第五十四話

「───! カイ、お願い!」

 ミウの悲痛な叫びにも似た言葉に、カイは躊躇なくその場から駆け出していった。


「一体どうしたんだミウ?」

「パパ、ユーフィーちゃんが───。」

 ミウの必死な様子に凌馬は瞬時に判断を下す。。


「ムラサキたちは、俺の連絡があるまでこの場で待機しろ。不測の事態には全力でもって対処するんだ。何があってもミウとナディを守れ。」

『かしこまりました。』


「パパ───。」

「大丈夫だよミウ。パパに全て任せておけ。」

 ミウを振り返り見ながら親指を立てて答えると、全速力でカイのあとを追いかけていった。


(それにしても、俺ですら気が付けなかったのによく察知できたな。ミウは確かに普通の存在では思っていたが、特別な何かがあるのかもしれない。)


 ドラゴンが人間になれるだけで既に普通ではなかったが、そういうこととは別次元のなにか特別なものを持って生まれてきた、そんな事を凌馬は考えることがあった。

 もっとも、例え何があろうともミウは必ず守ることには変わりはないのだが──────。


 凌馬が馬車から五キロほど離れた頃、ようやく凌馬も前方に大勢の集団の気配を察知した。

「この気配は、イシュムだな。成る程、確かに流星旅団がこの先にいるようだな。しかし、相手は何者だ? 人間と言えなくもないが気配が少し異なるような・・・。」


 まだ距離が離れているためはっきりとしたことは分からなかったが、なにか面倒事が待ち構えていることは確かなようだった。


 更にスピードを上げた凌馬は肉眼でカイの姿をとらえた頃には、戦闘が行われている場所までは目と鼻の距離にまで近付いていた。


「ユーフィー!」

 凌馬が目にしたのは、ミウの友だちとなった少女が今まさに剣で斬られようとされているところだった。


「カイ、手加減無用だ!」

「アオーーーン。」

 ドーーーーン!

 凌馬の指示にカイが雄叫びを上げると、ものすごい早さでユーフィーを襲っていた敵に突っ込んでいき吹き飛ばしていた。


 突然のカイの乱入により、戦場の動きが止まる。

「何をしている。たかがオオカミが一匹増えたくらいで──────!」


(あいつがこいつらのリーダーか。)

 凌馬は男に狙いを定めて蹴りを放った。

 ズドーーン! ザザザザザーー。

「ぐっ!」


 凌馬の挨拶代わりの蹴りを、何とかガードした男はそれでも数十メートル吹き飛ばされてしまう。

「悪いんだが、お前たち退いてくれないか? ここには、折角できた娘の友だちが居るんだよ。退かないのならば、俺も手加減は出来そうにないぞ?」


 全てが視界に入るように戦場のど真ん中に陣取った凌馬は、敵に対してそう言い放った。


 一瞬呆気に取られた周囲の者たち。しかし、直ぐに反応を返えしてくる者がいた。

「くっくっくっ、この俺に退けだと? しかも、言うに事欠いて手加減できないなどと──────思い上がるなよ劣等種の分際で!!」


 リーダーの男はぶちギレんばかりに凌馬を睨み付けると、まるで咆哮のように叫んだ。

 瞬間周囲の空気が凍り付くような感覚に襲われた流星旅団。

 しかし、常人が受ければ意識を失いかねない威圧をうけても凌馬はそよ風でも受けているようになんの反応も表さなかった。


 自分の威圧を受けても平然とし、さらに先程の攻撃の威力を考えると、この男が一筋縄ではいかないと悟ったリーダーの男は冷静さを取り戻すと凌馬に警告を発する。


「その度胸に免じて一つだけ貴様に忠告してやろう。正義の味方気取りか知らんが、こいつらを庇い立てすることは───。」

「あー、そういうのいらない。本来ならば一応事情は聞くようにしてるんだが、今回は娘の友だちが居るんでな。どんな事情があろうとも俺の行動に変わりはない。」

 どこか気だるげに見える態度で発言した凌馬に、苛立たしげに言い放つリーダーの男。


「なんだと? どうやら勘違いをしているようだから教えてやる。成る程、確かにお前の一撃はたいした威力だった。それだけの力があれば、自分は圧倒的な強者であると勘違いしてしまうのも無理はない。だがな、そんなお前が不意打ちまでしてもこの俺には傷ひとつ付けられなかった。それがそのまま俺と貴様の実力差を表しているんだよ。」

 敵の男の発言に、流星旅団の面々も悔しいが認めざるを得ないと思っていた。


 凌馬の放った一撃は、凡そ常人が行えるものではなかった。まさに、人間としては最高峰の実力者だろうとも理解していた。

 だが、それでも奴には傷ひとつ付けられなかった事実を。

 しかし、彼らこそがみな勘違いをしていたのだ。

 この場の者たちは知らなかった。


 まさかあの蹴りが、凌馬にとってはただすれ違い様に挨拶がわりに手を上げるそんな意味合いしかなかったことを。

 そもそも、あれは攻撃ですらなかった事実を───。

 だからこそ凌馬は、わざわざ相手に気が付き易いように気配を出していたのだから。


 だが、敵や流星旅団を責めるのは酷というものだろう。

 そんな真似ができる者など、Sランク冒険者でも居やしない。伝説といわれる存在でもない限りは。


「はぁー。」

 凌馬は、己の行動の意図を勘違いされてしまい思わずため息を漏らしてしまった。

 まさかあの程度・・・・の威力が攻撃だと思われてしまうとは想定外であった。


 いくら凌馬でも、敵相手に宣戦布告すらせずいきなり奇襲で問答無用に倒すのは趣味じゃないし、そもそも自分より弱い相手になぜ奇襲などせにゃならんのかというのが本心だった。

