第五十三話
─ムーランス帝国帝都─
凌馬たちがムーランス帝国に到着した頃と時を同じくして──────。
「アメリーナ様、ウィリック様。お早く。」
十五、六歳の少女の先導のあとに続いていたのは、少女と同じ年頃と見られる少年と三十代と見られる女性であった。
「何で俺が、こんなこそこそした真似をして逃げなきゃならないんだよ。俺はこの国の───。」
「止めなさい、ウィリック。この国は・・・あの人は変わってしまった。きっとあの子の死を受け止めきれなかったのね。今は一刻も早く動かないと、この国はかつてないほどの悲劇を生み出してしまう。」
アメリーナと呼ばれた女性は、そう言って少年を諫めると先導していた少女が告げる。
「ウィリック様、申し訳ありません。ですが、アメリーナ様のお命を狙っている輩がいるのは確かです。事故に装ってはいましたが、明確な悪意がありました。証拠が掴めず、警備部の調査も何処からの圧力で止められました。このままここに残ればアメリーナ様だけでなく、ウィリック様まで・・・。」
「バカな。俺を殺せばそいつこそどうなるか───。」
少年は込み上げる怒りを抑えきれずにいた。
「事実です。それに敵の正体があのフォスター家ならば・・・。」
「私の命など取るに足らないものでしょうね。」
「───はい。そして、彼らにとってはウィリック様も・・・。」
「くそっ!」
「邪魔な存在」という言葉を飲み込み少女は言いにくそうにしながらも、事実を告げていた。
「とにかく今は一刻も早く避難を。手筈は既に整っております。」
少女がそう告げると予定されたポイントへと向かい、仲間たちと合流を果たした三人は皇都を後にするのだった──────。
─帝国内某所─
「この辺りのはずだが・・・。」
流星旅団団長は、地図を目にしながら周囲を確認していた。
「ピュイ!」
すると突然、森の中から口笛が短くなり響く。
「ピュイ・ピュイ・ピュイ!」
すかさず一団の進行を止めた団長は、短く三回の口笛を鳴らして様子をうかがう。
「ブライアス様、お待ちしておりました。」
「ルドレアか、首尾はどうだ?」
「お二方ともご無事です。」
ルドレアと呼ばれたのは、帝都から脱出していた少女であった。
ルドレアが合図をすると、やがて森から護衛に守られたアメリーナとウィリックが姿を表した。
「ブライアス、よく来てくれました。」
「勿体ない言葉です。アメリーナ様の為ならば、例えそこが地獄の底だろうと必ずや迎えに参ります。」
アメリーナに臣下の礼をとるブライアス。流星旅団の団員たちも一斉に団長に倣っていた。
「臣下の礼は不要です。今は一刻も早くここから離れないと。」
アメリーナの言葉で、皆が礼を解く。
「ユーフィー? どうしてあなたがここに・・・。ブライアス様、どうして妹を連れてきたんですか。」
臣下の礼をとっていた団員の中に、よく見知った妹の顔を見つけると非難するようにブライアスに尋ねたルドレア。
「お姉ちゃん、違うの。私がお姉ちゃんを助けに行きたいって無理にお願いして連れてきてもらったの。それにアメリーナ様たちを守るのは私たち家族代々の役目でしょ。」
「だからって、ここは子供の来る場所じゃ・・・。」
ルドレアの言葉にブライアスが答える。
「そう責めないでくれ。ユーフィーの能力は稀有なものだ。イシュムは戦力として役立つし、ユーフィーの存在は偽装にもぴったりだったのだ。」
ブライアスの言葉に、ユーフィーを見てため息をつくルドレア。
「ユーフィー、今この国は本当に危険なの。絶対にイシュムから離れないでね。イシュム、妹を守ってやって。」
「グルル。」
ルドレアはユーフィーの頭を撫でると、イシュムに対してそう語りかけた。
「とにかくすぐにこの場を離れるぞ。アメリーナ様とウィリック様は私の馬車へ。狭苦しいでしょうがしばらくは我慢を。」
ブライアスの言葉にウィリックが不満そうにしていたが、アメリーナが居たために言葉を飲み込んだ。
「それで手筈は?」
「はい。各地に偽装の部隊を幾つか配置しております。彼らが時間を稼いでる間に、このままヴァレール家へと向かいます。かの領地までいけば一先ずは安全です。そして、頃合いをみてヘブリッジ連邦へと亡命を。」
ブライアスの言葉に顔を暗くするアメリーナ。
「でもそれではヴァレール家の、ジュリクス様にご迷惑が。それに、私たちがヘブリッジ連邦へ逃げては戦争を止めることが出来ません。」
「アメリーナ様。今はご自身の命を優先してください。ジュリクス様には既に協力を確約していただいています。」
これ以上はここで言い合っていても仕方がないと、アメリーナたちは馬車に乗り脱出を開始する。
