第六十三話

 土偶とはにわ。どうやらデブとムンクの違いとは言うものの、あかりが聞きたかったのはその用途と、何故このデブやムンクのような形状をとっているのかという点だったらしい。


 そんなものまで俺が知ってるわけ無かったのでグーグル先生に頼るが、それでもいい感じの答えがない。頭を悩ませているうちに戻って来た河合もまたこの土偶とはにわの違いについて聞いてみるが河合も当然分からない。


 だったら図書館で調べようと様々な本を漁ること数時間、なんとかそれらしき答えを見つけてようやく一息ついた。


「いやぁ、深いねぇ土偶とはにわ」

「ああ、深いな」

「うん、深かったね」


 いろいろな本に目を通し憔悴しきった俺達はたまたまそこにあった長椅子に腰掛ける。

 ボーっとする頭で虚空を眺めていると、荷物を元の席に置きっぱなしだった事を思い出す。あれ、そういえば俺なに持ってきたんだっけ。


「なぁ二人とも」


 呼びかけるが、右に座る二人から特に言葉は無い。ただ視線は送られてきたので疲れているだけで聞く意思はあるのだろう。


「いやさ、俺達ここに何しに来たんだっけ」


 否定してほしい。そんな願いをほんの少し込めて放った言葉だった。

 しかし返って来たのは無情なる一言。


「……テスト」


 あかりが小さく放った言葉に追従して河合が言葉を完成させた。

 

「勉強……」


 横からそれぞれ深いため息が聞こえる。かくいう俺も同じように吐き出していたに違いない。

 ぐるりと図書館を見渡し目に入った窓からは既にだいぶ空の色は薄くなっていた。


「今日は、もういいか」

「うん」

「そうだね」


 あと一時間ちょっとすれば閉館だし、何より小難しい文章を追い過ぎて既に勉強をする余力がなくなっていた。


 さて行くかと重い腰を持ち上げる。元いた席へと戻り荷物を持つと、図書館を出て行った。自然公園のような庭に出ると、ずっと室内にいたのと古い本なども読んでいたせいか心なしか空気が澄んでいるように感じられた。


 さてここからどうしようと聞こうとすると、見知った人物が物憂げにベンチに座っているのを見つける。


「あれ、もしかして……」


 河合も気付いたようで、俺と同じくそちらの方をみやる。


「ん、どしたの二人とも」


 唯一あかりだけは誰かは分かっていないらしいが当然だろう。何せ目を向ける先にいるのはうちの高校の生徒でもないし中学の頃同じだった生徒でもない。


「あっ……」


 あちらも俺達に気付いたらしい。こちらへと目を向けるが、どうすればいいのか迷っているようで若干目を泳がせている。


 名前を呼ぼうかと少し考えるが、動揺する姿を見ているとむしろ話しかけると迷惑に思われるんじゃないかと少しためらってしまう。


 俺としては多少喋ったのと同じ青春を望んでいるであろう同志として割と親近感は持っていたが、向こうはそうとは限らないからな……。

 どうしようか迷っていると、ベンチの方へ踏み出したのはあちらでもなく俺でもなく、勿論あかりなわけもなく、他でもない河合だった。俺達もその後に続く。


槙島まじま君だよね」


 河合が名前を呼んだのは図書委員交流会で、河合の相方の森江さんから消しゴムを拾ってもらっていた真面目そうな男子だった。


「あっ、河合さんと忍坂君と……」


 立ち上がった槙島は眼鏡をかけ直し、あかりの方をみやる。


「えっとね、私と忍坂君の中学の時のお友達の花咲あかりちゃん」


 河合は槙島君からあかりへと目を向けると、今度はあかりに槙島の事を紹介する。


「へぇ、図書交流会の! って事はことみんの事も知ってるの?」

「ことみん?」

 

 聞きなれない言葉にやや槙島はやや困惑気味だ。今なら自然な流れで会話に入れるような気がする。

   

「俺と一緒にいた姫野さんだよ」

「なるほど」

「……」

「……」


 とりあえず話に参加したはいいものの、会話が途切れてしまった。どうしようこれ、ある程度話せるけど俺はコミュニケーション得意な方じゃないからな……。話の流れに乗れても自ら流れを作るのは難しい。タイミングを誤ったかもしれない。


