第17話 「本当の真実」


「色々あったんだな…」

彼女の過去の出来事を聞いていると俺まで胸が張り裂けそうな思いになった、彼女のした事は決して許される事ではないが、同じ立ち位置だった場合なんとなくだが逆恨みでも男をみると俺自信もカッとなるかもしれない。

「私はそれ以来男を軽蔑、憎悪、殺意が沸くようになり始めました、そんな衝動を抑えるために私はこの女子高に入る事を決意しました。しかしある日この学校は共学高になると聞き、私は担任を通じて委員会や校長などに必死に抗議をしてみました。私は当時友達が一人もいなかったため味方をしてくれる子はいなくて、私の意見だけとして受け止められ門前払いを喰らいました。更に言えば私のクラスに一人の男子が転入してきたのです」

「それが俺って訳か」

「はい、あなたの顔を見た時は最初頭が真っ白になりました、むしろ何も考えようとしなかったのです。しかし、授業中でもお昼を食べている時でもちらつくんですよ、あの日の事が、もう思い出したくないあの日の事がこびりついて頭から消えないんです」

頭から取れないか、それは全く俺と同じ体験だな。

俺も釣りをしている最中や、山を登っている最中、桜田からナイフで刺されて内臓を引き抜かれた事や赤井の頭が理科室の壁に落ちていた事まで、脳裏にはしっかりと今でも焼きついている。あの時の記憶を忘れるなんてありえる筈がない、消えないのだ、一度染み付いた記憶は。

「本当に申し訳ありませんでした、こんな事ですまないのは勿論私自身も分かっています、あなたに罪を償った後に大人しく自首しようと思います」

彼女は暗い顔で下を向いたまま言っていた。

「別に罪なんて償わなくていい、それに自首もしなくていい」

「え?」

「お前が捕まったら妹はどうなるんだ、そんな酷い過去があったのに一人にしておくつもりなのかよ、今でも辛いと思ってるのはお前だけじゃないんだ、妹の事も考えろ」

「だって、止むを得ないことじゃないですか…」

「確かにお前がやった事は立派な犯罪だ、世間的に許される行為じゃない。でも俺はこうして生きているんだ、俺は法律の話をしてるんじゃないぞ、お前が今一番誰の言う事を聞くべきか考えろって事だ、もし本当に罪を償いたいのなら俺のいう事を聞け。お前がいるべき場所は牢獄なんかじゃなく妹のそばなんだよ、お前がもうこんなあほな事をやらないって条件付きで今回の事は無かったことにしてやる」

「あなた…」

俺は自分でも本当に正しい事を言ってるのかが分からない。

今回だけじゃない、何度も何度も彼女に殺されたのだ、それに彼女を取り逃したところで他の誰かが殺されるかもしれないのだ。

でも考えれば考える程結果は残酷である、ここで姉を通報すれば妹が俺に何してくるか分からないし、この先どんな顔をしながら学生生活を歩んでいけばいいかが分からない。

かっこいい事を言ったつもりが、結局のところ俺は自分の事しか考えていないのだ。

「沢良宜くん…私…」

「はあ、やっと名前間違えずに言えたな」

「名前?」

「いや、こっちの話だ。悪いけど俺とお前が違うクラスになるまでは俺と一緒に行動してもらうからな、放っておいたらお前が他の男に何するかわからないし」

「………」

彼女は涙をボロボロと流し始める、一秒も立たないうちに床にはポロポロと涙が一滴ずつ落ちていった。確かに今回の事件で彼女が懲りたかはまだ俺には分からない、でも彼女は俺を殺さなかった、その事から今までにないかなりの進展だといえるだろう。

