第四十四話
「という事がありまして、仕事ではあるんだけど一応伝えておこうかなと……」
図書委員交流会なるものに行くことに決まった次の日。
一時間目初っ端に入っている、おしゃべりしても文句の言われない美術の時間を使ってあかりに交流会について伝えた。
「へぇ。そうなんだ」
「はいそうです……」
訪れる沈黙。
あかりは半目でこちらを見続けるが何も言おうとしない。
微妙に気まずくなり、自然と体がそわそわする。
「動かない!」
「はい!」
あかりは真っすぐ鉛筆を突きつけるので、俺もまた同じ様に背筋が伸びた。
すると視線は自ずとあかりの方へと固定される。
あかりの目がじっとこちらを凝視しキャンバスと見比べた。その瞳はどこか純粋な感じがして、はたまた健気な感じがして、なんというかやっぱりあかり可愛いな……。
「ねぇコウ」
「おう!?」
ただあかりが呼びかけて来ただけだったが、タイミングがタイミングなので心臓がひっくり返りかけた。
「えっと……」
あかりが言いにくそうに目を泳がせると、やがてゆるりと顔をキャンバスの影に引っ込める。
「とりあえず、週末遊ぶ事は忘れないでもらえると嬉しいです」
何故かこちらまで暑くなってくる。そのせいでワンテンポ反応に遅れてしまった。
「……そりゃお前」
当たり前だろ、と言いたかったが、ふとあかりの背後に現れた人影によってそれを遮られる。
「調子はどう? あかり」
「こ、ことみん!?」
見れば、姫野さん後ろからあかりの肩に手を回していた。その所作はぬいぐるみを抱く女の子の様でもある。
「あれ? なんで熱いんだろ? もう五月だからかなー?」
「っ!」
姫野さんの言葉に目に見えるほど肩をびくつかせるあかり。
その姿に姫野さんは悪だくみする子供のような笑みを浮かべる。
「それとも何か楽しいお話でもしてたのかなー?」
「うっ……」
一瞬縮こまるあかりだったが、やがて思い直したか、姫野さんを振り切り立ち上がるとあまり無い胸を張る。
「ま、まぁね! ほら、言ってたでしょ? 週末コウと遊びに行くって」
「そう言えば言ってたね。楽しんできてね」
「えっ、うん……」
姫野さんの反応が思っていたものと違っていたのか、あかりは心なしか納得いかなさそうに姫野さんを見やる。
その様子を察してなのかは分からないが、姫野さんは言葉を付け加える。
「だってほら、私もコウ君と交流会行くからおあいこかなって」
ね? と言って姫野さんが俺にアイコンタクトを送る。
いや俺に同意を求めんでくれ姫野さん。
あかりに視線を向けてみれば、ムムーっと不服そうな視線を俺に飛ばしてきていた。
とりあえず変に解釈されるのは勘弁なので、フォローは入れておこう。
「まぁ確かに交流会は行くけど、所詮委員会の行事だし、姫野さんも楽しい事期待してるとがっかりするんじゃないか?」
言うと、姫野さんは不満げに口をとがらす。
「あ、コウ君そんな事言うんだ」
「そんな事言うんです」
あんまり姫野さんのペースに乗せられてると、あかりが
ちなみにその理由なんて考えない。だって思考だけが独り歩きした挙句思い違いでした~、とか幾らでも起こり得るからな!
