第37話 芳醇な香りのあとは


 10段ほどの階段を下まで降りると、ランタンの光によって周囲の土壁が浮かび上がる。

 触れてみると、じっとりと濡れていた。

 どうやら湿気が多いようだ。

 


「カビ臭いわね。なんか洞窟みたい」



 カチュアが鼻を押さえながら、らんたんを「はい」と禎太に寄越してくる。

 先導しろということなのだろう。

 断ったら男の名折れか――。

 禎太はランタンを受け取ると、先へと進む。



「隠し扉の先に地下洞窟ね。異世界ファンタジーってよりかはホラーじみてきたな」


 

 バイオハザードを題材としたホラーゲームがあったことを禎太は思い出す。

 そのゲームでは、洞窟の奥にある一室に異形のモンスターが隔離されていた。

 そう、得てしてホラーゲームの洞窟の奥には怖気を振るう生物が待っていたりするのだ。

 ならば、ホラー臭漂うこの地下通路の先にももしかしたら……。


 と、そのとき――


 



「ぎゃああああああああっ!?」


「あははははははっ、引っ掛かったっ、引っ掛かったっ」


 

 カチュアが何かやったらしい。

 禎太が驚いたのを見てケラケラと笑っている。



「お前、ビックリさせるなよなっ! ……でも今のなんだよ? なんかやけに生暖かかったんだけど。それとなんかちょっと芳しい香りがしたような」


「え? いい匂いしたんだ。そりゃそうよねー、だって私の脱ぎたてほやほやのパンツだもん」


「は? パ? は?」


 

 呆気に取られる禎太を後目しりめにパンツを履き始めるカチュア。

 本当に脱ぎたてほやほやのパンツを頬に当てたらしい。



「さ、行こっか」



 満面の笑みの聖堂騎士見習い。



「こ、この状況下でくだらんことをすなっ」


 

 ほっとするやら怒りが込み上げるやら、なんとも形容できない感情が込み上げてきた禎太は、カチュアの後頭部にげんこつを食らわすと大股で先へと進んだ。



「つむじ、いたぁぁいっ」


 

 しかし芳醇な香りだった。

 女子のパンツの匂いを嗅いだのは初めてだったが、どの女子のパンツもあんなにも上品、且つ甘美な香りがするのだろうか。


 少なくとも夢前燈花はそうなはずだ。

 なんせ、カチュアとそっくりなのだから――ごくり。



(――って、そんなこと考えている場合じゃないだろ、俺っ)


 

 禎太は散漫になった意識を地下通路に集中させる。

 


「もう何で叩いたのよー、脱ぎたてほやほやなのにーっ。……って、ちょっと待って、置いてかないでっ」


 

 カチュアが小走りで寄ってくる。

 そして禎太の後ろについたとき、


 

 ウアアアアアアアアァァァァァァァッ。


 

 という唸り声が眼前から聞こえてきた。

 


「……結構近いぜ」


「そう、ね」



 顔を見合わす禎太とカチュア。

 同時に頷くと、二人は更に奥へと歩を進める。

 すると、おぼろげに見えてくる扉。

 場所的にも、丁度真上にカチュアの部屋が来てもおかしくはない。

 

 その扉まであと数歩。

 というところで、何かを踏んだ。

 雑草のようなそんな感覚。

 禎太はランタンを下に向けて確認する。

 

 そこには雑草ではなく、ピンポンマムのように丸い形をした青い花が数本落ちていた。

 その内の二本は禎太が踏んで潰れており、胞子のようなものを飛散させている。



「うわっぷっ、なんだこれっ!? なんか吸っちまったけど大丈夫なのかよっ?」


「……え? これってドービードービーの花じゃないっ! 胞子を吸っちゃだめっ。じゃないと――あ」



 そこまで言ったカチュアが、糸が切れたマリオネットのように地面にくずおれる。

 それは禎太も同じであり、二人して地面とハグをする状態となった。

 


「な、なんだ、これ? なんなんだよ!? 全然体に力が入らないぞっ!?」


「くっ、……ドービードービーの胞子は毒の一種で、吸った者の筋肉を急激に弛緩させる作用があるの。意識ははっきりしているのだけど、体を動かすことは困難を極めるわ。……で、でもなんでこんなところにッ!?」



 カチュアが何かに気づいて沈黙する。

 コッコッコ……という足音。

 遠くのほうから徐々に近づいてくるその足音は、やがてこちらと少し距離を置いた場所で止まる。



「誰かと思えば、勇者様ではないですか。ここには入ってはならないと忠告したはずですが」



 その温和な声と同時に、眩い光が溢れる。

 ランタンに照らされる見目麗しい顔。

 

 そこにいたのはヨハンナだった。 

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