それに桜田は結局のところ誰一人として人を殺していないのだ、殺すつもりはあったけどな、でも結果的に殺してない事が事実になったのだから俺はそれを受け止めるしかない。

「お疲れ様!!!」

扉を勢いよく開けられたせいで、この理科室から物凄い轟音が鳴り響いたが、その教室に入ってきたのは椎名じゃなく、赤井凛でも無い。

「琥珀さん…」

俺よりも先に気付いたのは涙をポロポロと今でも流している結奈だった、確か琥珀という女は体感として一ヶ月くらい前に会った青生さんの双子の妹だったはずだ。

金曜日は確か海に言っていたはず、それも制服じゃなく私服でだ、どうして彼女がここにいるのか俺にもよく分からない。

「はあ、いつでも相談しに来てって言ったでしょ、それを無視してこんなに無茶までしちゃって」

「え、相談しに来いって言ったのは青生さんなんだけど、っちょ…」

気が付けば青生さんの身体が間近くで俺の身体に触れていた、そして彼女は近寄ると強く俺の身体に両腕を伸ばし抱きしめる。

「えっ、っちょ、青…」

「シーッ、その名前は彼女は分からないから呼ばないで」

「え、琥珀さんなんですか…」

「ふふふ、あなた思った以上にうぶなのね、本当のあなたがこの年齢の時と同じ性格にしてあるのだけど、実際のあなたはもうちょっとだけ今よりたくましいかな」

「実際、さっきから俺何がなんやら…」

「ふふふ、考えなくていいの、全て終わったのよ良太」

りょ…りょうた?さっきからこのお姉さんは何を言っているのか何一つ分からない、急に入って来て何を言うかと思えば実際はなんだのだったり、俺の名前を間違えるし。

今思えばそうだ、この青生さんは俺が何回も質問をしているのにも関わらず、何故かこっちが見透かされているような気分になる、独特の不思議属性があった。

まあ何はともあれ彼女が抱きしめているのを抵抗して離れる気にはならなかった、とても落ち着く匂い、とてもシャンプーなんかじゃ引き立てる事ができない匂いである、どこか大人びた匂いが彼女からは伝わってきた。

「は、破廉恥…です」

横を見ると存在を忘れていた桜田が顔を真っ赤にしながらこちらから目を背けている。

やかましいわ!と思ったが、確かに破廉恥なのは認める、ていうか俺自体がそういう目で見てしまったら青生さんに失礼なんじゃないだろうか。

「さて、そろそろ戻ろっか、良太」

「良太って人違いしてませんか先輩…」

「ふふふ、実際はあなたの方が先輩なのよ?」

「は?」

まじで意味不明である、電波女がただでさえ一人ここにいるのだ、混乱させるような台詞は是非ともやめてもらたいのだが…。

「平松良太、あなたは全ての任務を遂行した、元に戻りなさい」

彼女は俺から離れ、懐から金色で豆粒程度の大きさの鈴が二つセットになったストラップを取り出し、二回ほどチャリン、チャリン、と鳴らし始めた。

最初は頭がおかしい人が頭がおかしい事をやっただけだと思っていたのだが、段々と視界は歪み始め、教室の色も、黒板の色も、桜田の色も、全てが真っ黒に染まり、意識が少しずつ遠のいていく。

そして一言意識が完全に遠のくまでに聞こえた言葉があった。

「現実世界でまた会いましょう」

まるでここが現実世界じゃないとでもいうような言い方である、だがこの現象を見る限りそれもそうなのかもな、とも思えてきた。


俺は人が人を殺すという事はどういう事かをいつも考えていた。

そしてある答えが出た、人が人を殺すという事はとにかく残酷であり、人類が求め続けていたものとはかなり逸脱した非難されるべき行為なのだ。

だってそうだろ、同じ生を授かった同属の者同士が進化して繁殖して、進化してを繰り返して、やっと生まれたのが俺達人類だ。それを個々の人類が自らの利己的な行動によって自分と同じ人類を殺していく訳である、果たしてこのような行為が本来人類が誕生し始めた時に持ち合わせていた目的と同一だと本当に言えるだろうか。

いやありえない、人類は繁殖する意思、欲を満たす意思、食べる意思、先祖は様々な目的を持って生きていたはずだが、同じ地球で生まれた同じ生命体を殺すという行為は一度足りとも考えた事はないだろう。

実際に現代社会で人殺しを賛同する者など全くといっていいほどこの世の中にはいないのである。そしてその世間と逸脱した行為に俺は今まで怯えていたのだ、世間から逸脱した女、足を一歩踏み外した女、それは桜田結奈の事である。

桜田結奈は男が嫌いだからという動機で俺を殺したのだ、勿論どんな動機があっても人を殺す事自体が非難されるべきである。

第一男が嫌いという理由だけで人を殺すというのは、俺だけではなく男なら誰もが理解しかねる動機だろう、何故そこまで頑なに男を嫌うのだろうか。

その理由は男から受けていた暴行によるものだった、別に男だからといって俺がやった訳ではない、これは正しく理不尽な行為である。

そして彼女が放っていた狂気、これもまさに彼女の理不尽と同じで全くといっていいほど理解ができないものである。

そして理不尽、狂気、それら二つを持ち合わせていた彼女に対して抱いていた感情、それは正しく恐怖だった。恐怖とは理不尽であるし、狂気である、考えれば考える程様々な事が恐怖そのものなのだ。決して社会から逸脱した行為それだけが恐怖とも限らない。

アウストラロピテクスも、ホモサピエンスも理不尽な恐怖なんて感じた事が無いのかもしれない、でも俺達現代人は生まれながらにして、絶対にその理不尽な恐怖と一度は立ち会うことになるのだ。

