第26話 美貌の代理司祭


「これは宿泊兼休憩施設なんですよ」



 ウゥルに「ここでお待ちください」と言われたカラーラン教会堂の扉の前で、リッカが例の青い屋根瓦の建物に指を向ける。

 禎太が先ほどの視線のこともあり関心を寄せるように見ていたから、意をんで教えてくれたようだ。



「ふーん、寄宿舎か何かと思っていたが、宿泊兼休憩施設ね。この教会に祷りに来た人が泊まるってことか」


 

 するとリッカがかぶりを振った



「いえ、違います。カラーラン教会堂は特定の神の偶像を置かない共通の祷り場ですので、この教会を目的に来る方はいません」


「え、そうなの? じゃあ何のための宿泊施設なんだ?」


「さきほどの『旅人達の回廊』を通って、西から東にある豊穣ほうじょうの街パラダイムへ向かう旅人のための、ですね。ここからパラダイムまでは、例えば夕方の今ですと深夜になってしまうので、一旦ここで休憩や宿泊をしてからという方もいるのです」


「ふぅん。ってことはその旅人が今日も泊ってるってことか」



 ならば、先ほどの視線は旅人のものか。

 ――と思った矢先、



「いえ。『メンズロスト』以降、旅人は激減しまして、今じゃ毎日のように閑古鳥かんこどりが鳴いています。元々旅人って圧倒的に男性の方が多かったですから」


 

 と否定された。

 そうなると、答えは一つ。

 カラーラン教会堂で働く誰かなのだろう。



「まあ、どこもそうよね。男がいなくなった途端、色々なことが立ち行かなくなっている。一刻も早く、禎太には『メンズロスト』を解決してもらわないと」


 

 ナイスガイの呪縛から解き放たれたカチュアが、そんなことを口にする。

 解決の仕方も分からない状況で持ち合わせている答えなどない。

 禎太が適当に頷いたとき、カラーラン教会堂の扉が開いた。


 

 

 ◆


 

 

 ゴシック調で光沢のある真紅のローブコート。

 それは足首まであり、下部はフレアスカートのように波うつ形状をしていた。

 首には宝石のような物をあしらったネックレスがあり、それは、身に着けている者が崇高な存在であると主張するかのように、必要以上にきらやかだった。


 その恰好からしてリッカやウゥルより、明らかに位の高い人物。

 この人物がヨハンナなのだろうと容易に確信できたとき、彼女はその美貌に優しい微笑みを乗せた。



「わたくしがこのカラーラン教会堂を預かる代理司祭、ヨハンナ・フォン・ヘッセンです。勇者様、そして従者の方には、このような寂れた場所に御足労、並びに宿泊先に選んで頂き感謝の言葉もありません」


 

 そう、ヨハンナは美しかった。

 司祭というある種の清廉性では抑えきれない、甘美な大人の色気が漂うほどに。

  

 眉毛の上で切りそろえた艶やか黒髪、そして彫りが深くやや浅黒いコケティッシュな顔立ちはクレオパトラを彷彿ほうふつとさせる。

 そういえばクレオパトラは世界三大美人の1人だったっけなと、禎太は思い出した。


 それにしても、ウゥルから“消えた司祭の妻だった方”なんて聞いていたから、どんなオバハンが登場するのかと戦戦恐恐としていたのだが、全くの杞憂きゆうだったようだ。



「従者ってなんか失礼しちゃう。せめて護衛にしてほしいわね」


 

 禎太の耳にささやく、ムッとした顔のカチュア。

 禎太が苦笑いを浮かべたとき、「それはそうと……」とヨハンナの目つきが変わる。

 その凍てつくような瞳は禎太でもカチュアでもない、禎太の左となりに立つリッカに向けられていた。



「あなたはそこで何をやっているのです? なぜ召使いのあなたが勇者様のとなりに立っているのです?」


「あ……い、いえ、あの、す、すいませんっ」


「ウゥル」

 

 

 ヨハンナに名前を呼ばれたウゥルが、しどろもどろのリッカに近づく。 



「来い」



 上から睥睨へいげいするウゥルはリッカの腕を掴むと、引きずるように引っ張った。

 あまりの乱暴な扱いに禎太が制止しようとしたとき、「ちょっと、そんな連れていき方ってないんじゃないっ?」と先んじるようにカチュアが声を上げた。


 ウゥルがピタリと止まる。

 そしてゆるりと振り向くと、「なんだと?」とカチュアを鋭く睨み付けた。

 禎太に対するときとは180度違う、敵対心丸出しの態度で。


 一触即発のムードが漂ったとき、ヨハンナの声が横やりを入れるように響く。



「ところでリッカ、あなた――ワンピースの紐がほどけていますが脱いだのですか?」


「えっ? ちゃんと結んだはず――」



 そこまで言ってリッカは顔面を蒼白にさせる。

 その恐怖に染まった目はからゆっくりと逸れると、忙しなく揺動し、やがてヨハンナの顔に行き着いた。

 

 強大な狼に物怖じする小鹿――。

 例えるなら、リッカはそんな感じだった。


 無感情な表情でそれを受け止めるヨハンナは、再び表情を柔和なものへと変えると、禎太に言葉を投げかける。



「勇者様、ネコのアニマライトはいかがでしたか? さぞかし最高の体験だったでしょう」



 一瞬、意味が分からなかった。

 しかし話の流れから推察した禎太は、すぐにヨハンナの目論みを看破する。

 ならば、すっとぼけるのがリッカのためでもある。



「ああ、そうだな。グレムリンに襲われそうになったところを、リッカの使う魔法ってやつで助けてもらったんだが、あれは最高の体験だったぜ。なにせ、俺は魔法なんて存在しない世界から来たからな」


 

 不気味なほどに笑みを崩さないヨハンナ。

 彼女は一呼吸置いたのち、平然そのもので会話を続けた。



「そうですか。初めて魔法を見るのならそうなのでしょう。それでは中へお入りください。成り立ちなど説明しながら教会堂を御覧頂きましょう」


 

 それと同時にリッカが、ウゥルにより教会堂の横へと連れていかれる。

 声を掛ける暇もなかった。

 ただ、リッカに話しかけるウゥルの声の一部が、図らずも禎太の耳に入ってきた。



 ――あのことを勇者様には言っていないでしょうね――



 ……と。 

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