第百四十二章 顔見せ

 五月の末日に金倉を再調査して残高をたしかめた。本庄 大蔵大臣、大熊 長官とその部下、補弼のぼくと亜希子補佐官が立ち会う。残高はおおきな変化はなく八千百四十両と貸付金千百五十両だった。これで貸方の資本金は九千二百九十両と確定した。


「これまで先行して投資してきた事業がございます。公金を使えなかったので荒浜屋が立て替えて支払っておりました。もちろん事前に景虎さまから了解をいただいております。これらの詳しい経緯につきましては、第一回目の胎内川の打ち合わせのさい申し述べましたので繰りかえしませぬ」


「あたらしく政権が発足する機会に、過去の負債を清算すべく明細書を取り寄せてございます。補佐官といっしょに、項目ごと詳細に精査いたしましたが、不審な点はございません。ぎゃくに上げていない支出があるのではと推測いたします。ともあれ締めて、三千四百四十両の支出をお願いいたします」

 と経費一覧表と支出を裏づける書きつけを提出した。


 皆が手分けして一読してゆく。最後に本庄大臣が口をひらいた。

「見たところ怪しげなところはござらん。ただ何分にも多大な額じゃ。この後の支払いに支障はこぬか」

「はい、支払いは金倉と新造銭を半分ずつ合わせて清算いたします。今後、原則としてすべての支払いは新造銭を用います。ただ移入品の決済はとうめん従前の銭貨を、相手が要求すると見込まれます。現状は大幅な移出超でございますので、金倉は増えても減るおそれは少ないと考えております」


 支出が認められたので、やっと九郎殿の借金が返済できた。出会ってから九年間、持ち出しばかりで借りっぱなしだった。ここ数年間で新規事業が軌道にのってきて、懐は潤ってきているはずだ。しかし借金があることに変わりはない。これでやっと安心してもらえる。


 財務長官はじめ財務吏員は、補佐官の指導のもとソロバンの練習と複式簿記の研鑽に励んでいる。ソロバンの技能は短期間で習得できるはずもなく、まいにち特訓の日々がつづく。アラビア数字は 0 から 9 までの十個しかないのですぐ覚えてくれた。ただ筆で数字を書く苦労はつきまとう。くせ字になり易いので、判別するのに苦労しそうだ。


 簿記も費目の名称をどう名付けるか、から始まった。おおむね前の世で使った名前を流用する結果となった。かならず借方と貸方に、費目と金額が記入される。的確な名称と、金額が同額でなければならない。費目の一覧表をつくって、一目で選択できるようにした。



 六月の吉日、大広間に主だった城主と家臣が勢揃いした。守護代のお披露目があった後から臣従してきた城主も加わっている。全員が座ったところで、景虎さまが太刀を掲げた小姓をともなって入室してきた。正面にドッかと座り辺りを見わたした。前より両手をついて頭をさげる者が多くなった気がする。


 襖のわきに控えていた金津 新兵衛が立ちあがり口を開いた。

「ほんじつは大事な発表がござるので皆にお集まり願った。遠路ご苦労でござりました。では当主よりご挨拶を申し述べまする」


 景虎さまがゆっくり立ちあがった。

「今後の領国の運営についてツラツラ考えて参った。結論として内政は執務の内容ごとに責任者を決めることとした。家老という言葉があるが、何を担当しているか判然とせぬ。大臣という称号を使うことにした。国の執務は大臣と協議をかさね決定するものとする。では四人の大臣を紹介いたす」


 襖がひらいて、直江氏を先頭に四人の大臣が入室してきた。

景虎さまを中心に、右に直江氏と長尾氏、左に本庄氏と斉藤氏が並んだ。


 景虎さまが声を上げた。

「直江どの、そなたを総務大臣と農林水産大臣に任ずる。本庄どの、そなたを大蔵大臣と通商産業大臣に任ずる。長尾どの、そなたを法務大臣と裁判担当大臣に任ずる。斉藤どの、そなたを建設大臣に任ずる。おのおの職務に精励克己いたせ」


 景虎さまが着座し、四人は広間に向きをかえ一礼した。金津 新兵衛が

「では就任した大臣が挨拶をいたしまする」


「総務大臣と農林水産大臣を仰せつかった直江 景綱でござる。農は国の大本なり、を根幹に林業・水産の発展のため微力をつくす所存でござる」


「大蔵大臣と通商産業大臣に任命された本庄 実乃と申す。憎っくき仇である税の元締めとなり申した。仇を討ち滅ぼすため公平・公正なる徴税をめざす所存でござる」


「法務大臣ならびに裁判担当大臣を務めます長尾 景信でござる。法の支配、が領国ぜんたいに及ぶよう力たらずでござるが全力をかたむける所存でござる」


「建設大臣を拝命しました斉藤 朝信でござります。見ての通りの若輩者でござるが、お屋形さまの命とあらば粉骨砕身して使命を全うする所存でござりまする」 


 大臣の紹介や抱負を述べるなど前代未聞であろう。一堂に会した者たちは「天下布武」をかかげた旗印のもと、あたらしい越後の風が吹きはじめたと感じたのか、みな笑顔を正面に向けていた。


 四人が左右にわかれて席につくと、新兵衛が立ちあがった。

「当主より新事業の発表がございます」

「越後の母なる信濃川であるが、下流域は沼地や潟がおおく農作業に適しておらぬ。

そこで比較すると工事が容易とおもわれる、胎内川の改修工事を計画しておる。難工事が予想されるので専任の責任者として、参謀長の真田 幸隆どのを指名いたす。真田どのの指揮のもと、執政会議ぜんいんが一丸となって取り組んでもらいたい」


 真田どのが緊張した面持ちで入室してきた。

「胎内川改修工事の最高責任者たる任を仰せ遣った真田 幸隆と申す。改めて責任の重さに身が引き締まる思いでござりまする。必ずや成功すべく身を粉にして頑張る所存でござる」


 会場のあちこちから囁く声がひろがった。思いも掛けぬサプライズの連続である。

小姓ふたりが三方を掲げて入って来て、皆にむけて置いた。


 新兵衛が発言した。

「ここで本庄 大蔵大臣よりご披露する物がございます」

「三方に積まれているのは新しく鋳造した十文銭でござる。明の国では銅貨の鋳造はとっくに止めておる。新しい通貨を手に入れたければ、中国へ銅や銀を輸出して、代わりに眠っている銭を買いあさるしか無いのじゃ。通貨が少なくなれば血が止まるようなものじゃ。そこで新造銭を発行いたすこととなった」


 ほう! と座がどよめいた。

「こんご領国のすべての支払いは、この新造銭でおこなう。人件費、食糧などの買い物、事業にかかわる支払いすべてに使用いたす。もちろん税を納めるとき、この新造銭を使ってかまわぬ。お主たちが積極的に銭をつかって欲しいのじゃ」


「発行記念として城主の皆さまには百貫文を配布いたす。家臣の皆には五貫文をわたす。どうか積極的につかって下され。貯め込んでしまうなど、いけませぬぞ。お帰りのさい手渡しますので、お受け取りくだされ」 


 ふたたび新兵衛が立ちあがった。

「最後に直江 総務大臣よりお願いの儀がござる」

「ただいま城下町の整備に取りかかっておる。大手門通りを拡幅して大通りとする。通りの南側を武家屋敷とし、北側を町屋として職人や商家の町並みとする。出来得れば家臣ともども移り住んで欲しいのじゃ」


 今の時点で強制できる力はない。力をつけて一歩一歩進めるしか方法がない。

終わってから恒例の大盤振る舞いが挙行された。


 


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