第三十三話

 姫野さんの言動の理由はなんとなく分かった。でもそれが分かってもその意味が分からない。

 あかりが煩わしいから姫野さんが俺に近づいて来た。

 これこそが俺の覚えた引っ掛かり、分からない事。

 だから昨日、女である何樫なら分かるかと思い聞こうとしたのに、おごらせるだけおごらせてさっさと帰りやがったからな。


 かと言って、学校で俺があいつに話しかけて聞くわけにはいかないだろう。何せ俺とは住む世界が違う。いやまぁ単に俺がああいうパリピの空気が苦手ってだけなんだけど。


 そんな事を考えながら迎えた月曜の昼休み。

 シュウは購買で何か買うという事で今は一人だ。

 教室を見渡してみると、クラスの女子とあかりが弁当を広げていた。何もあかりの友達は姫野さんだけではない。確かあの子は同じテニス部の子だ。ただ、その表情はどこか浮かないように見えるのは気のせいだろうか。


 あかりから視線を移動させれば、姫野さんが目に入る。

 姫野さんは一人だった。しかしだからと言ってそちらに向く悪意は一つもない。現にひそひそと誘っていいかな? いいかな? というような会話がどこから聞こえてきた。その姿は崖の上に凛と咲く一輪の花のよう。孤高、という言葉が相応しいだろうか。

 

 にしても、いつにもまして教室が騒々しい。たぶん明日に控える行事のせいだろう。


 球技大会は週が明けた次の日、明日にある。

 種目はドッジボール。言わずと知れたスポーツ競技だが、うちのドッジボールただのドッジボールではなく、その筋では少し有名だったりする。


 まずはボールが一つではなく二つという点。

 つまりタイミングが悪ければ、外野と内野二手からボールが飛んでくる場面もあり、通常よりスリリングなゲームとなる。


 ただ、この点に関しては取り入れている学校もある。なので、うちの学校のドッジボールが普通とは違うと言われる所以は別にある。


 それは男女混合で行われるという点だ。

 高校となれば男女の間にはどうしても力の差が出てくる。だから普通は別々で行われるのだが、うちはそれが無い。


 それだけに、ただドッジボールをするだけとは行かず、このドッジボールには二つの大きなルールが存在する。


 まず一つ、男子の人数は勝敗に影響が無いというルール。

 要するに女子の数で勝敗が決する。


 二つ、男子に厳しい条件が課せられるというルール。

 男子は男子に当てられたら当然外野行きだが、女子に当てられた場合はゲームアウト。即そのゲームから除外される。勿論、女子はゲームから除外される事は無い。


 他にも細かなルールはあるが、特に気にする事でも無いだろう。

 そしてこれらのルール形態からうちのドッジボールこう称される。

お姫様護衛ドッジと。


 このドッジは誰が誰を護衛するのかはあらかじめ決めておくのが通例となっている。つまり、これは男子が女子にアピールするための絶好の機会なのだ。


 しかもこの学校は、誰が誰を護衛するかは男子が女子に申し出るという風潮があるという。最近ではけっこう逆も然りらしいが、どちらにせよ事実上の告白だ。


 もっとも、最近は男子に草食系の方々も多い時代。しかも事実上の告白のため、振られてしまう可哀想な勇者たちもいる。だから絶対そうしなければならないというわけでは無く、ちゃんと六時間目に用意されたHRでは護衛決めのくじ引きがある。


 ただ、せっかく高校生になったんだ。そういう青春っぽい事をしたいと考える人は少なくはなく。

 朝なんかは男女問わずパートナー争奪戦は白熱したものとなっていた。

 特に驚きだったのが前の席のハイスペックナイスガイ刑部シュウ。男にも拘わらず肉食獣から猛アプローチを受けていた。全部断っていたようだが。


 しかし意外と姫野さんやあかりには人は殺到していなかった。たまたまなのかもしれないが、あかりに至っては誘われる姿は見ていない。姫野さんも姫野さんでたまにチャラついた奴が誘うくらいのものだった。恐らく、何樫の統制によるたまものなのだろう。凄まじい結束力だ。あるいは男子が高嶺の花過ぎて敬遠しているだけかもしれない。


 昼休みの今、大よそ決められたパートナーは固まり、争奪戦はとりあえず落ち着きつつある。


 できればなんとかシュウとあかりのペアにしてやりたいところだったが、実は遠回しに誘えとお願いしてみたものの、見事に躱された。あかりには申し訳ないが、この場で俺にできる事は無い。


