遅刻の言い訳
遅刻が5回続けば実家に連絡されるというのはちゃんと覚えています。しかし今回は仕方がないのです。ともかく理由を聞いてもらえますか。
朝はちゃんと起きました。この前のように昼過ぎに起床するのではなく7時30分に起きたのです。8時に家を出れば学校には間に合いますから、30分も余裕があります。顔を洗って、髪を整えてから制服に着替え、トーストとコーヒーを用意して朝のニュースを見ながらゆっくりしていると気が付けば8時10分になっていました。
いえ、それが遅刻の原因ではないのです。私は慌てて家を飛び出し、自転車を走らせようとしたのですが何か違和感を覚えました。なぜなら後ろタイヤがパンクしていたからです。昨日までは何事も無かったのに。……勿論それも遅刻の原因ではありません。
仕方がないので自転車を駐輪場に戻して徒歩で学校に向かうことにしたんです。するとどこかから笑い声がしました。同じアパートに住んでいる小学生の男の子が陰でクスクスと笑っていたのです。
「君が私の自転車をパンクさせたの!?」
私はなるべくキツイ口調で言いました。小さい子ほどこういうことは厳しく叱らなければと思ったので。
「そうだよ」
「なんでこんなことするの!君のせいで私遅刻確定だよ!これで年内5回目の遅刻だから実家の親に連絡いっちゃうじゃん!」
「この前お姉ちゃん僕から借りた本破いちゃったじゃないか。これでお相子だよ」
確かに私はこの前男の子から借りた漫画を誤って破いてしまいましたが、わざとじゃありませんし、ちゃんとその漫画を買う分のお金を渡して謝罪しました。
「わざとじゃないしもう謝ったからいいじゃんって思ってるでしょ。でもね、お姉ちゃんはまた同じことするでしょ。学校にだってこれまで4回も遅刻してるんでしょ?こういうのって一回痛い目見ないと治らないんだよ」
「だからって今日こんなことしなくてもいいでしょ!」
カッとなった私は手に持っていたカバンで彼の頭を思い切り叩きました。それがよくなかったのです。今日は指定教科書の多い地理の授業があった日なので、カバンの中が結構重たかったのが問題だと思うんですけど、とにかく男の子は頭から血を流して倒れてしまったんです。
いきなりのことに気が動転した私はまず周囲を確認しました。幸いなことに誰も見ていません。私は彼を抱えて自分の部屋に運びました。
当たり所がそんなに悪かったのか、彼は息をしていませんでした。私は彼をとりあえず押し入れに放り込み、血の付いたカバンを綺麗にしてから学校に向かいました。もう時刻は8時30分を回っていました。
ですから、今日遅刻したのは寝坊とかそんなくだらない理由ではないのです。何事もなければ私は始業時間の8時30分には自分の席に座れていた筈なんです。証拠隠滅のためにカバンを洗ったり、血の匂いを消すためにわざわざ予備の制服に着替えたのが大きな原因なのです。
「なるほどな。お前の話はよく分かった」
女子生徒の長い言い訳を聞いた初老の教師は深刻そうな顔で腕を組んでそう言った。
「でもな、流石にこれは連絡させてもらう」
「そんな。私の父が厳しいのは先生も知ってるじゃないですか。親に連絡するのだけはやめてください」
「いや、警察に」
【短編集】趣味は人間観察です 檻井 百葉 @Osso3
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