第五十三話

 ほらほら、これ超センスいいでしょ? だからおすすめなんだよねー。というのは河合の相方森江さんの本紹介。

 もはや紹介と呼べるのか分からないが、その後もそんな調子でこれとかセンスの塊だとか、これ可愛いけどかっこいんだよねだとか、グループの人に本を見せてまわって紹介?を終えた。

 唯我独尊というか、なかなか動じなさそうな雰囲気を醸す森江さんだが、ただ。


「あ、落としたよこれ」

「え、ああ……どうも……」


 隣にいた、いかにも真面目そうな眼鏡君が落とした消しゴムを拾ってあげて、挙句には笑みで気にしないでと言うあたり、やっぱり悪い子じゃ無いんだろうなと。

 となれば河合の様子が変なのは別段森江さんに原因があるというわけでは無いのだろう。


 ……しかしまぁこの男子、よく見れば若干顔赤くしていらっしゃる。良かったなぁ青春の一コマを送れて。確かに消しゴムを拾われるなんていうのは定番イベントだよな。森江さんちょっとアレだけどけっこう美人だし。俺もあかりがいなければわざと消しゴム落としまくってたところだね。無いね。


 心中で己にドン引きしていると、いつの間にか周りが静まっていることに気付いた。しかもよく見れば皆の視線が俺に注がれている。

 もしかしてニヤニヤが顔に出てしまっていたのかと焦るが、姫野さんの言葉によって原因が判明した。


「次コウ君だよ」

「え、ああ、マジか! ごめん!」


 盛大に言葉を詰まらせつつもとりあえず手元の本を机に立てる。

 俺としたことが河合たちに気を取られすぎていた。

 失笑に囲まれつつ、これはもう河合とかなんか俺に軽蔑の眼差しを向けているんだろうなと恐る恐る河合の方をチラ見すると、


「やあ、盛り上がってるかい」


 不意に誰かに肩を掴まれた。


「っ!?」


 咄嗟に首を回すと、上級生と思しき見知らぬ人が目に入った。物腰軟らかそうでそれなりにイケメンだ。

 びっくりさせたかなと俺に詫びつつ、その上級生は俺達の机の一画へと入っていく。


「湖真井高校三年の一色高雄だよ。よろしくね」


 一色高雄……なんか意識高そうな名前だと感じたのは俺だけなのだろうか。


「この企画は一年前から始まったんだけど、一応僕がこの企画の立案者なんだ」

「へぇ、すごいですね」


 感心したように応じる河合に、一色先輩は誇らしげに続ける。


「うん、おかげでハイスペック図書委員なんて通り名までついているよ」


 いやハイスペック図書委員って何よそれ。さらっとすごいってところも肯定してるし雲行きが怪しくなって来たぞ。

 

「ハイスペック図書委員……」


 河合も思う事があったのかその名前を復唱する。微妙な感じなのは河合だけじゃないようで、他もまた同様に頭にハテナを浮かべている。しかしそんな空気にも動じず一色先輩は話を続ける。


「図書委員三年目だからかなー、やっぱり。自分では思わないんだけど歩く図書館なんて言われるんだ。この間勉強について聞かれた時も気付いたら代わりに解いちゃってて。ちなみに愛読書はニーチェの悦ばしき知識」


 聞いてない。

 なんていうか、あれだ。この人けっこう残念系な人なのかもしれない。まぁでも残念だからと言って悪い人とは限らないし、黙っていよう。他のみんなも同様に悟ったのかある程度流す方向で決めたようだ。


「それでまぁ軽い自己紹介はこれくらいにして、本題はここからなんだけど」


 良くも悪くも印象的な自己紹介だったな。


「実は再来週の土曜に僕主催で高校生同士のビブリオバトルのイベントをするんだけど、それに参加してくれないかなって」


 ビブリオバトル……確か何人かが本を紹介し合い、どの本が一番読みたくなったかを基準に投票して、各得票数の多い本が勝利みたいなそんな感じのやつだったか。


「何せ僕の企画だし、参加しといて損は無いと思うんだけど。ああ、ちなみに参加は選手としてでも審査員としてでもいいからね」


 つくづく自信に溢れてるなこの人。

 もはや感心すら覚えつつも、少しだけ考えてみる。一応主催者がこの人とはいえ、高校生による高校生のイベントではある。それはまさに俺が望んでいた青春の一つなのでは無いだろうか。


 しかしなぁ……と姫野さんを横目で見てみる。

 だが、姫野さんは一色先輩に耳を傾けこそすれど、手を挙げる様子はない。これは俺の出方を待っているのか、はたまた本当にスケジュールが空いていないのか。


「どうかなみんな」


 一色先輩が再度問い直す。

 うん、姫野さんについては分からないけど……まぁいいか! ここはイチかバチか、手を挙げてみる事にしよう。青春に幸あれ!


 誰も手を挙げていない中、えいやと手を挙げる。


「お、いい判断だねとも」


 いい判断だね、ってかなり上から言い始めたなこの人……いやまぁそれはいい。それより今なんて言った? 二人?

 誰が手を挙げたのか見てみると、誰が挙げたのかはすぐに判明した。あちらもまた俺の方を見るなり、非常にまずそうな表情をしている。


「確か名前は名簿のを覚えて……あ、確か忍坂おしさか君と河合さんだったっかな?」

「えっと、忍坂です」

「か、河合です……」


 答えると、やっぱり僕の記憶に狂いはなかったと満足そうに頷く。


「他はどうかな?」


 一色先輩が再度聞くと、もう二人手を挙げる。


「あ、じゃあ私も行っていいですか?」

「じゃあ私もー」


 言わずもがな姫野さん、そして河合の相方森江さんだった。


「じゃ、じゃあ、僕も、いいですか……」


 加えて、先ほど消しゴムを拾ってもらっていた男子まで手を挙げる。なんていうか、完全にもう落ちてるなこの男子……。まぁ、陰ながら応援してるよ。青春を謳歌しようとするものは皆同志だからな。

 八人中五人が手を挙げた結果に満足したのか、一色先輩は目を輝かせる。


「懸命だよみんな! それじゃあ後で選手側か審査員側か聞くからよろしくね。二年の皆にもぜひ参加してもらいたいね~」


 終始上から目線だったが、一色先輩は上機嫌に二年生の輪の中へと入っていったので俺の番だった本の紹介を再開することにした。

 

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