応援コメント

第八十五章 半長靴」への応援コメント


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    靴。 あったほうが確かに良いのでしょうね。

    が、脚絆(ゲートル)はともかく、少し考えてしまいました。

    古い日本人の歩き方、歩法は明治以降の西洋式に手足を互い違いに出す
    軍隊行進式と違って、腰に乗せた上半身を足をあまり前に出さず
    つま先に近い部分と足指で地面を掴むようにして、トットットットッと小刻みに
    前に出るのが普通だったようですし、骨格も幅広の偏平足に近く
    現代人の好むスニーカーの構造が会うのでしょうか。

    古武道や相撲のように、右手右足、左手左足を一緒に出す方が、感覚として
    わかりやすかった時代かと思います。
    靴前提の行軍・運用は、大変な訓練期間と意識改革が必要かもしれませんね。

    靴下も、足袋などを通り越していきなりソックスよりも、
    布や丈夫な和紙などで足をくるむなど、靴擦れなどへの方策も含め
    思う以上に難しいものに感じます。

    軍人病の一つとしてムレからの皮膚病、壊疽、水虫などは明治の頃に限らず
    軍隊では悩みの種ですし、行軍の内容(渡河、岩地、泥地など)によっては
    足袋草鞋の方が良いことも有り得ます。

    また生産した靴の支給方法も、個人携帯では貰ったもののように
    勝手に持ち出したり売り払ったりする事が考えられます。

    “靴を履く” ということは、それまでの日常を変えることに繋がるのでしょう。

    主人公ら、若き男女の柔軟な発想と近代的視点が優れていることも
    多いことでしょうが、やはり思索的経験の不足などを
    軍師殿などと計らって、その時代に合うものかを深く検証する態度が
    欠けてしまうと、恣意的で却って不備、不平不満を呼ぶことになりかねない
    気がします。

    特に日常に近いものほど細やかな段取りや根回しがないと、
    一足飛びの飛躍に違和感を抱いてしまうと思えます。

    長々余計なことを申し上げ、忸怩たるところはありますが、
    どのように問題点を解決していったかなどを、
    関係者の些細な遣り取りや、当事者の心情などをもう少しわかりやすく
    伝えて頂ければ、更に物語として楽しませていただける気も致します。

    主人公夫婦には、この時代での生き残りをかけた余裕のなさかもしれませんが、
    少々自己本位の都合で周りを引っ掻き回しすぎている印象を持ちました。

    失礼を重ねまてしまいましたが、主人公一家と謙信公による、
    文字通り新たな歴史絵巻を
    これからも楽しみにしております!

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    たしかに一足飛びに(比喩でもなく、この言葉が
    でてきました)草履から靴への変換は、むずかしい
    問題を惹起するでしょうね。
    いつも問題提起をいただき、浅慮のほどを思い
    知らされます。
    生産まで時間がかかりますので、その間で
    順応できるのか対応を考えたいと思います。
    今後も率直な感想をお寄せ頂ければ幸いです。
    ご愛読有難うございます。