第五十七話
「凌馬様。どうか私たちに力をお貸し願えませんか?」
アメリーナのその言葉から、凌馬は今回の件も含めた事情を説明されることになってしまう。
ものっすごく聞きたくはなかったのだが、ミウの手前そう言うわけにもいかなかったのだ。
全ては、彼女の娘であるシンディが病に倒れたところから運命の歯車が狂いだした。
彼女の父親である皇帝ムーランス七世は、娘のことを酷く溺愛するような人物であった。
《この世界には親ばかしか居ないのか?》
娘の病が命に関わるものだと知ると、形振り構わずに治療法を探すように厳命を下した。
だが解決策が見つからないままただ時間だけが過ぎていき、そうしている間にも病状は悪化するばかりの娘に苛立ちを隠しきれない皇帝だった。
ところが、ある時突然に吉報が入ってくる。
軍部の大将軍の地位にあったフォスター家の当主から、一つの霊薬の試作品が皇帝に献上された。
それは、今までの薬とは違い一時的だがシンディを回復させることに成功するのだった。
だが、喜びもつかの間薬の効果が切れるとシンディは再びもとに戻ってしまった。
霊薬は未完成であるために、完治するには至らなかったのだ。
皇帝はフォスター家に直ぐに完成品を用意するように命令を下したが、そこには大きな問題が立ち塞がる。
その霊薬の完成には海の生ける伝説的存在、リヴァイアサンの核を必要とするのだった。
皇帝はアメリーナの出身国であるへブリッジ連邦へと協力の要請を出す。
しかし、そんな伝説の存在がおいそれと見つかりしかも討伐されるなど奇跡に近いことである。
当然のことながら、討伐の報告がなされることはなかった。それに焦った皇帝は、帝国の兵を援軍としてへブリッジ連邦へと派遣することを決めるが、ここでさらに立ち塞がったのがへブリッジが連邦制度であったことだ。
そもそも、アメリーナを嫁がせたオンハルト家はへブリッジ連邦の一国家に過ぎなかった。
連邦に関わる全体の意思決定には連邦会議に発言権を有する他の四家にも協力を仰がなくてはならない。
しかし、当然と言えば当然なのだが同盟国と言えど他国の軍隊を自国内で好き勝手に行動させることなど容認できるはずもない。
しかもムーランス帝国は、かつてはこの国を占領しようと戦争してきた国。
今でこそ同盟関係にあるとはいえ、万が一にもこれが相手の罠ならば連邦は即座に瓦解、滅びの道しか無かったのだ。
もちろん、皇帝にそんな意思は無いとアメリーナからオンハルト家を通じて説得をしたが、それが他の四家に帝国と手を組んで連邦の支配を企んでいるという警戒を抱かせる事となってしまう。
しかも悪いことに、帝国には確かに強硬派の存在がありその筆頭が件のフォスター家なのであった。
上手くいかないことに苛立つ皇帝に、フォスター家当主は今こそへブリッジ連邦を滅ぼすことを進言するのだった。
それをすんでのところで抑えていたのが、元軍部トップの元帥を務めていたバスリル家当主であった。
彼は中立派のまとめ役でもあったが、どちらかというと穏健派寄りの思想であり、何とかへブリッジ連邦に協力を得られるように条件を詰めていた。
そして、あの日───第一皇女シンディが亡くなった時に全ては崩れ去った。
皇帝の怒りは烈火のごとく、シンディの死の責任を取らされたバスリル家当主は元帥の地位を解任。
それにより軍部を退くことになり、新たな元帥にはフォスター家当主が就任を果たす。
そして、皇帝は彼の娘を新たな妻として迎えると部屋に籠りきりになってしまいアメリーナですら会うことができなかった。
それから一月ほどの時が流れ、皇帝が再び皆の前に現れたときには以前とは様変わりしていた。
感情を一切表さず、その冷たい目は見た者に思わず身震いをさせるほどであった。
皇帝は直ぐに戦争の準備を指示をすると、周囲の反対を押切りフォスター家に権限を一任する。
中立派、穏健派はフォスター家に目をつけられると締め付けが厳しくなり、国に仇なすと判断されると容赦なく粛清される事となった。
それに反発する二つの派閥は接近していき、今帝国内はまさに分断の危機に立たされている。
そして、その頃よりアメリーナは何者かに命を狙われる事となる。
アメリーナはオンハルト家へと連絡を取ると、戦争を止めるために中立派と穏健派をまとめる協力を仰ぎ流星旅団が合流したという流れであった。