「とまぁそういうわけだからあかり、変な事を考えるなよ」
「べ、別に考えてないもん!」
「だったらいいけど」
顔真っ赤に噛みつかん勢いのあかりの視線から逃れるため、手元のキャンバスに目を向けると、丁度終了のチャイムが鳴った。
♢ ♢ ♢
五月も中ごろに入り随分と陽が高くなった。
玄関口から覗く空は未だ焼けておらず青い。
今日はテニス部がミーティングという事で、あかりと帰る事になり校舎の昇降口で待っている。
そう言えば、前もこんな風に待ったことがあった。言葉のニュアンスやら置かれてる状況やら何やらで色々と食い違ってしまったあの日だったか。
はぁ、あの時は今みたいに外の景色を眺める余裕なんてまったくもって無かったよな。
思い出すと疲れそうだったのでスマホを取り出すと、何を思うでもなくメールアプリを開く。
誰からも連絡は来てなかったので適当に友達一覧を見れば、高校は勿論、中学の連中の名前もちらほらある。中学か……。まぁ悪くはなかったけど……。
これもまたあまり思い出したくなかったのでアプリを閉じると、複数の足音が聞こえる。
テニス部かなと音の方を見てみると、視界にいたのは丸坊主集団だった。
「モールで飯食わん?」
「いいんじゃね?」
丸坊主って事は野球部の連中だよな。うちの野球部は確か全員丸刈りにさせられるし。ユニフォーム着ていないという事はこっちもミーティングだったか。
甲子園を目指して仲間同士で切磋琢磨、か。おい野球部いいな。すごい青春してそうじゃないか。俺もピッチャーだかバッターだかの才能とかあったら野球部でも良かったんだけどな。まぁでも無いものはしょうがない。
俺は俺なりの青春を送って見せるさと達観していると、すぐ後からぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえる。
「お待たせーコウ!」
声と共にトン、とテニスバッグが緩くぶつかってくる。
「今回はちゃんと肩にかけてるんだな」
「ちゃんと?」
忘れているのかどうやら俺の皮肉は通じなかったらしい。初っ端首を絞める形で横向きにバッグ持ってたの、俺は忘れないからな。
「何でもない。行くか」
「うん!」
笑顔で頷くあかりはどこか従順の犬のようで、少なからず保護欲をくすぐられる。
むずがゆくなったのでさっさと下駄箱に手をかけ外に出ると、すぐにあかりは隣に並んできた。
「いやぁ、今日も快晴だねぇ」
「まぁ晴れてはいるけど、快晴っていうのは雲が一割以下の時を言うんだぞ」
「どういう事?」
「空をよく見てみろ。どう考えても三割くらいは雲が覆ってる」
尋ねてきたので空の方を指し示すが、あかりは不思議そうに空を見上げる。
「え、でも。今は快い晴れだから快晴であってるよね?」
「……もうそれでいいよ」
言わんとしてる事がイマイチ伝わっていないようなのでこちらが折れる事にする。
そんなたわいもない事を話しながら登下校で使ってる駅に向かっていると、ふと二つの分かれ道に差し掛かった。
一つは俺がいつも使ってる駅へと続くただの道。
そしてもう一つは通称、カップルロード。
北山高校はどこにでもあるただの公立高校だが、そこそこの偏差値の割に立地が住宅内と面白くないせいか、毎年定員割れと戦っているような高校だ。つまりそれは中学生にとって狙い目であり、だからなのか色々な市町村から生徒が集まっている。
故に俺もいつも使う駅は多くの北山高生が利用しているのだが、その駅に向かうに当たって遠回りになるルートこそがカップルロードと呼ばれている。
とは言っても、ものすごい遠回りと言うわけでは無いんだけど。
ただまぁ通常ルートは住宅街を突っ切るだけだが、カップルロードの方は雑木林に面してるせいあってか人気も少なく、雰囲気も悪くない道だ。ここを通ったカップルは長続きするという逸話もできるくらいには学生の青春スポットではある。
「なんで止まったのコウ?」
「えっ、い、いやなんでもないぞ! 行くか!」
青春スポットを目の前にしてついつい足を止めてしまっていた。
あかりは知らないようなので迷わず通常ルートを選択しようとすると、ふと何やら後ろに気配を感じる。この気配なんというか以前も感じた様な……。
気になったので振り返ってみると同時、目の前を誰かが横切る。
目で追うと、人影はカップルロードを一人で突っ走っていった。
「あれは、野球部か?」
「足早かったねぇ」
呟くと、あかりが感心したようにカップルロードの方を見る。
帽子をかぶっていて丸坊主かは分からなかったが、あの帽子は確か野球部の物だ。てっきり花姫親衛隊かと思ったがかぶり物もはっぴも無かったから違うのだろう。となるとトレーニングがてら遠回りしたといった所だろうか?
「あ、ねぇねぇコウ。せっかくだからちょっとだけマクド寄ろうよ!」
「マクドって……ああ」
そういやあったなハンバーガー屋。マクドナガルとかいう魔法使えそうなファストフード店。
「いいけどおごらないぞ?」
「えっ!?」
エッ!? 逆にお前なに普通におごられようとしてんだよ……。ただでさえたまに家に来て晩飯代食いつぶしていくっていうのに。
「一人分しか金ないから帰るかー」
「あ、ちょ、冗談だよ!? ねぇコウ!」
振り切るように歩けば後ろから焦ったような声が聞こえ、自然と口元が緩んでしまっていた。
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