「なーなー忍坂?」


 天命に身を委ねようと居直すと、クラスの上層に位置するパリピのなんチャラ君(名前忘れた)が俺に話しかけてくる。

 さっき見事に姫野さんに断られてたやつだ。


「花咲さんと組まねぇの?」

「ああ……」


 なんチャラ君が来たせいでその取り巻きまで俺の所にやってくる。


「期待させて悪いけど、俺はあかりとは組まないよ」

「マジ? じゃあ誰と組むん?」

「あー、特に相手は無いな……」


 答えると、まぁそりゃ忍坂だしなーと相槌を打ってくる。俺で悪かったな。


「でもさ、でもさ、忍坂花咲さんと組まないんしょ? じゃさ、俺いっちゃっていいかんじ?」


 言うと、なんチャラ君の取り巻きがおっ、おっ、と騒ぎ立てる。一瞬オットセイに見えた俺を許して下さい。


 しかしどうしたものか。あかりってノリいいし、なんチャラ君に誘われたらほいほいついていっちゃうんじゃないかな……。それはちょっと困るっていうか、クジ決めになったらもしかしたらシュウと同じになるかもしれないし、僅かな可能性でも捨てたくないというか。

 かといって組まないのにやめろとか言ったら反感買う事間違いなしだろうな。どうすればいいんだ。


 心内で頭を抱えていると、ふと別方向から声がかかる。


「いやマジで無いって、あんたじゃ釣り合わないでしょ」

「うわふうちゃんかよ。ひっでー!」


 なんチャラ君は少々大袈裟に肩を落とす。

 声の主は何樫だった。


「あんたにはもっと身近に別の女がいるじゃん」


 何樫がくりくりと髪の毛をいじる。


「え、もしかしてふうちゃんなってくれる感じ!?」

「むりぃ~」

「ちょ、そりゃないってぇ……」

「一人で頑張りなー」

「待ってよお」


 いつもいる女グループに戻る何樫の後をなんチャラ君とその取り巻きが追いかける。なんというかコミュニケーション能力!

 別に俺を助けようという意志があったわけでは無いと思うが、ともかく助かった。サンキュー何樫。

 さて、これで一難去ったぞと思ったのも束の間。


「やっほーコウ君」


 入れ替わるように現れたのは姫野さんだった。

 同時に俺へ一挙にクラスの視線が集まった気がする。


「お、おはよう」

「もう、コウ君ってば、今昼だよ?」


 困ったようにほほ笑む姫野さんは初めた見た時と同じ姫野さんだ。


「あーいや、そうだったか、あはは……」


 予想だにしない来訪についつい変な事を言ってしまった。

 しかしどうすんだこれ、色々と気まずいんだよな。


「えっとそれで、どうしたの?」

「うん、コウ君って球技大会の相手決まったのかなって」


 姫野さんの言葉に教室内の空気がまた少し変わった気がする。

 この発言は……まぁそういう事だよな。

 

「決まってない、けど」

「そっか。それじゃあ……」

「ま、まぁ待ってくれ姫野さん」


 気付けば姫野さんの言葉を遮っていた。だがそれに続く言葉なんて考えていない。


「どうしたのかな?」

「いやーちょっとお腹が痛くて……」

「ふーん」


 姫野さんが半目でこちらを見てくる。どうやら嘘だとバレているらしい。こういうのはあまりよくない。

 

「あれ? いや、よく考えれば治ってたな!」

「そうなの? ほんとに大丈夫?」

「大丈夫」

「そっか、それならよかった」


 姫野さんが安堵したような笑みを浮かべる。これが本心なのかそうじゃないのかは分からない。


「それで話なんだけど……」


 ここで姫野さんは言葉を区切り、自分の髪の毛を少し撫でると、


「球技大会、コウ君に守ってもらいたいなって……」


 どこか恥ずかし気にそんな事を言う。 

 やっぱりそう来たかぁ……。だから咄嗟に嘘をついたわけだけど、バレたんじゃ嘘をつき続けるのは姫野さんを嫌ってるみたいでイヤだったんだよ。

 教室は先ほどよりもざわめきを伴っている。

 まぁ俺が姫野さんと話してる時点でおかしな状況なのに、姫野さんが俺にそんな事言ってくるんだもんな、そりゃそうだ。

 

「えっと、ほんとに俺でいいのか? そんな強く無いけど……」

「むしろ……コウ君がいいかな」


 頬を赤らめた姫野さんは伏目がちに言ってくる。世の男性全てを悩殺する凶悪な攻撃だった。

 正直のところ断りたい。でもそれは違う。そうじゃない。ここは断るべきではないと思う。

 過去を知ったから、と言えば偽善に聞こえるのかもしれない。けどそれでもいい。


「そうか。そうだな。姫野さんのじきじきの頼みとなっちゃ、断る理由は無い。こんなので良ければぜひ引き受けさせてほしい」

「良かった。ありがとう。よろしくね」


 姫野さんがはにかむと、自分の席に戻っていく。

 同時に視界が開き、あかりと目が合う。

 しかしすぐに逸らされると、今度は別の人影によって視野を遮られる。


「ちょいちょいちょい! どういう手品使ったんだよ忍坂!?」


 主に数名の男子たちだった。まぁそりゃ憧れの的だもんな。疑問に思うのも無理は無い。

 でも俺は知ってる。今までのやり取りが決して俺の好意から来たものではないという事を。

 姫野さんはあかりが煩わしいから近づいたのだと言った、俺にはその理由だけがどうしても分からない。


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