第37話

「死ねー!」

 ヤマタノオロチの二つの頭が凌馬に対して口を開くと、氷と炎の二重攻撃を仕掛ける。


「ちぃ!」

 凌馬はバックステップをして躱そうとしたが、広範囲の攻撃に避けきれないと悟ると聖剣を振って光の刃を放つとブレスと相殺をする。

 ドオーン。


「逃がすか!」

 凌馬に対し、横からヤマタノオロチの頭が凄い早さで突っ込んでくる。

「しまった・・・。」


 凌馬は攻撃の衝撃に備えて防御体制を取る。

 バキーン!

 凌馬の体はその衝撃に吹き飛ばされ・・・・・・なかった。


「・・・・・・・・・っえ?」

「あ、あれ?」

 凌馬は一体何が起こったのか分からなかったが、取り敢えず今がチャンスとばかりに渾身の拳のストレートをヤマタノオロチへと叩き込んだ。


 ズドン! ヒュー、ドーーーーーーン!

「ギエエエエエエ!」


 凌馬の攻撃を食らったヤマタノオロチは結界まで吹き飛ばされると、衝突と共に土煙に包まれていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 気まずい沈黙が周囲を支配する。


「おい! てめぇもしかしてめちゃくちゃ弱ぇんじゃねーのか(怒)?」

「ばっ、バカな。この俺様がたかが人間風情に・・・、こんなことあるわけがない。俺様をなめるなーーーー!」


 ゴゴゴゴゴーーーーーー!

 ヤマタノオロチが凌馬に突進してくる。

 スゥ、バシッ!

 凌馬は右手を突きだすと、その巨体を右手一本で受け止めてしまう。


「そっそんなバカなーーーーー!」

 ヤマタノオロチの絶叫がこだまする。

「やかましいわ!」


 バシーン!

 凌馬は飛び上がると、ヤマタノオロチの頭を叩いて地面にめり込ませた。


「てめえ、よくも謀ってくれたな。たった一体で国を滅ぼした伝説の魔物とか言うから、こちとら世界を敵に回すなんて宣言をして娘にまで覚悟をさせてしまったのに・・・・・・、それがふたを開けたらその正体がこの体たらく。」

 凌馬は己の拳を握り締めると、プルプルと震えながら怒りに必死に耐えていた。


「ここまでの長い間、慣れないシリアスモードに必死に耐えながら恥ずかしい台詞オンパレードだったのに・・・・・・、これであっさりお前を倒しちまったら、俺はどんな顔で娘やナディに顔を会わせればいいんだよ! 気まず過ぎてなんか変な空気になっちゃうだろーーーー! どーしてくれるんだよ、この落とし前。責任とれよ責任!」

 今度は凌馬が絶叫していた。


 あまりにも理不尽な凌馬の怒りだったが、その事に突っ込めるものはこの場には居なかった。

「あり得ない。いくら力が完全には戻っていないとはいえ、たかがSランクの冒険者ごときにこのようにあしらわれるなど・・・・・・。貴様は一体何者だ?」


 ヤマタノオロチの当然の疑問も、凌馬を苛つかせたが取り敢えず答えていた。

「別に何者でもねーよ。ただ、ちょっと勇者やってるけど。」


「勇者だと? いや、その剣は確かに・・・、だが例え勇者であってもたった一人で俺様に敵うはずがない。我は魔王と同格と云われている存在なのだぞ。」

 ヤマタノオロチの言葉に凌馬は考え込む。


(確かに、いくらスキルがチートとは言えここまでの力が得られるものなのか? しかし、他は特に何もなかったはずだが・・・・・・。)

 しかし、いくら考えても思い付かなかった凌馬は取り敢えず一旦保留にすることにした。


(それにしても、これどうしようか? あんまりあっさり倒すとなんか気まずいし、かといって態と苦戦するのもなんか違う。もういっそ憂さ晴らしに、こいつを虐めるしかないか? そうだな、こいつのせいで犠牲になった者たちが大勢いるんだ。)

 ニヤリ!


 凌馬はヤマタノオロチに嗤いかけた。

「ひぃっ!」

 何か邪悪な気配を感じたヤマタノオロチは悲鳴を上げた。


「くっ、来るな!」

「な~に、悪いようにしかしないから安心しろ。」

《いや、何処にも安心できる要素なんかねーよ。》


 ゆっくりと近づいていく凌馬から、距離を取るために後退りを始めたヤマタノオロチ。

 もはや、端から見たらどちらが悪者なのかわからない光景であった。


「嘘だ、俺様がこんなところで・・・・・・、うぐっ、ぐわああああああ!」

「何だ、これは一体?」


 凌馬が驚いたのも無理はなかった。ヤマタノオロチが突然苦しみだしたと思ったら、地面から黒い靄が現れてヤマタノオロチの体を覆っていってしまう。


(何だかわからないがこれはヤバい! 早く殺らなければ。)

 凌馬の直感がこれはヤバいものであると悟ると、さっきまでの余裕もなくヤマタノオロチに止めを刺すために聖剣で攻撃を始める。


 ガキーン!