アメリーナとウィリックの護衛を団長に引き継いだルドレアは、アメリーナの許可で久し振りに再会した妹のユーフィーとともにイシュムの乗っている馬車にいた。
「ユーフィー、久し振りだね。お母さんが亡くなった時以来だから、二年ぶりだったよね。大きくなったね。」
「お姉ちゃん───。」
たった一人の家族になってしまった姉と、二年ぶりの再開に思わず涙を流して抱き付くユーフィー。
「ごめんね。側に居てあげられなくて。」
姉の言葉に、首を振るユーフィー。
そらからしばらくの間続いていた抱擁も終わり、ユーフィーとルドレアは離れていた間の時間を埋めるように話をしていた。
「そうなんだ。ユーフィーもお友達ができたんだね。」
「うん、ミウちゃんっていうんだけど、不思議な子達をつれていてカイとソラっていうんだけど──────。」
ユーフィーは嬉しそうに、旅の途中であった友達の話を姉にしていた。
「そろそろ暗くなってくるな。夜の行動は危険だ。その先でしばらく休みを取るぞ。馬たちをよく休ませて、見張りは三交代制だ。朝は早いから、各自しっかり体を休めるんだ。」
ブライアスの指示に皆がそれぞれ準備を開始しようとしたとき、それは現れた。
「そんなこと言わずに、もっとゆっくりと休んでいてくれて構いませんよ。そう、永遠にね。」
「なっ!」
ブライアスが突然話し掛けられたことに驚き、そちらを向くと一人の男が立っていた。
「バカな、こんなに接近されて気が付かないだと!」
「別に驚くことではない。下等な劣等種ごときが我に気が付かなくとも不思議でもなんでもない。」
ブライアスは直ぐに指示を飛ばす。
「フォーメーションBだ。Bチームはこいつの足止めをしろ。Aチームは俺と共にこの場を離脱する。各員戦闘準備。」
この男は危険だと判断をした団長は、直ぐに行動を開始する。しかし──────。
「団長、背後から増援あり。挟まれました。」
既に退路を絶たれていた流星旅団。
そして、男の後ろにも森から出てきた部隊が陣形を整えていた。
「さてと、では裏切り者のアメリーナとウィリックを出していただきましょうか? そうすれば命だけは助けてあげても良いですよ。」
「なんのことかな? 私たちは流星旅団。旅のサーカス団のものなんだが。」
今さら通用しないと分かっていても、そう答えるしかないブライアス。
「そうですか。ならば大人しく死ぬがいい。」
男の言葉で戦闘が始まる。
「野郎共、気合いを入れて蹴散らせ。」
「アメリーナ様、ウィリック様! イシュム、ユーフィーのこと頼んだわよ。」
「お姉ちゃん、私も───。」
ルドレアとユーフィーはアメリーナたちの乗る馬車へと向かう。
ガンガン、ザシュ、ガキン!
そして、各場所で戦闘が始まった。しかし、戦闘は人数で劣る流星旅団が有利に戦闘を行っていた。
「なんだ、こいつら大したことないぞ。」
「数だけ揃えても、実力が違うんだよ!」
勢いに乗る団員たち。
「油断するな!」
「なっ!」
「ぐああああ!」
切り捨てたはずの死体が再び動きだすと、不意をつかれる流星旅団。
「バカな、確実に急所を突いたはずだ!」
倒したはずの敵が次々と起き上がってくる状況に、次第に混乱が広がっていく戦場。
「何なんだよこいつら。なんで立ち上がってこれるんだよ。」
「こんなんじゃ切りがないぞ。」
次第に体力を消耗させられていく流星旅団たち。
「くっ!」
「お姉ちゃん、危ない。イシュム!」
「ガアアア!」
二人の敵に攻撃をされていたルドレアを間一髪で助けたイシュム。
しかし、その隙に今度は無防備のユーフィーが狙われてしまう。
「ユーフィー!」
「!」
ルドレアの悲鳴もむなしく、恐怖で体が動かないユーフィーに振り下ろされる剣。
「アオーーーン。」
ドーーーーン!
突如現れた一匹の巨大な狼がユーフィーを襲った兵士を吹き飛ばし、その参戦によって戦場の時間が止まる。
「グルルルルル!」
「あなたはミウちゃんと一緒にいた・・・。」
自分を守るように立つカイを見てユーフィーが呟く。
「何をしている。たかがオオカミが一匹増えたくらいで──────!」
ズドーーン! ザザザザザーー。
「ぐっ!」
兵士たちを指揮していた男はガードしたにも関わらず、その上から叩き付けられた蹴りにより体は数十メートル吹き飛ばされてしまう。
「悪いんだが、お前たち退いてくれないか? ここには、折角できた娘の友だちが居るんだよ。退かないのならば、俺も手加減は出来そうにないぞ?」
男は傲岸不遜な態度でそう言い放つと、戦場のど真ん中に立ち圧倒的な強者の気配を放っていた。
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