第14話 合わせ小指の約束


 ほんの一欠けらの感情――。

 それが心の水面に落ちて波紋を広げた。


 動揺する禎太はそれを悟られまいと、カチュアから目を背けて池を見る。



「さ、さきも言ったけど、俺にはすでに好きな人がいるんだよ。だから俺がカチュアのことを好きになることは、おそらくない」



“おそらく”とは何だろうか。

“絶対に”ではなく、なぜ“おそらく”と言ってしまったのだろうか。

 


「今は、でしょ? 王妃様のいる王都グランデュールに着くのにだいたい1週間。その間にお互いの距離が近づくようなイベントだってあるかもだし、未来は予測不可能よ」


「いや、ちょっと待て。今サラっと言ったけど目的地まで1週間も掛かるのかよ?」


 

 今日の夜には着くのかと勝手に思っていたので、その日数は驚きだった。

 


「そりゃそうよ。だって今いるアプサラ地方は辺境だもの。王都は中央なのだからそれくらいはかかるわ。――大丈夫よ、長い旅路の間、私がちゃんと守ってあげるから。そこ」


 

 カチュアが禎太に向けて指をさす。

 その指の先には股間があった。

 

 ――そう、この世界に住む全ての種族の女が欲しがるモノがここにある。

 

 しかし禎太は夢前燈花ゆめまえとうか以外とコネクトするつもりは全くない。

 つまり、『性の情動値』を最大まで上げた獣性剥き出しの女達は全て敵。

 その事実を受け入れた瞬間、股間がキュッとした。



「ほ、本当に大丈夫かよ。今リアルに多種族の女達に蹂躙じゅうりんされる映像がよぎったんだけど」


「だから守ってあげるって。見習いって言ってもそれは、『メンズロスト』のせいで昇格試験を受けれなかったというだけで、私は剣も魔法も得意な才能溢れる聖堂騎士なのよ」


 

 腰を手をやり、胸を張るカチュア。

 勇ましく、且つ頼もしい。

 ――でも視線は禎太の股間に注がれていた。

  


「いや、俺の股間を凝視しながら言われても説得力ないからねっ。あとよだれ拭いてもらえるかなっ?」


「ご、ごめんなさいっ。つい……」と、慌てて涎を拭くカチュアは、一転して真摯しんしな眼差しを向けてくる。


「……カチュア?」


「絶対守ってあげるから約束して」


「え? 約束ってさっきの、っていうやつか」


「うん。――いいよね?」


「あ、ああ」


 

 別に約束自体はしてもいい。

 ただ約束が果たされることはないだろう。

 夢前燈花への想いは、さながらアメリカ郊外のフリーウェイを走るが如く、愚直ぐちょくに真っすぐだ。

 そこに脇道はなくて、精神的な浮気の入る余地などないのだから。

 

 ないはずなのだから――。



「やったっ。じゃあ、私と同じようにこうして」


 

 カチュアが握ったこぶしを禎太のほうに出す。

 するとそこから小指だけを伸ばした。



「なるほど、指きりげんまんか」


「なにそれ? これは『合わせ小指の約束』だよ」



 禎太の出した小指の腹に、カチュアの小指の腹が重なり合う。

 するとカチュアが目をつむって、何か唱えだした。

 蚊の泣くような声でそれは聞こえなかったが、重なり合った小指が淡い光を発するのを見て、それは魔法の詠唱なのだと分かった。



(魔法? なんで??)


 

 光が消えるとカチュアが指を離す。



「今のなんだよ? 魔法っぽかったけどさ」


「魔法だよ。約束を守らなかった場合お互いネズミになっちゃう魔法」


「へーこの世界にもネズミがいるんだ――ってネズミっ!? ネズミになるのっ? 約束守らないとっ!?」


「うん。別にいいでしょ。約束って守るものだし、それにこの『リトルフェスタ』では一般的な儀式の一つだよ」


 

 どうやら本当に約束を破るとネズミになるらしい。

 地球の『指きりげんまん』が、いかに効力の薄い口約束であるかが分かるというものだ。

 『げんまん』とは、約束を破った奴を握りこぶしで一万回殴る制裁の意味だが、まず間違いなくそんなことをした者はいない。

 そのあとに続く、針千本飲ますなんて言わずもがなだろう。



「ネズミは勘弁だな。だからカチュアを好きにならないように注意しなくっちゃな」


「なんかそれすごい腹立つんですけど」


 

 ふくれっ面のカチュア。

 と思ったら、「あっ」っと瞳を見開いた。



「どうした?」


「いっけなーい。私ったら王妃様に禎太――勇者様を見つけたってことを伝えるの忘れていたわ」


「伝えるってどうやって? 電話なわけないし……分かったっ、魔法によるテレパシーだろ」


「そんな便利な魔法があるわけないじゃない。『コクリ』っていう言送用の鳥を笛で呼んで、私の言葉を王妃様に届けてもらうの。――この辺にいるといいのだけど」



 カチュアが腰のポシェットから、小さな笛を取り出す。

 それは、螺旋らせんを描くように捻じれている不思議な形の角笛だった。

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