その選択肢が逃げるが最善なのであればそれを選ぶのも良いだろう、だが決して逃げられない恐怖も世の中には存在するのである。

では、俺達人類はどのようにしてその理不尽な恐怖に立ち向かわなければならないか。

ごく簡単な答えだ、それは恐怖に立ち向かおうとしている勇気を持つ事である。

何回失敗したって挫けず、折れず、負けず、何回でも何回でも恐怖に立ち向かえば、必ず道は開けてくるのだ。

そしてその勇気はきっと、これから起こる困難から自分の最高の味方となって、君を助けてくれるであろう。

あきらめるな、強く生きろ、勇気を持て。



「う…うぅ…ここは…」

「ふふ、おはよ」

「だ…誰?」

薄暗い暗闇から、目を開くと自分はまたもベッドの上で寝ていた。あの悪夢の金曜日じゃないと分かったのはこの居心地の悪そうな固いベッドで目が覚めた事と、目の前に二十代前半くらいのお姉さんがいる事でだ。もしかして青生さんか、とも思ったけど顔がどこか少し違った。いや、若さとかそのせいもあるけど、青生さんより更に大人びてる感じがある、雰囲気的な面でだ、それに青生さんがかけていなかった眼鏡もかけているし、白衣を着てポケットに入れてて少し博士っぽくある。

「その様子だとまだ記憶が完全に戻った訳じゃないようね、まあ少しずつ戻っていくわ」

「はあ…」

俺は決して理解した訳ではないが、話を合わすしかなかった。

「そうね、思い出すように手助けしないとね、何か気になる事とかあるかしら」

はっきり言って疑問だらけだ、彼女が何故俺にこの質問を問いかけてきたのかも、何で俺があんな居心地の悪いベッドで寝ていたのかも。

「あの、あなた誰ですか」

ふふ、っと少し笑みを零し彼女は勿体ぶったような仕草で言った。

「私の名前は白星青生よ」

「え…だって青生さんはさっき」

「あなたが今まで見ていた青生は全部琥珀、それも高校時代のね」

聞いといてなんだったが疑問は更に深まるばかりだった、彼女がまだ何か話したさそうにしているので俺は黙っておくことにする。

「まあ琥珀は私と双子で本来だったら今日ここで皆でパーティと行きたかったんだけどね、彼女死んだから…」

「し、死んだ…?」

何を言ってるのかが何一つ理解できない、俺はただ彼女が言う台詞に耳を貸すことしかできなかった。

「琥珀はね、あなたが転校してきた十日後に死んだのよ、交通事故でね」

「交通事故…」

「そ、いつも二人で行動してたのに急に一人で残されちゃってね、彼女が最後に言った言葉が結奈を助けてあげて、だったの」

結奈を助けて…この台詞を聞いた途端どくんっという心臓からの衝撃とともに、脈打つような頭痛に襲われる、間違いない俺はこの台詞を聞いた事がある。

彼女に気付かれないように俺は痛みがあった頭部を抑えず、平常を装っていた。

ここでもし話を彼女から話を聞きだす事ができなければ、全ての記憶が抜け落ちるような気がした。

「私が科学者を目指してるから言ったのか、最後の思いとして私にぶつけたのか、それがなんだったのかは今でも分からないわ、でも私はそんな妹の最後の願いを叶えるために必死に勉強を重ねて大学でも教授のコネで研究室に入れてもらって研究を繰り返してたの。でも結局はダメだったわ、そもそも私一人でそんな過去を変える発明なんて出来る訳が無い、なんせノーベル賞レベルよ?当時の私は無知だったわ」

「でも勇気を出して何回も失敗を繰り返しながら挑戦をしていたら可能性が見えた」

咄嗟に口が開く、何を言ってるんだ…俺は…。

「そう、勇気よ…勇気が私に可能性を与えたの」

うっ…まただ、思い出すたびに頭痛が激しくなる、さっきのもそうだ。何故俺は彼女が口を開く前に答えを言ってしまったんだろうか。

それも訳の分からない言葉をだ、勇気?なんなんだ急に…。

「ちょっと待ってくれ…さっき言ってた結奈を助けてってどういう事なんだ…彼女はさっきまで僕の近くにいたはずなんだが…」

「あなた大丈夫?苦しそうだけど」

「俺の事はいい、それよりどうなんだ?続けてくれ」

「結奈は逮捕されたわ、沢良木雄輝君を殺してね」

「お…俺を殺して逮捕されただと…」

彼女は俺の様子を見ると何かをバッグから探し始める、薬ならいらないし話を続けて欲しいのだが、彼女が取り出したものは薬なんかじゃない、手鏡だった。

「あなたは沢良木雄輝君じゃないわ、自分の顔をよく見て」

「こ、これは…」

そこに写るのは確かに青生さんが言った言葉通りで、沢良宜雄輝じゃないものの姿が写されていた。顎には髭が生え、黒髪が寝癖でボサボサに立っている。

そして顔を見るからにとても高校生には見えないような老けた顔で、俺と目と目が合うと

これが俺なのか…、とも思ったが、流石に無いなと思い、目を瞑りながら大きく息を吸う。

しかし何度見ても鏡に写るその姿は変わる事無く、黒髪がボサボサに立っているおっさんの姿だった。

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