Long December Days:45

黒い油のような液体による染みが、壁や床にできているのが、陽奈の眼に映っていた。水風船を投げたような、はたまた跡である。光沢と言い、質感と言い、後者の印象が強く感じられる。

『私の眼には至って普通の廊下と居間しか見えないわ。有害なガスし』

MPFのセンサーはせわしなく動き続けている。液体が現実のものであるならば、見逃すはずはないだろう。その瞬間、染みが微かに動いた。脈打つような動きである。

「ソフィアさん、火炎放射器ってありますか?」

染みの脈動が少しずつ大きくなり、染み同士が互いに集まっていく。心なしか、室温が少し上がる。MPFの肩アームがガスタンクの一つを取り、瞬く間に変形させることで、隠れていた火炎放射器が現れ、照準が合わせられる。

『生命反応検知。こっちからは変な肉塊に見えるんだけど、陽奈の話を聞く限り液状生物ということでいいかしらね。下がって。爆発したり毒ガスを撒いたりするかもしれない』

玄関から陽奈が出るのと、MPFが染みの塊に向かって火を噴いたのは同時だった。

『効果ありみたいね。体積が減ってる。陽奈の眼から何かおかしなところは見えない?この液状生物、私の眼から体が見えないの』

振り向いた陽奈の顔が、恐怖で歪んだ。叫ぶ。

「っ、止めて!蒸気になってMPFを包んでいます!」

MPFの腰に搭載されている緊急脱出用のブースターが展開され、一気に居間の奥へ進んでいく。蒸気を引き剥がすことに成功したが、手遅れでもあった。

『陽奈。逃げなさい。この家、そこら中が液状生物まみれだわ。残雪派の応援を呼んでこないと、私だけじゃ対処しきれない。今救難信号は出したけど、家具については諦めて。ごめんなさいね』

黒い蒸気がかなり濃くなっているせいで、数メートル先のソフィアのMPFがよく見えない。電磁警棒やワイヤーによる攻撃をしているらしい音が聞こえるが、漠然と見える影は動きが鈍い。

「でも、それじゃソフィアさんのMPFが!」

『そんなことは気にしなくても大丈夫。もう関節部に液状生物が侵入してるみたいで思うように動かないもの。安物じゃないんだけど、仕方ないわね。間違いなくこれは敵襲だわ。それも、とびっきりの敵からのね。私を狙ったものか、文成を狙ったものか……』

最後の台詞は独り言のようだった。蒸気が段々とはっきりした形を持ってくる。

「羽虫でできた……犬?」

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