 しかし、黒い靄が聖剣を絡めとるようにして受け止めてしまう。

「ちっ、くそ。なんなんだよこれは?」

 凌馬が何度も攻撃を仕掛けるが、そのことごとくを弾かれ一旦距離を取るしかなかった。


「まずい、よくわからないがさっきから嫌な予感が止まらない。どう考えてもこれは普通じゃない。」

 しかし、攻撃の通らない凌馬には打つ手がなく事の成り行きを見守るしかなかった。


 ビシビシビシビシ!

 黒い靄が球体になり、まるで卵のようにヤマタノオロチを包んでいたが、ひび割れていくと靄が体から外されていく。

 中からは、体がどす黒く染まったヤマタノオロチが顔を出す。


(ちきしょう、間に合わなかったか。それにしても威圧感が先程とは比べ物にならない。まるで別の生き物だ。)

「クックックッ、力ガミナギッテ来ル。良イ気分ダ。」


 先程とは違い、片言のように話すヤマタノオロチだったがそんな事を指摘する余裕もない凌馬。

 先手必勝と言うように、聖剣から光の刃を飛ばして攻撃をする。


 バシン!

 光刃はヤマタノオロチの体に触れると、弾け飛んでしまった。

「今何カシタカ?」


(強さも段違いになってやがる。このままこいつを放置したら、この国どころか世界が滅ぼされかねない。)

 まだ、周囲の避難が終わっていない今は退くわけにはいかない凌馬。


 それにこのまま逃げたところで、この化け物を放置したままでは世界が確実に滅ぼされてしまう。

 国を滅ぼす程度の強さなら、冒険者や兵士たちと協力すれば犠牲を払っても対策可能だと考えていた凌馬にとって、これは想定外の事態であった。


「今度ハ、コチラカラ行クゾ?」

 ガアアアアーーーー!

 ヤマタノオロチの八つの口が開くと、地水火風雷氷毒闇の八属性のブレスが襲いかかる。


「くそっ、『聖結界進入禁止』!」

 凌馬の前に透明の五つの盾が姿を表す。

 バリン!バリン!


 しかし、次々と盾が破壊されていく凌馬。

「くっ、くそがっ!」

 バリン!バリン!バリン!ゴーーーー!

「ぐわあ!」


 バーーーーン!

 最後の盾が破壊されると、凌馬は結界まで吹き飛ばされてしまう。

 ビシッ!


(このままでは、結界ごと破壊されて一般人に巻き添えが・・・・・・。)

 凌馬は肩を押さえながらも、力を振り絞って立ち上がる。


「ドウシタ、先程マデノ余裕ハ? 立ッテイルノガヤットカ?」

 ヤマタノオロチが凌馬へと近付いてくる。


 バシン!バシン!

「ぐわあ!」

「ホラホラ、ドウシタ!」

 ヤマタノオロチは、執拗に凌馬を痛め付けるように攻撃を続ける。


 バーーーーン!

 凌馬の体が、もう何度目かも分からぬ攻撃で地面へと叩き付けられる。


(こ、こんなところで・・・死ねるかよ。ミウを母親に会わせるまでは・・・・・・。)

 そう思っても、最早体が動かない凌馬。次第にその目が閉じられていく。


「ハッハッハッ! モウ終ワリカ。ウン? アレハ・・・。ソウカ、貴様ノ側ニイタガキハ、人デハ無クドラゴンダッタノカ? 道理デ、他トハ毛色ガ違ッタ訳ダ。」

「───な・・・に・・・。」

 凌馬の目が開かれる。


 ヤマタノオロチは、皇都の外で空を飛んでブレスを吐くミウを見て気配からその事実を悟った。


「丁度良イ。我ノ贄トシテ、貴様ノ目ノ前デ喰ラッテヤルワ!」


 ─────────────────────────────────────────────────ドクン!


なんだと・・・・!」


 その言葉を聞いた瞬間、凌馬の視界は赤く───紅く染まっていく・・・・・・。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

《エマージェンシー!エマージェンシー!エマージェンシー!エマージェンシー!エマージェンシー!エマージェンシー!・・・・・・。》


 凌馬の脳内をけたたましい警報が鳴り響いていた。



《愛娘、ミウの最大危機を感知。これにより新たな職業が解放されます。速やかに標的を殲滅排除してください!》


 凌馬はゆっくりと立ち上がり『無職からの脱出シーカー・アフター・ザ・トゥルース』を起動する。

 取り出されたそれは普段とは様相が違い、赤く輝き激しい鼓動を打っていた。


 するとページが勝手に捲れていき、とあるページが開かれた。凌馬は躊躇することなくそれを選択する。


 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 凌馬の体から太陽を彷彿とさせる紅色のオーラが噴き出すと、殺気と呼ぶことすら生ぬるい気配を撒き散らし、その紅く染まった瞳はヤマタノオロチのみを静かに捉えていた──────。







「今─────、なんて言った・・・・・・?」

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