第5話 「全ては現実、逃げられない金曜日」

午後三時五十分、一体何人が校門を出たのだろうか分からない。

出てくる女の子が携帯をいじっている俺を見て、何を考えているか想像してみたが、恐らく彼女達にとって俺は不審者に思われているのではないだろうか。

鏡が無いので分からないがやはり相当目立っているのだろうか、警備員が警戒するのも納得できる。再び校門に警戒すると、グループになっている女子高生が次々に見え、その後ろには二人の女が会話をしながら歩いているのが見えた。


正面から見た少女は紅色の髪に鋭い眼つきをした赤井が歩いている。そして赤井の横で会話をしていた相手は間違いなく俺を刺したあの桜田だった。桜色の朗らかな優しい眼をした少女からはとてもじゃないが、昨日俺を殺した彼女とは打って変わっている。最も目立っていたのはあの目だ、昨日と比べてとてもじゃないが同一人物とは思えない。

しかし、なんにせよ今は彼女が存在していた事に驚愕というよりも、安堵の方が大きい。もし万が一彼女が今日この校門から出なかったとしても、念のためにしばらくはこの位置から桜田が出てくるかどうかを監視しなければならなかったからだ。


それ程までに俺にとってあの女は恐ろしい存在であった。最低でも十日間は絶対警戒は必要。そうなると警備員はおろかこの学校の生徒にまで不審者として有名になりかねない。

これからの人生学校に行けるかどうかという問題にも発展しそうだ、それに両親が息子を十日間も学校をさぼらすとはとてもじゃないが思えない。嘘をついて学校に行くといっても後々ばれるだろう。


初日から桜田がいてくれてむしろ助かった、入学代や制服代やら、親には申し訳ないが生死がかかっている瀬戸際なので土下座をしてでも再転校を頼みこむしかない。まあ高校生だ、バイトなんかすれば返せない事も無いだろう。特に手ぶらなので来た道を戻り、自宅に帰る事にした。

鍵は開いていたのですんなりと入れる事が出来たが、靴を脱いだ先には母親が心配そうにこちらを見ながら立っていた。表情から読み取るに困惑しているようにも思えた。

「ただいま、母さん」

「ただいまじゃないよ、どうしたの急に出て行ったりなんかして」


さて帰ってきたはいいものの困ったものだ、何一つ言い訳を考えてはいない。事実は言えなくても、これからの事を話すのが先決だろう。


「こんな事言ったら驚いちゃうだろうけど母さん、学校変えてもいいかな?」

「えっ?どうして?」


きょとんとした表情で母は言った。

友達の親やドラマなんかの家族関係を見ていると、こういう時に母親は息子をひっぱたたいてでも学校には行かすものだ。

だがうちはそうじゃない、世間とは少し変わっているのである。別にどちらが普通とか異常とか言ってるのではなく、単純にうちの母親は優しいのだ。何よりもまず何故そう思ったのか、意見を聞いてくれる。発言にはちゃんとした考えや、責任が含まれているものか確かめているのだ。おかげで、少し物を頼む時でも凄い考えさせられる訳だが。世間一般じゃあこれは間違いなく馬鹿親といわれるだろうな。でもだからこそ、それなりに誠意は見せないといけないのだと思う。


「母さんごめん、どうしても学校を変えないといけないんだよ…。」


膝を地面につけ、流れるかのように額部分を地面にへとつける。

母親に土下座をするなんて生まれて初めてだ、何があったかは当然説明する訳にはいかなかったが、母さんには分かって欲しい、察してくれ。

学校を変えたばかりだった事もあり、母親はしばらくの間考えている素振りを見せていた。そして、少し間をおいたあと「分かった、でもちゃんと変える学校は考えておくのよ」と一言残しリビングを去って行く。そしてベッドに飛び込み、俺は仰向けの姿勢で今日あった出来事を思い浮かべていた。


本当に馬鹿親だなと息子の自分でさえも思う、まあ助かりはしたが。普通変えたばかりの学校をまた変えるなんて考えられないはずだ。しかし自分の母親は息子の意見をちゅんと全て聞いてくれるのだ。まあ馬鹿親だなとは思いつつも俺はそんな母さんが好きだった。

ベッドから体を起こし、インターネットがある自分の部屋に戻る事にする。

前の学校と比べて偏差値も高かったため、次に入る学校は出来るだけ勉強しなくても入れる学校を調べることにした。


リビングで母親に相談した結果、承認をもらったので、俺はさっきインターネットで調べた所に入ることにした。

男子五割、女子五割の共学校である。

今思えばこの学校に入ったのは女子の比率が多いからという安易な理由からだ、流石に多すぎたが。


前の学校、白木月見野学校は元男子校で比較的女子はかなり少ない、つまり俺が入る予定であった女子高とは全く逆なのである。工業高校であまり成績が良くない学校と、俺には合っていたが、女子が少なかったため鬱憤がたまっていたという動機で入学したというのは恥ずかしながら少しあった。まあそれ以上に大きな理由はいくつかあったが、とにかく俺は転校する前にあった心の傷を大勢の女子達によって癒されたかったのだ。どれもこれも下心がある理由だ、今思えば我ながら情けない。その安易な理由のせいでこんなにも深い傷がついてしまったが、なんにせよ俺はまだ生きている。

それだけで十分だという事は今生きている上で幸せを十分に感じていた。

まあ次に行く学校は赤井みたいな美少女や、あんなに大勢の女子に囲まれながら授業を受ける事は恐らくないが仕方のない事だ。とにかく夢でもなんでも命は一回亡くなったのだ、有意義な人生よりもただただのんびりと生きよう。


