第百九章 胎内川

 案内の者に従って主殿の玄関をまたぐ。土間でなく石畳が敷いてあり、その財力をしのばせる。正面の板敷きの間に飾り棚があって、青磁や白磁の焼き物が置いてある。式台に腰をおろして足をそそぐ。踏み石に草履をおき、対面所へ導かれた。


 対面所は中庭に面し、縁側をまわした座敷だった。二十畳ほどの広さで書院づくりのスタイル。床の間にむかって二人で正座し、主が現れるのを待つ。ここにも飾り棚に渡来した焼き物が置かれ、主の趣味をうかがわせる。


 かくしゃくとした足取りで、五十代半ばくらいで頑健な体つきをもつ人物が入ってきた。正面にゆったりと座る。


「中条じゃ、景虎さまのお使いとやら。はるばる出向いてこられ ご苦労であった。早速じゃが用向きは如何なことかな?」


 二人で名乗りをあげて、懐から書状を手渡す。一読して顔をあげた。


「景虎さまも年があけて一段と頼もしくなったであろう。喜ばしいことじゃ。為景さまがご隠居されてから、消息が聞こえてこぬ。元気であろうなあ? 何せ、わしより一つ上の生まれだからのう気になるわ」


「はい、一時ご体調を崩されましたが今は本復し、至ってご壮健に暮らし遊ばれております。若殿も背が伸び、体つきも一回り大きくなられました」

「それは何よりじゃ。ところで、書状では当地に喜ばしい話しがあると認められておる。どのような子細かな?」


「はっ、この地一帯にかかわる献策でございます。出来ますれば、色部氏と黒川氏がご一緒に同席ねがえれば幸いに存じます。悪い話しでございません。きっとお喜びいただける申し出でございます」


「うーむ、あの二人とは仲が良いといえる間柄でない。わしが景虎さまに膝を屈したと、あざ笑っておるやもしれん。そんな奴らでも喜ぶと申すのか。どんな内容か分からずに、わしが二人に持ちかけるほど、お人好しでは無いわ」


 ふーん、ふだんから相当 仲が悪いようだ。もっとも中条氏が守護の養子話しを、為景さまと図って伊達家に持ちかけたさい、大反対したのがこの二人だ。中条氏の影響力が増すのを何よりも恐れた。


「胎内川をまっすぐ海へぶち抜くと言ったら、どうします?」

「なにっ! 胎内川をちょくせつ海に通すと申すのか?」

「はい、景虎さまの腹は決まっております」

「ふーむ、これはおおごとの話しじゃ。わしも開通できればと何度おもったやも知れぬ。まさか空約束じゃあるまいな」


「もちろんでございます。景虎さまは民の苦しみを黙って見過ごすほど、冷たい人ではございませぬ」

「おお、それでこそ越後の主だ。わしの目に狂いはなかったわ」

「では、話しを持っていただけますね」

「よかろう、そのような話しなら喜んで乗るわ。久しぶりに良い夢をみた気分じゃ」


 さっそく馬が行き来して、明後日 会合をもつことに決まった。会合場所は乙宝寺、やはり寺や神社がすんなり集まれる。ただ北国浜街道に沿って建っているので、海岸近くまで下り、さらに胎内川と荒川の中間くらいまで北上しなければならない。しかし三者の中間あたりに位置するので、お互いの面子が保たれ反対はなかった。


 胎内川に船を止めているので、船頭たちへ温かい食事を運んでくれるよう頼んだ。


 夜、歓迎の宴がひらかれた。そぼくな田舎料理であったが、手一杯 歓迎してくれる気持ちが伝わってくる。よほど嬉しかったのか、良い機会と考えたのか元服したばかりの長男 景資かげすけも席に着いている。まだ少年といって良いくらいの初々しさだ。


 史実では四半世紀後に、信玄の調略に応じた本庄 繁長の乱が起こった。景資にも誘いの密書がとどく。密書の封をきらずに、そのまま謙信のもとへ送り届けた。征伐軍にも加わっている。謙信を信じきった一本気の性格を感じさせる、性根のすわった顔つきをしている。


 主だった家臣を呼んだのか、十・五六人が座を囲んだ。いまだ呑みつけぬ濁り酒が振る舞われた。平六の乱の平定は、いまもって話題の中心だ。軍師殿もわが出番とばかり、張り切って語りに語っている。景資も目をかがやかせて聞き入っている。


 乙宝寺は七百三十六年、聖武天皇の勅願によって開山された古刹である。七堂伽藍の中心である金堂には、大日如来、阿弥陀如来、薬師如来の三尊が祭られている。境内の面積が二万五千坪あり、まわりを十五町歩の森林が囲んでいる。


 芭蕉が奥の細道の紀行で、帰り道に寺を訪れている。桜の名所で知られていたので「うらやまし浮世の北の山桜」と句を詠んだ。芭蕉は寺の南にあるきのと集落に泊まった。次作という名の庄屋で大変な歓待をうけた。庄屋の案内で乙宝寺を参詣している。


芭蕉は寺を参拝したあと浜街道を下って築地つい村に泊まっている。築地村はJR中条駅から海岸へむかった県道三号線の築地交差点として、その名をとどめている。


 この村が紫雲寺潟の出口にあたり、芭蕉はここで船に乗った。紫雲寺潟、島見前潟と、我々と同じコースを通って新潟へ着いている。



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