 自分の意図が全く通じない相手に、なんかだんだん面倒くさくなってきた凌馬。

「ようやく理解したか? ならば───。」


 《しかし、随分と成長したものだ。ちょっと前までは娘の事となると自制心がなくなっていたというのに。》

 そう、昔の凌馬だったらミウのことでは速攻でぶちギレて暴れまわっていたのだった。

 それが、出来るだけ争いを避けようとしていた。本当に成長して─────。


「だからさぁ、さっきから何度も言ってんだろうが! 難聴なのかてめえは? ここには俺の愛娘むすめの友だちが居るっつってんだろうが。その子になにか有ってみろ。娘が悲しんで泣いちまうってのがわかんねーのか? お前らの事情なんぞ知ったこっちゃねーが、この世に俺の娘が悲しむ以上の重要な問題が存在するとでも思ってんのか? 有るわけねぇだろうが、常識でものを考えろバカ野郎が! いい加減理解しねぇと全員ぶち殺すぞハゲ!」


 ──────まったく成長してなかった。

 《・・・・・・。》

 凌馬から放たれる濃密な殺気に、敵ばかりでなく流星旅団たちも思わず一歩引いてしまった。


 そして、皆が凌馬のヤクザばりの態度の豹変とあんまりな身勝手論理に開いた口が塞がらなかった。


 えっ、あれっ、ちょっと待って。

 この物語は、凌馬が旅をしていく中で様々な人と出会い別れ、そしてミウやナディとの出会いを通じて己の生きる目的を得て成長していくそんな話のはずなんだけど。

 成長してないどころか、マイナス方向に突き進んでる気が・・・・・・。


「ちっ、これ以上は時間の無駄だな。お前ら、他は無視してこの男を血祭りに上げてやれ。」

 一瞬でも相手に気圧されてしまったことに苛立った男だが、流星旅団と対峙していた者たちに命令を下す。

 兵士たちは、一斉に凌馬へと攻撃を開始する。


 バシュ!

 凌馬は接近してきた最初の兵士を礫を飛ばして様子を見るが、腕に当たってできた傷口は血がブクブク沸騰するような状態となり直ぐに回復してしまった。

「気を付けろ、そいつらはどれだけ攻撃しても直ぐに回復してくる。」


 流星旅団団長のブライアスは、凌馬へと助言をしてきた。

「ふむ。」

 ブン! ズバーーーーン!

 一撃。

 凌馬がその場で回し蹴りをすると、蹴られた兵士が仲間たちを巻き込み、運良く巻き込まれなかった者たちも、その風圧で次々に吹き飛んでは木や岩に激突していく。

 そのあまりの威力に、損傷が酷く直ぐに回復できずにいる兵士たち。


「なんなんだあの男は?」

「俺たちが苦戦した奴らをまとめてたった一撃だと?」

 そのあまりの出来事に流星旅団たちは、目を奪われていた。


 遠く離れた場所から来た最後の一人が凌馬の元に辿り着くが、凌馬はその兵士をアイアンクローで捕らえると様子をうかがう。

「があああ。」

「成る程、やはり人間ではないようだな。お前たちはヴァンパイアか? 初めて見るが、確かに人間とは区別がつきにくいな。」

 物珍しそうに観察していた凌馬。


「くっくっ、よく気が付いたな。確かに俺は正真正銘、純血種のヴァンパイア。だが、お前は間違っているぞ。そいつらは俺が人間から押し上げてやった元人間たちだ。この俺とはそもそも、存在の次元が違うのだよ。しかし、大したものだよ。例えでき損ないのやつらでも、一撃とはな。やはり、この俺が直々に相手をしてやらんとならないか。」

 正体を明かした男は、めんどくさそうに戦闘準備のため体をほぐす動作をしていた。


「あれだけ人のことを劣等種などと言って、人間を見下すプライドだけは高い存在。加えて人間にそっくりな外見の奴など限られてるからな。牙も確認したし。そんな事よりも正体をばらしても良いのか。お前が押し上げたという人間は、この国の兵士だろう? 国の組織に魔物が紛れ込んでいるなど、ばれたら大騒ぎになるんじゃないのか?」

 凌馬の発言に不敵に笑う男。


「そんな心配は必要ないだろう? どうせここで皆死に行くのだから!」

 ついに、力を解放した男。その威圧感は、凌馬が先程放った殺気を上回っていた。


「そう言えば名前を聞いていなかったな。」

「凌馬。」

 そう一言だけ答えた凌馬。


「そうか、ならば俺も冥土の土産に教えてやろう。我が名はハルファス。純血種ヴァンパイア、いや全てのヴァンパイアなかでも最強の存在。俺に直接相手をしてもらえるんだ、誇るがよい。もっとも、一瞬で終わってしまうだろうがな!」


 凌馬は、捕らえていた元兵士の男を無造作にその辺に放り投げるとハルファスへと向き直る。


 そしてこの戦いの最終ラウンドがついに始まる。

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