 もしかしたら今の河合ならなんとかしてくれるかなと期待を抱いてみるが、一度途切れた流れをつなぐのはなかなか難しいものらしい。河合も視線を時々移動させつつ考えあぐねているようだった。


「ねーねー、槙島君はことみんの事知ってるんだよね?」


 微妙な空気が形成されかかっている中、あかりが再度問い直す。そういえばまだ槙島その事について答えて無かったのか。普通なら一度答えがかかってこなければ臆してしまいそうだがあかりはそんな事気にもしていないらしい。


「え、えっと、一応一緒のグループでした、かね?」

「おお、すごい! じゃあもう私と友達だね!」

「え?」


 あかりの突然の言葉に槙島が聞き返す。


「だってほら、交流会で一緒になったしるみちゃんとコウの友達でしょ? それにことみんの友達。じゃあ三人と友達の私とも友達だよ!」


 あかりは嬉々として言い放つと、よろしくね! 一歩進んで槙島と距離を縮める。やっぱり流石だなあかり。


「えぇ……」


 槙島はあかりの友達理論に納得がいかないようではあるが、あかりがそう言った以上もはやそれはあかりの中で成立してしまっているから諦めてくれ。

 まぁでも、交流会で一緒になったから友達か。なかなか緩い気もするが、言葉にしてくれたことで少し気が楽になった。


「そうだな。交流会ぶりだな槙島。調子はどうだ?」

「え、ああ、うん。まぁまぁ、かな……」

「そりゃよかった。俺なんていつも調子が悪いからな。特に胃とかしょっちゅう痛む」


 なんならさっきも若干痛かったからな。あかりがいなければ確実にトイレ直行だった。


「ふふっ、忍坂君それ大丈夫?」


 そこへ河合が心配そうに、それでいて少し笑みを浮かべながら尋ねてくる。河合もまたあかりの言葉に調子を取り戻したようだ。


「慣れてるからな。もう胃痛とは付き合って十年近い」

「そうそう! そうだよ! コウいっつもトイレ行ってた! 槙島君、実は私とコウは幼稚園から一緒なんだけどね」

「へ、へぇ、そうなんだ」

 

 あかりの言葉に答える槙島の顔は、まだ少しぎこちない気もしたが、最初より緊張の色が薄くなってきているように見えた。

 そうこうしてるうちにあかりがあれやこれや話を続けると、どんどん会話が膨らんでいく。

 しばらく話し込んでいると、ふと河合が槙島に尋ねる。


「そういえば槙島君も図書館に勉強をしに?」

「うん。まぁね。でもちょっと集中できなくてここで座っていたんだ」

「そういえばなんかなんか悩んでるみたいだったよな。なんか難しい問題でもあったのか?」

「まぁ難しい問題と言えば難しい問題、かなぁ」

「数学とかなら私できるよ!」


 あかりは誇らしげに胸を張るが、槙島は軽く笑みを浮かべる。


「気持ちは嬉しいけど、実は勉強系の問題じゃ無いんだ」

「問題じゃない問題?」


 あかりが頭にはてなを浮かべるが、恐らく何かこう人間関係の問題とかそういうことなんじゃないだろうか。

 気にはなるが……果たして俺が聞いてもいいものだろうか。それなりに打ち解けられたとは思うけど流石にそこまで踏み入ったらまた距離が空いたりとかするんじゃないか。


 ……でもそうだな。ここは少し踏み込んでみてもいいのかもしれない。さっきだってあかりがいなくてためらっていたら今恐らくこんな風に割と楽しく話せてなかっただろうし。いやでもやっぱりな。うーん、どうなんだろうこれ。

 迷っていると、俺よりも先に河合の方が口を開いた。


「もしかして悩みでもあるの? 私たちでよければ聞くよ」


 河合が言うと、槙島が少し恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「その、聞いてくれる?」

「うん、全然オッケーだよ」


 この感じはどうやら聞いても良かったらしい。河合が頷くと、緊張しているのか槙島は小さく深呼吸を始める。

 やがて呼吸を整えると、槙島は咳ばらいを一つして言う。


「実は森江さんの事なんだけど」

 

 森江さん、森江りょうか。河合の相方として交流会にいたあの子だ。

 ふと、暖かなそよ風に載って図書館内から漏れ出たチャイムの微かな音が運ばれる。

 これは青い春の香りがしますねぇ。

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