他の学校探しにも夢中になっていたため、気が付くと時刻はすっかり夜の九時になっていた。携帯を開けば一時間前に、明日香からご飯と書かれたメッセージがSNSで書かれている。電話かなんかで呼びにきてくれれば行くのに、と一人で愚痴をこぼしながらも夕食につくことにした。あの例の悪夢はお風呂で何度も流すように頭を洗い、クリーンな状態でベッドに入ることができた。


夜の十時半、本来ならば色々考えて寝られない所であったが、何故か不思議とぐっすり眠りに付くことが出来た。眼を覚ました頃にはすっかり朝になっていた。もはや寝たという記憶すら残ってないくらいあっさりした仮眠だ。とにかく土曜日だ、今日はぐっすり眠ってもいいだろう。昨日は色々考えすぎたせいで少し疲れた。


「にいに」


階段からは二階まで上がる足音が聞こえる、恐らく妹だろうがいつもじゃよっぽどの事がない限りは土日はこの時間帯には起こされないはずだ、一体何の用だろうか。

「お母さんが今日学校だって、だから早く降りてよ!」

妹が部屋に入ってきた、鍵がかかってないせいでよく勝手に入られる事は多かったが、突然入ってきた事に対し少し驚いた。


「何言ってんだ、今日は土曜だぞ、まあ確かに私立だから授業がある日もそりゃああるけど、今日は学校ないから母さんに言っとけよ」

「………?」


何を言ってるのかまるで分かってないような顔で、ベッドに横たわっている姿を妹は見ていた。一体何がそんなにお前を疑問にさせたのだろうか、俺はおかしい事なんていってないぞ。


「何勘違いしてるの?今日金曜だよ………」

「え?」

「バカアニキ………」


一体何を言ってるんだと一瞬思ったが体勢も横たわっている状態で眠い、無駄な議論は避けて俺は早く眠りにつきたかった。

「もう頼むから黙って今日は学校休みって母さんに言ってくれよ、なあ頼むよ」

「はあ?めんどくさいし、自分でいけっつうの!」


ガタッと勢いよくドアが閉じられる。全くあいつはいつも何かに対して怒っているな。

数分が経った後ノックが聞こえた、部屋から入ってきたのは母さんだ。


「どうしたの?学校が無いなんて言って…今日初登校でしょ」

「母さんまで何言って…今日は土曜日だろ、それに昨日は………」


昨日は…あれ?

昨日はなんだ…?

突然のど忘れか…。

いやそもそも何かあったのか…昨日って。


「やだ、凄い汗。雄輝本当に体調悪いんじゃないの?」

「あ、ああ、悪いんだけどちょっと一人にしてくんないかな」

「いいけど、何かあったら車出して学校送るから呼んでね?」

「うん、分かった」


母さんが部屋から出る。頭がキシキシと疼いた、少し痛む、それに思い出そうとすればするほど昨日までの記憶が思い浮かばない。俺は一体昨日まで何をしていたのか、昨日は本当に金曜日だったのか、いや木曜日だったのかもしれないし、疑問はただただ募るばかりである。


もはや何がなんなのか訳がわからなくなっていた。

木曜日までの記憶は確かに覚えている、俺はあの女子高に合格して一日中家にいた。

だが何故か金曜日の記憶、これが全くと言っていいほど思い出せない。今日が金曜日で昨日が金曜日、この時点で矛盾が生じている、何がなんやら…。とにかくこの違和感が正しいのなら矛盾が起きてる事は確かだ、昨日が金曜日だということはまず間違いないのである。


しかし、俺が断言している金曜日の記憶だけが何故か包み隠されているのだ。そのせいで、自分ですら明日香や母さんがいう今日が金曜日というのに、少しだが納得させられてしまう。とにかく俺は記憶を少しずつ少しずつ、乱反射させながらゆっくりゆっくり探っていく。思い出そうとすればする程鮮明に、明確に少しずつ少しずつ、引き寄せるようにして記憶の一部が蘇ってくる。


ハンバーガー…、桜髪の女…。


さっきまで何一つ思い出せなかった昨日までの記憶が除除に頭の中で露わになっていく。

確か俺は最初の金曜日に桜髪の女に殺された、そしてまた次の金曜日にはその女がいるかどうかを校門から離れた位置で確認する事ができた、そして次の金曜日、それが今だ…。記憶が明確になればなる程に恐怖が体にある全ての神経を襲い始める。

あの出来事全てが夢じゃないのだという事を実感するにつれ、真冬に感じる寒さを遥かに超えた震えが体を襲った。もし今日寝て、また明日に起きたとしてもそれはまた金曜日、そしてその次の日も金曜日で、俺はただただ一生この金曜日を彷徨いつづけるのではないだろうか。


体の震えは止まらない。考えれば考える程何が起こっているのかが分からなかった。

死んで生き返り、同じ一日をまた繰り返す、もはやこれは普通ではない、それだけは当たり前だが俺でもわかった。

この記憶は間違いなく事実なのだ、矛盾は生じているが事実なのだ。もういくら考えても拉致があかない、とにかく明日までだ、明日まで待ってみることにしよう、そして土曜日が来れば全てが解決する、ただ何事も無かったかのように。

これはもはや現実逃避かもしれない、いやそもそも現実なんてものは、もはや存在しないのかもしれない。とにかく俺は今日一日を一刻も早く終わらせなければならなかった。

とりあえず引き出しから全財産の三万円を取り出し、一階にへと降りる。


「雄輝!どこに行くの!」


背後からは母さんの声が聞こえたが俺は構わずに玄関で靴を履き替え、ドアを開ける。

これが異常事態であれ、なんであれ、ただ俺はそれを受け入れるしかないのだ。

だからこそ釣りにいこう。  

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