜ばしいものであると共に、ずっと自分に甘えていて欲しいという親のエゴから寂しくも感じていた。


 それでも、時間を止めることなど出来ないのだから、せめてこの一瞬一瞬の時間を心に刻もうと凌馬は思っていた。


 ミウも久しぶりにパパに抱き締められて誉められ、つい昔のように甘えていた。

「パパ、今日寝るときまた絵本読んで?」

「ああ、もちろん。それじゃあ、また新しいの用意しておくな。」

「やった!」

 ミウの久しぶりのおねだりに、凌馬も顔を崩していた。


「凌馬さん、ミウちゃん、待たせちゃったかな。」

「お姉ちゃんおかえり。」

 そうしていると、丁度ナディも治療の手伝いから戻ってきた。

 ナディも役に立てることはないかと凌馬に相談をして、ジュリクスに話すと治療魔法を使える人材は貴重であり是非にと言われてそちらに駆り出されていたのだった。


 もちろん、何かあると心配なのでクレナイにはそばを離れないように指示しておいたが。

 実は、治療の現場ではナディの魔法の腕とその容姿から、色々な意味で注目を集めていた。


 実際、神聖視する者や恋に落ちた者たちまで現れる事態になったのだが、凌馬の言いつけ通り、クレナイが彼女に接近することを許さなかった。

《何かあるって、そっちのこと?》


「皆様、食事の準備が整いました。」

 ムラサキは、凌馬たちやウィリック、流星旅団たちがそうしたボランティア活動をしていて忙しいので、皆の食事の用意をしていた。


 流星旅団を始め、アメリーナやウィリック、ユーフィーにルドレアもそれぞれ自分の協力できることをしていた。

 特にユーフィーは、ウィリックから直接リリアの護衛という名の遊び相手を頼まれていた。


 ウィリックなりに、リリアのことを気遣っているようであった。

 それと、アメリーナとウィリックの身分のことはリリアの母親に分かってしまった。


 その時の彼女は、顔面蒼白となり平伏する勢いで少しかわいそうなくらい動揺していた。

「お兄ちゃんはこの国の偉い人なの?」

 リリアの言葉に、母親はあわてふためき軽々しくお兄ちゃんと呼ばないように注意をしたのだが───。


「気にするな。公式の場でもないのだから今まで通りでいい。」

 そう言って、少し乱暴な手つきのようにリリアの頭を撫でていた。


「うんっ!」

 リリアも嬉しそうに答えて、母親だけが胃に穴が開きそうな気持ちであった。


 凌馬たちは避難民とは別に、少し離れた場所で馬車で外側を囲ってその中のテントを張って過ごすこととなった。

 万が一、ウィリックやアメリーナを狙う敵の襲撃があっても周りを巻き込まないための措置であった。


 しかし、リリアたち母子だけは一緒に居ることとなった。

 ウィリックの希望と、正直不測の事態があっても凌馬たちと一緒の方が遥かに安全であったためだ。


「リリアちゃん、この子達におやつを上げてみる?」

「うん、やる~。」

 リリアはミウから果物を受け取ると、カイやソラ、イシュムにおやつをやりながら頭を撫でていた。


 こうした、アニマルテラピーによってリリアの心も大分良くなっていった。

 これも偏にミウとユーフィーたちの功績であった。


 心の中で、凌馬とウィリックは彼女たちに深く感謝することとなった。


「さあ、ミウ。この中から好きなものを選んで。」

「うわぁ、すごいたくさんあるー。」

「りょ、凌馬さん?」

 ミウのおねだりに張り切った凌馬は、古今東西から異世界まであらゆる絵本を山のように用意していた。


 流石の数に、ナディも若干ひきつった顔をして凌馬に話しかけていた。

「これがいいかな? ね、カイ、ソラ。」

『クゥーンクゥーン!』

 カイとソラと一緒に幾つか本を選ぶと、その日は夜が更けてミウが眠ってしまうまで凌馬の朗読ショーが開催されていたのだった。

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