第5話

 目の前にいる女性を目にし、義明は驚きで目を見開いている。

「誰がばあちゃんだ!」

 目の前にいる女性が激怒している。いきなり見知らぬ人間からばあちゃん呼ばわりされたら、それは誰でも怒るだろう。義明の言動はかなり失礼なものであった。

 しかし、義明は叫ばずにはいられなかった。

いないはずの自分の祖母フレンダとほとんど容姿が変わらない人間が、目の前にいるのだから。

「いやいや! え? 何? なんでばあちゃんがここにいるの!」

「だから、誰がばあちゃんだ! 私はおまえなど知らん! 私の孫はアリ―だけだ!」

「え?」

 その言葉に義明の興奮が冷めていく。すると、アリーがヨシアキの肩に手を優しく手を置く。

「ヨシアキ、あの方はアナタのお祖母様ではないわ。

 ここスペルディアで最高責任者であり、私のお祖母様のアマンダ様よ」

「アマンダ……さん」

 アマンダという名前を聞いて、興奮が一気に冷めていき、目の前の人が自分の知る祖母ではないということを、実感する。

 そうだ。ここに祖母がいるわけがない。

「ご、ごめんなさい。あまりにも似ていたもので……」

「そんなに似ているの?」

「うん、双子かよってくらい似てる……けど、うちのばあちゃんの方が老けてる。

 というか、あんなに若い人がアリ―のお祖母さんなの? 若過ぎない?」

 見た目三十代前半、人によっては二十代後半という人もいるかもしれない。アリーのお姉さんと言われても納得していしまう。

「魔女は体内に魔力が豊富だからな。それが老化を防いでくれている」

そういうと、アマンダは懐からタバコを取り出し、指をパチンと鳴らし、火をつける。この世界の魔女は、杖なしで簡単な魔法を唱えることができるらしい。

 ふうっと煙を吐き出すと、自席にもどり深く座った。

「改めまして、異世界人のヨシアキくん。私がスペルディアの最高責任者のアマンダ・ドルムントだ。

 先程の無礼は、お前の若くて美しいであろうお祖母様に免じてゆるしてやる。

……それにしても、私を自分の祖母と間違うとは……。

 くっくっく、そんなに似ていたのか?」

「はい、それはもうそっくりです。名前もなんだか似ていますね」

「ほう」

 アマンダは興味深そうに机に右肘をついて、前のめりになる。

「美しく若く、そして私にそっくりで、名前も似ているのか。

 ヨシアキ、お前のお祖母様のお名前はなんという?」

「古谷フレンダっていいます。フレンダとアマンダ、なんだか響きが似てませんか?」

「え?」

 祖母の名前を聞いた途端に、アリーが声を漏らす。義明はアリ―を見ると、目を大きく見開き、とても驚いている様子であった。

 アマンダの方見ても、何やら驚いた様子であった。

 何か変なことを言ってしまったのだろうか? 

アマンダは、動かずじっと義明を見ている。タバコの灰が机に落ちそうだ。

「それがお前の祖母の名か?」

「え、はいそうですけど……」

 アマンダは口に手を当て、何やら考え込んでしまった。小声で何かブツブツ言っているようだった。

 どうしたのだろうと、アリ―に視線を送ってみると、アリ―もなんだか落ち着かない様子であった。

 視線が合うと、アリーは緊張した様子で口を開いた。

「ヨシアキ……アナタのお祖母様の旧姓って知ってる?」

「え、うん。シュットガルトっていう……」

「……お祖母様!」

 アリーがアマンダの方を見る。

「それは……それは本当か?」

「え、は、はい」

「もう一度聞くが、私にそっくりか?」

「はい、そっくりです。あ、でもよくよく考えると髪の色も違いますし、肌もアマンダさんのほうがきれいだし……あ、口元にホクロがついてるんで」

「……そうか」

 そう言って、アマンダは灰がすべて落ちてしまったタバコを灰皿に押し付ける。

 そして空いた手で目を隠すように覆った。

「いきて……いきていたのか……」

 絞り出すような声でアマンダは言った。

「別世界にいたとは……どうりで魔力が感じられないはずだ」

「あ、あの……どういうことですか?」

 義明は不思議そうな顔でアマンダに尋ねる。  

 だが、彼女は答えることなくしばらくそのままだった。義明は手助けをもらおうと、アリ―の方をみる。

だが、アリ―もどこか心あらずな表情であった。

 生きていた……それは祖母のことだろうか。

 この反応からしてこの二人は、祖母のことを知っている。それもただ知っているだけではない。特にアマンダの反応は、長い間探し求めた親友、いや家族を見つけたようであった。

