第25話 重要事項説明


「『おれ』?」


 男はイヤミな口調で復唱した。


「さような言葉も使われるのですか? ふふふ、意外です」


「す、すまぬ……つい……」


「いえ、【つい】地が出てしまうほど動揺なさったのならば、その言はそれなりに信用できるでしょう」


 エラそうに論評した三十郎は、


「では、つぎのお答えを」

 

「つ、つぎ?」


 ドS旗本の間断ない攻撃に、メンタルはもう崩壊寸前。


「竹千代君に近づこうとなされる理由でございます」


「そ、それも……保身のためだ」


 かろうじて答えたものの、その先がつづかない。


 いくらなんでも、『将来老中になるおまえたちに取り入るため』なんて言えるわけがない。


 未来知識それだけは絶対もらさずに、なんとか納得してもらわなくては。


「どうなさいました?」

 

「ひ、人は、目に見えぬものを疑い、恐れる。

 たとえおれが徳川姓を捨てて城を出ても、兄上はおれが生きているかぎり、『どこかで、ひそかによからぬことをたくらんでいるのでは?』と警戒しつづけるにちがいない」


「『疑心暗鬼』――暗闇の中に鬼を見る――わけですね?」


「そうだ。相手の動向がわからねばわからぬほど、とるにたらない些細なことで猜疑するものだ」


「だから、お傍近くに仕え、害のないところを見せようと?」


「ああ、おれは本当に怖くて……兄上の傍にいなければ、知らぬ間に罪を着せられるのではないかと……それを恐れて近侍を志願したのだ。

 近くにいれば、なにか誤解があっても、すぐに弁明できる。

 とはいえ、近習になる以上、主君の身を守るために、剣術を習わなければならないが、おれは……切腹も怖いが、人を斬ることも恐ろしい。

 本音をいえば、一生刀を抜かずに済めばいいとさえ思っている。

 志願したものの、正直、剣術の稽古のことを考えると憂鬱なのだ。

 なあ、わかるだろう? こんな軟弱な男が、武家の棟梁などになれると思うか?」


 おれは、つまらないことでキレて側近らを手討ちにした、あっちの忠長あのキチ●イとはちがう。

 自他のを問わず、流血にビビるおれが、斬殺なんてできるわけがない。



「わかりました。ひとまず信じましょう」 


 おれを注視したまま考えこんでいた三十郎は、ようやく表情をゆるめた。


 どうやら、人を殺すのがイヤだという、おれの本心が三十郎にも伝わったようだ。


 三十郎の言葉を聞いたとたん、緊張でカチカチだった体の強張りが一気に解ける。 

 


 寒々とした空気が流れる中、おれたちはだまったまま、ふたたび掘に沿って歩きはじめた。



「そうそう、大事なことをまだお伝えしておりませんでした」


 唐突にそう言って足を止めた。


「大事?」


「はい、竹千代君の近習として大過なく勤めたくば、かならず心得こころえておかねばならぬことにて……」


 なぜか目を泳がせ、言葉をにごす。


 大過なく勤めるための、必須の心得!?


 知りたい!

 そんなものがあるなら、絶対聞いておかないと!


 長生きするためにいろいろ画策してるのに、勤務中のミスで切腹なんてことになったら、目もあてられない。

 


 あっちの歴史と同じなら、たぶん兄貴はあと十年弱で将軍位をゆずられる。


 おれは、兄貴の将軍宣下まで近侍して、野心がないことをじゅうぶんに示したら、あとは致仕して悠々自適の殿さまライフ――参勤交代のない九千九百九十九石の勝ち組人生を満喫する予定なのだ。


 とはいえ、余暇で武芸に凝るとまたいらん疑いをもたれそうだから、無難な書画や茶・歌道でもたしなみつつ、天寿を全うするのが最終目標だ!



「心得とはなんだ? ぜひ、教えてくれ!」


 食い気味にせっつくおれを、三十郎は困ったように見返し、


「ならば……小姓の坂部五右衛門・堀田三四郎のふたりには、みだりに近づかれぬようお気をつけくだされ」


「みだりに?」


「この両名は竹千代君の【お気に入り】にございますれば」


 お気に入り?


「…………」



 げっ!


 ま、まさか、家光=ガチホモだったっていう、あのキャラ設定アレ!?



「そっ、そそっそ、バ、ババ、あ、ああ、ま、まま、じゅ、じゅじゅ!」


「『そんなバカな! 兄上はまだ十二歳ではないか!』と?」


 相かわらず卓絶したサトリスキルだ。


「そそそそ!」(そうだ!)


「むろん、御年おんとし十二の竹千代君に御伽などいたしませぬが、余人がこの二名になれなれしく接しますと、ひどく不機嫌になられますので、くれぐれもご注意ください」


「ききっななな、ちゅちゅ、かたかたななな」(貴重な忠告、かたじけない)


 たった十二で、早くもプレ衆道モーホー!?


 青ざめるおれに、三十郎はクスクス笑いながら視線をむけ、


「国千代さまは竹千代君のお好みからはずれておりますれば、心配ご無用」


 うっ……無意識のうちに、両手で尻をガードしていた。


「な、ななな、さ、さささ、いいいい、わかわかっ!」


「『なにゆえ、さように言い切れる? わからないではないか』? 

 いえ、竹千代君は筋骨たくましい偉丈夫がお好み。国千代さまやそれがしのごとき線の細い男は、まったく眼中にございませぬゆえ、ご懸念にはおよびませぬ」


 つ、つまり、兄貴は大のガチムチ好きで、ストライクゾーンがせまいから、そこからはずれたやつは絶対安全ってことか?


 ああ、よかった、それなら安心…………


 なわけないだろう!

 

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