第二十二章 虎千代さま

 謙信の肖像画は、死の一ヶ月まえに蔵田 五郎左衛門に命じて、京都から絵師を招いて自画像を描かせたもの。絵は逝去した日に完成した。ムシが知らせたのだろうか。原本は遺言で高野山の無量光院に奉納されたが、明治時代の大火によって焼失してしまった。模写した絵は、米沢市の上杉神社と東京大学史科編纂所に所蔵されている。


 よく見る謙信像は上杉神社が所蔵している絵だが、髭面のふっくらした顔つきで、切れ長の眼でキリッと前をみつめている姿が描かれている。右手に軍配、左手に数珠を握りしめ法体と袈裟をまとっている。二重顎にみえフックラした体型がうかがえる。


 住職から言われたとおり、昼すぎ林泉寺に出向いた。住職の部屋でしばらく待たされた。どんな子が現れるか、肖像画を思い浮かべて、さまざまなイメージ造りをしていた。本堂で皆との顔合わせがおわった後、益翁さんといっしょに入室してきた。


 武将の子なので、色黒でたくましい体つきかと想像していた。城主の弟という誇りのもとに育てられたのか、臆することなく住職のいちだん下がった席に当然のごとく座った。師と弟子の立場は弁えているようだ。


 思ったより色白で、痩せているが頑健な体つきに見える。一目みて印象深いのは

三白眼さんぱくがんで、三国志の曹操がこの目であると言われる。しかし、その目は輝いていて、幼いながらも知性を感じさせる。目力が半端でなく、人を引きこむ魅力をもっている。


 女優でいえばオードリーヘップバーン。なんで、ここで女優の名が出てくるんだ。この目はしっかりと前を見据え、御しやすいタイプでない。人の意見を受け入れる度量と知性を持ってくれるのを願うばかり。


 住職から紹介があった。

「虎千代、こちらは永倉先生であるぞ。先生は宇宙の森羅万象、未来の先まで見通す お力をもっておられる。おまえの将来をしっかり見据えて導いてくれる お人だ。しっかりと教わって立派な人格と知性を磨きなされ。七日の内、二日をお前といっしょに行動する。しかと修行いたせ」

「永倉先生、よろしくご指導ください」


 ハキハキした声で返答した。

「こちらこそ、よろしく」と頭をかるく下げる。

「では紹介が終わったことで、先生は五日後の朝に寺にまいる。よろしいな」

 と住職がこちらを見たので、うなずいて了承する。


 虎千代さまと益翁さんが部屋から出ていった。

「お主、虎千代さまをどう見た?」

「はっ、未だ人生経験があさく、人の評価など出来るはずもございませんが、率直な感想を申しますと、幼い頃はともかく大きくなったときに、私の意見が通ずるかなと...... 」


「うむ、お主も自分の分を心得ておるなあ。今どきの若者にはめずらしい。お前の性は素直で、心の底がよく見える。裏表がないとわかるから相手は安心する。他人が寄ってくるという得がたい徳義を持っておるぞ。これも大事な人間の器だ。そこで、もっとも大事なことは、ぜったい聞いた話しを洩らさないことじゃ。墓場まで持ってゆくつもりで胸の奥にしまっておけ」


「はい、たしかに承りました。ご方丈さまのご忠告に違えぬよう生きてまいります」 

「するとさまざまな意見やグチが出てくる。個人的な利害をともなう話しは聞き流しておれば良い。多くの者がおなじように口に出すという事柄は注意して、対処しなければならぬ。不満がたまりに溜まると、敵の内応や謀反に引き金になろう。それらは

主君の補佐役の大事な役目であるぞ」

「わたしは兵器の開発や新しい産業をおこし豊かな生活ができるお手伝いをしておれば良いと単純に考えておりました」


「構えてしまうとお主の良いところが消えてしまうやもしれぬ。自然体で生きておれば、お主の長所が発揮できるであろう。お主の内儀もそんな性格に惚れたんじゃないのか?」


 そういえば、新一君ならコントロールできると思う、と口走っていた。俺はそんなに分かり易い人間か...... あまり本も読まないから単純なんだ。まあ、技術オタクを目指していたんだから、いまさら性格を変えようがない。


「しかしなあ、いまは争いの世界だ。裏切りや相手を陥れるために手段を選ばない。

偽りの甘い言葉や讒言ざんげんで相手に取り入り、そして蹴落とす。お前は何度も辛い経験して分かるときがくるかもしれない。ただ一回の失敗が命取りになるのが、この時代だ。二度目は無いという覚悟が必要だ。生やさしい世界ではない」


「お前に必要なのは裏仕事や謀略をとくいとする人物だ。軍師といっても良い。前の世界では、名の知れた人物がいなかったのか?」

「軍師といったら竹中半兵衛や黒田官兵衛が有名でしたね。ただ美濃や播磨の国と

分かるだけで、何処へ行ったら良いか見当もつきません」

「そうか、近くにはおらんのか?」


「うん、お待ち下さい。思いだしました。真田一族がおります。信濃の出身でございます」

「ああ、噂で名前ぐらいは聞こえてくるな。なかなかの傑物とやら」

「ええ、この一族は戦国の時代を生きぬき、前の世でも名を上げました」


 NHKの大河ドラマ「真田丸」をきっかけに、真田一族をくわしく調べたことがある。真田 幸隆の子や孫が昌幸と幸村で、優秀な者ばかりの華麗なる一族だ。たしか村上 某の争いに敗れて上野へ逃げて、それから信玄に仕えたはずだ。


「ご方丈さま、私の取るべき道がわかりました。真田 幸隆は何としても取りこまなければなりません。虎千代さまが元服して当主になるまで、すべきことが沢山ございます。どうしても隠居した為景さまのお手を借りる必要があります。ぜひ紹介状をいただきとうございます」


「うむ、越後がふたたび騒がしくなるやもしれんのう。これも新しい越後をつくるために必要な産みの苦しみかもしれん。兄弟の跡目争いは何とか避けたいものだ」

「その為にもぜったい為景さまに会わなければなりません。できれば平和的に虎千代

さまに当主になっていただきたい。内乱で越後の力をそぐ余裕などございません。それには軍師たる真田 幸隆の手腕が欠かせません」

「よし、わかった。一筆したためる。案内は彦兵衛に命じよう」

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