 この人と祖母はほぼ瓜二つ。

 義明はまさかと思いつつも、思い当たったことを尋ねた。

「あの……まさか、まさかと思うんですけど。俺のばあちゃんと姉妹関係……とかじゃないですよね?」

「……そのまさかよ」

 答えたのはアリ―だった。

「アナタのお祖母様は、私のお祖母様と双子の姉妹関係。そしてフレンダ・シュットガルトは世界を崩壊させる災厄から世界を救った英雄の一人よ」




 今から一五十年前。世界は災厄と称される化物たちに襲われていた。

 『十の災厄』。それが、化物たちの呼び名だった。化物は全部で十体。

 ある化物は大地を砂漠に変え、ある化物はあらゆる植物を食い荒らし、ある化物は世界のマナを食い荒らした。

 化物たちとの戦いが始まってから一二〇年が経ち、ようやく『十の災厄』は倒された。



「私は、『十の災厄』の一体を倒すことができた。だが、姉は……相打ちという形になり、行方不明となっていた」

 話が一区切りになったのか、アマンダは再度タバコを取り出し、火をつけ、煙を肺いっぱいに入れる。

「あんな化物相手にやられるわけがない、絶対に生きていると思っていたが……まさか別の世界にいるとはな……」

「ばあちゃんが……英雄」

 義明は視線を下に落とす。話の内容を整理しようとしたのだが、先に信じられないという気持ちが先行し、整理できないでいた。

 あの祖母が……別世界の住人で、世界を破滅に追いやる化物を倒した英雄?

「アナタのお祖母様は、それはそれは素晴らしい魔女だったのよ」

「え、魔女? ばあちゃん魔女だったの?」

 アリ―の祖母であるアマンダの姉ということで、そうではないかと薄々感じてはいたが、他人から言われるとやはり驚いてしまう。

「なんだ。知らなかったのか?」

「えっと……魔法使ってるところなんて一度もなかったので」

「何? 魔法を一度も使っていない?」

 アマンダの眉があがる。

「お祖母様、ヨシアキの世界では魔法がないようなのです。それに、ヨシアキの身体を見る限り、マナもおそらくないのかもしれません」

「ま……魔法がないだと」

 アマンダは信じられないような顔をする。

「…そんな世界でよく姉上は生きていけたな……」

「結構楽しくしてますよ?」

 昔はわからないが、自由に生活している。

 今頃バイクでかっ飛ばしているころだろう。

「ああ、そうだろうな。姉上はそういうお人だ」

 アマンダは懐かしむように言った。

 きっと仲の良い姉妹だったのだろう。双子ということもあり、自分の半身みたいなものなのかもしれない。その半身がこことは違う世界で元気でいてくれている。それを聞くだけで、元気でいてくれる姿が目に浮かび、その元気なオーラが伝わってくる。

 アマンダはタバコの火を消し、椅子から立ち上がる。

「アリ―」

「はい」

「我々の身内が、手違いとはいえ、会いに来てくれたのだ。丁重にもてなせよ」

「はい、お祖母様」

 アリ―は一礼しながら返答する。

返答を聞き、アマンダは軽く頷く。

「ヨシアキ、もっとおまえの世界や姉上……お前の祖母の話を聞きたい。

 とくに祖母の恋愛についてとかな。あの姉上をもらう男がいるとは……実に興味深い。

 夕食でたっぷり聞かせておくれ」

 アマンダは微笑みながら言った。その顔を見て、やはり姉妹だなと強く思った。

 祖母がたまに魅せる優しい笑顔と重なったのだった。




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