最悪、アメリーナはこの国の暴走を止めるための盾として自らの命を懸ける覚悟であった。
それと、自分に残された最後の一人息子の命だけは守らなければと決断したのだった。
そうアメリーナから説明を受けた凌馬。
(なるほどな。長ったらしい話ではあったが、要は領土を広げたい強硬派と平和的解決を目指す中立、穏健派の権力闘争で強硬派が勝ったということか。皇帝は娘の死すら利用されて、冷静な判断が出来なくなったか。)
いや、お前が言えることか? 国どころか世界すら滅ぼし兼ねなかったことがあったような・・・。
凌馬は他人事では冷静に考えることができる。
(しかし、そうなると今回の件は魔族が糸を引いているということか。さっきのハルファスはアメリーナたちを狙っていた。ならば強硬派の差し金と考えるべきだな。アメリーナたちの存在は彼らには目障りだし。それにしても、アメリーナたちを襲ったタイミングが流星旅団と合流直後とは出来すぎている。これが狙ったものだとするならば、やつらの狙いはなんだ? 国内に入り込んだ異物どもを炙り出すためか? しかし、こう言っちゃあれだが、ハルファス程度でも流星旅団相手ならばさして脅威でもないだろうにそんなこと態々するか? まして、あんな人間を見下しやたらプライドだけは高いヴァンパイアが・・・。)
凌馬は一つ一つに自らの考えを当てはめていく。
ふと、凌馬はアメリーナの胸元が気になった(性的な意味じゃないよ(´・ω・`; ))。
彼女の胸元にあるものが気になったのだった(だから本当に性的な意味じゃないよ(´・ω・`; ))。
大事なことなので二回言いました。
何故か、凌馬には銀髪聖女が笑顔で(目は笑ってない)こちらを見ているような錯覚に襲われる。
「え~と、アメリーナさん。ちょっとそのネックレス見せてもらえますか?」
「えっ、これですか───、はい。」
アメリーナはネックレスを外すと、凌馬へと渡す。
それは、皇族が着けるには少しばかり質素なものであったが、それは彼女が初めて皇帝と出会ったときに贈られた大切なもののようであった。
(成る程、やはりか。)
「ムラサキ、これをどう見る?」
「拝見します。微弱ながら魔力を感じます。どうやら発信装置が付けられているのかと。この石がそのようですね。」
ムラサキは、ネックレスの宝石の一つを取り外すと凌馬へと手渡す。
「そうか。やはり追跡の手を打っていたようだな。」
「そんな、いつの間に・・・。」
「ふん!」
発信器を外したネックレスをアメリーナに返した凌馬は、その石を粉々に破壊する。
「どうにもタイミングが良すぎると思ったんだよ。やつらの狙いはアメリーナさんたちが、流星旅団と合流することにあったんだ。」
「俺たちは始めから泳がされていたというのか。」
ブライアスが悔しそうには拳を握りしめる。
「どういうことですか?」
「貴女を暗殺しようとしたのも、皇都から逃れオンハルト家の手の者と合流するという事実が欲しかったんだ。そもそも、あれだけの力があれば暗殺を失敗する方が不自然だし、合流前に捕らえることなど造作もないことだろう。」
凌馬が今回の件の敵の目的を推察する。
「敵の目的は、初めからアメリーナさんを帝国を裏切った反逆者に仕立て上げて、その子供の第一皇子を廃嫡することが目的だったんだろう。そして、国内のイデオロギーを戦争賛成に誘導するための生け贄というところか。」
ようやくここに来て、敵の手のひらで踊らされていたことを知ったアメリーナ。
そして、敵に利用されてしまったルドレアは青ざめていた。
だが、もはや動き出してしまった。今さら皇都に戻ったところで、既に向こうも次の対処をしているだろう。
(うーん、ハルファスを逃がしたのはやりすぎだったかな。でも、あいつ口を割りそうにないしこっちのほうが手っ取り早いしなあ。)
凌馬はあまり気にしていなかった。
どうせハルファスが戻らなければ、遅かれ早かれ相手には気付かれていただろうし結果はたいして変わらないだろうと。
しかし、アメリーナとブライアスは事態を収拾させる手立てが思い付かずに頭を抱えることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます