第4話

 人生で飛行機を使わず、空を飛ぶという経験をするとは夢にも思わなかった。

 箒が飛び立ったとき、義明は安全でないジェットコースターにでも乗った気分で、未知なる体験への期待と落ちたらどうしようという恐怖が義昭の心の中をぐるぐる駆け回っていた。

 不安で無意識にアリーの肩を握っている手を強めてしまう。義明の不安が肩を通して伝わったのか、アリーは優しく「大丈夫よ」と言った……が、それでも不安は拭えず、義明は空返事しかできなかった。

 義明の返答を聞いたアリーは、チラッと後ろを振り返る。すると、義明はオドオドした様子で下を見ていた。それを見たアリーは口元が緩み、口角が上がる。その表情には面白いものを見つけた子供のようだった。

 アリ―は箒の進行方向を下に向け、急降下させた。

「え? あああああああああああああ!

 ……ああああああああああああああ!」

 義明の叫び声があたり一体に響き渡る。最初は軽く脅かすつもりだったが、アリーはだんだんと楽しくなって、急降下と急上昇、縦方向に旋回、横方向に旋回と、ジェットコースターのように動き回った。

「落ちる! 落ちる! 落ちるあああああああああああ!」

 

 通常飛行に戻ると義明は肩で息していた。

「はぁはぁはぁはぁ……し、死ぬかと……死ぬかと思った……」

 叫びすぎて声が枯れ、喉が水を欲していた。

「あはははははっ! ごめんなさい、あまりにもびくびくしてもんだから、ついね。

  こんないい反応する人久しぶりだわ。いい声だったわよ」

 満身創痍な義明とは裏腹に、アリーは楽しそうに笑う。

 さすがの義明も言わなければならない衝動にかられる。

「いい声だったじゃないよ! ホントに落ちるかと思ったわ!」

 抗議する義明の目には涙が滲んでいた。

「今は私の魔力で覆ってるから落ちることはないわ。現に宙返りしても落ちてないでしょ?

 それにしても……ふふふふ、義明の声って叫ぶと高い声を出すのね」

 笑いをこらえようと、必死になっているのが後ろからでもひしひしと伝わってくる。

「……ばあちゃんそっくりだ」

 義明はボソッと恨むような声で言った。

 以前、祖母にバイクで似たようなことをやられたことを思い出し、アリ―の姿と祖母の姿が重なってみえる。怒り方といい、このいじり方といい……。

「あ、ヨシアキ。もうすぐでつくわ。ほら、あそこ」

 アリーが義明に声をかけ、手を伸ばし、その場所を指し示す。

 義明はその先を肩越しから覗くと、そこには天にそびえ建つ塔が見える。

 そしてその塔を中心に町が広がっていた。

「あそこが、私の町、世界で1番魔法が発達している魔法都市『スペルディア』よ」



 アリ―の故郷、スペルデイアに到着したそうそう、義明は息をのんだ。

 目の前には、金髪の耳が長いエルフ、小柄だが体格のいいドワーフ、猫耳、うさぎ耳、犬耳を生やした獣人が普通にあるいている。

 ハロウィンでの仮装やオタクたちのコスプレとはわけがちがった。

「すごい……本物のファンタジーだ」

 思わず声が漏れてしまった。

 義明は、自分が本当に別世界にいるのだと改めて実感する。

「さ、ついてきて」

 あっけにとられている義明をよそに、アリーは歩を進めるので、義明は慌てて後ろについていく。

 飛んでいかないのか……そう言おうとしたとき、どこからかアリ―を呼ぶ声が聞こえ、出かけた言葉を止める。

「ねーあれってアリ―様じゃない?」

 義明は声をするほうに目をやると、義明と同じくらいの年齢の少女二人がまるで有名人でも見つけたかのような、反応をしている。どっちが声をかけるか相談しているのだろうか、肘でお互いを突っついている。

 三角形のとんがり帽子とローブをまとっているのを見ると、アリ―と同じ魔女なのだろう。彼女たちの反応から、もしかするとアリーは魔女たちの間では有名人なのかもしれない。

 義明はアリーを見る。

 アリーは美人だ。絶世の美女とはまさに彼女のことをさすのだと、義明は思う。夢に出てきただけで見惚れてしまうほどなのだ。実物を見て惚れない訳がない。

 いまだにもじもじしている魔女二人に気づいたアリーは、軽く彼女らに手をふる。

 魔女二人はそれだけで、幸せ絶頂にまで達している表情であった。緊張もいくらかとれたのであろう、二人一緒にアリ―の方へ歩いてくる。アリーは歩をとめ、彼女らが来るのをまった。

「あ、アリ―さま、大ファンです! 握手してください!」

「サインもください!」

「ええ、よろこんで」

 アリーは即答した。その顔は本当によろこんでいる顔であった。

 彼女たちは自分たちにかけられた笑顔に、心を射抜かれたいるようすだった。そしてそれは隣にいる義明も同じだった。

 こんな笑顔を出すのだ、きっと何されても許されるんじゃないかと思ってしまう。

 握手とサインをもらった彼女らはさらに幸せな表情になり、アリーが立ち去ったあともしばらくアリーの背中を見つめていた。

 気がつけば視線は彼女たちだけではなかった。この通りの住人たちは皆アリーをみているのだ。そして誰もがアリーに羨望の眼差しを向けていた。

「アリ―様だ」

「ホントだ、アリー様だ」

「相変わらずお美しい……」

「あ、アリ―ってあの……」

 もしかすると、アリーはこの国の危機を救った英雄だったのかもしれない。

「着いたは、ここよ」

 義明がアリーのことを考えている間に、どうやら目的地についたようだった。

 そこは空中でみた高い塔だった。アリーは塔の大きな門に手をかざすと、かざした場所が光りだし、ゆっくりとゴゴゴゴゴという音を立てながら開かれる。

 奥に進むと受付みたいなところがあり、アリーはそこに歩を進める。

「アリ―様。おかえりなさいませ」

 受付のお姉さんらしき人物が座っていた椅子からたち、深々とお辞儀をした。

「会長はいるかしら?」

「はい、自室にいらっしゃいます」

「ありがとう」

 アリーは視線で義明についてくるように促し、さきへ進む。


 見るからに偉い人がいそうな扉で、扉の上には何やら文字が書かれたプレートがはめれられていた。

 アリーはノックをすると「入れ」という声と共に扉を開けた。

「アリ―、よく来た。研究の成果の報告か?」

「いいえ、おばあさ……会長。まだ時間がかかるわ……でもヒントとなる人物を連れてきたの」

「ほぉ……その男がそうかい? ずいぶん変わった服を着ているねぇ」

「紹介するわ。彼はヨシアキ・フルヤ……別世界のって……どうしたのヨシアキ?」

「アリ―、そいつどうしたんだ? なんかすごく驚いているみたいだが……」

「……ば、ばあちゃん!」

 義明は会長と言われた人物を指差しながら叫んだ。

「だれが……ばあちゃんだ!」

 義明の祖母、フレンダに瓜二つだった。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る