第百四十六話
「笑っている? あいつ、笑ってるんだ、父上を喰らっておいて」
王を骨の髄まで喰らい尽くした奴らが露出させた感情は、歓喜であった。
無数の黒い虫達に分離した奴らは、それは人の声ともつかない奇声であったが、確かに声を上げて笑っていたのだ。
「……アラケア、あいつは許せない。父上の仇だ、この場であいつを!」
「ああ、しかし犠牲が出るのは避けられまい。カルティケア王はお前を生きて国に帰還させてくれと、そう言い残して力尽きた。その遺言は守らなくてはならん。だからラグウェル、お前は下がっているんだ」
その言葉にラグウェルは悔しそうな顔で歯噛みし、俺の制止を振り切って今にも飛び出していきかねない剣幕だった。
だが、バーンとレイリアの二人がそんな彼の肩を掴んで、押しとどめた。
「坊ちゃん、耐えてくれよ。俺達だって主君を殺されて怒りが爆発しそうなんだ。けど、アラケアの言う通りだ。坊ちゃんをこんな所で死なせる訳にはいかない。ここは部下である俺達に任せてくれないか?」
ラグウェルは振り返り、二人を見た。
そして怒りを帯びた表情から一転して悲痛な面持ちに変わると、渋々頷いた。
「分かった。でも、気を付けてよ、二人共」
「ええ、勿論ですよ。私とバーンはカルティケア陛下に才を見出されて騎士に取り立てられた恩があります。王の仇を取らずして、決して死ぬことは致しません。では、あれを殺しに向かいますよ、バーン、アラケア様達」
レイリアが大鎌を構えて、バーンも深紅色の槍を背から手に取った。
そして俺とギスタ、駆け寄ってきたヴァイツ、ハオラン、アルフレドも同様に奴らを見据えて、攻撃の取っ掛かりを見つけんとしていた。
――だが、そんな俺達を嘲笑う様に奴らは次なる行動に出た。
「いひっ、いひひひ、さすがにここまでやって来ただけあって、どいつも強いな。面白い、面白いっ! ひひひひひっ!! 楽しみだ、楽しみ!」
今まで微速で地面を移動していた奴らが突然、上空へと一斉に飛び上がった。
それはさながら黒い柱のようであり、天井が見えないこの
「何だと、消えた……? 逃げていったのか、奴らは?」
俺の呟きにすぐに答える者はおらず、その様子の一部始終を、俺達はただ唖然としばらく見上げているしかなかった。
だが、そんな中で最も早く動いたのはバーンとレイリアだった。
二人は両翼を生やして飛翔し、すぐさま奴らを追って空を上昇していく。
「バーン、この地下空洞ですけど、本当に天井がないと思います?」
「さあな、それじゃ今から確かめてみるとしようぜ! 俺のこの炎槍でな!」
空を目指すバーンが、その進行方向へと手にした長柄の槍を投げ放った。
それは勢いを増して天を突き貫くべく、突き進んでいったが、突然、高い音を立てて弾かれて落下していった。
「天井はあるってことか! じゃあ、奴らはどこへ消えた?」
疑問を呈するバーンだったが、やがて何かに気付いたように一点を見据えた。
彼が見つめる先には、もやもやとした黒い空間の揺らぎがあったのだ。
しかもそれはみるみる内に小さくなり、今にも消え入ろうとしている。
「どうやら奴らが向かったのは、このもやもやの先のようですねぇ。ですけど、深追いは禁物ですよ、バーン。一旦、アラケア様達の元へ戻りましょう」
「ああ、分かってるって。俺だって犬死にだけはごめんだ」
そう言うと二人は翼を翻して急降下し、俺達がいるすぐ近くへと降り立った。
俺達は駆け寄ったが、すでに周囲からは奴らが這い回っているような、不気味なかさかさと言う音は消えてなくなっていた。
「よく耐えたな、バーン。あいつらを確実に倒すには協力し合わないと無理だ。このまま進んでいけば、また奴らと出くわすこともあるだろう。その時こそが、カルティケア王の弔い合戦だ」
「ああ、けどよ、アラケア。あの化け物達が俺達が探し求めていた、災厄の根源て奴だったのか? ついに俺達は、最終目標の元に辿り着けたって訳なのか……」
バーンは空を仰ぎ見た。奴らが消えていった空間の揺らぎがあった場所を。
そして武者震いをするように全身を小刻みに動かしてから、視線を俺に戻すが、その表情は意気込みで燃え滾っていた。そんなバーンに俺は答える。
「ああ、あれほどの狂気と絶望的な威圧感は俺は今まで感じたことがなかった。恐らくグロウスが言っていた、災厄の王とやらと無関係ではないだろう。いよいよのようだな。あれを倒しさえすれば、世界を覆い尽くす黒い霧は晴れ、この世界は救われることになる。そして俺の一族の悲願もこれで……果たせる」
勝機があるか分からない絶望的な相手ではあったが、ようやく自分達が長い旅の終着地点に辿り着けたその事実に、皆の目は一縷の光を宿していた。
そして激戦の場所となった石造りの町に再び静寂が戻っていたが、俺達は完全に脅威が消え去った訳ではないことを理解しながら、またも先を目指し歩み始めた。
◆◆
「母さん」
私は不意に聞こえた、その声で目を覚ました。
そして何かが私の体に触れている感触にゆっくりと目を開けると、そこには銀の髪と赤い瞳を持った、線の細い一人の少年がいた。
体に感触を感じていたのは、彼が私の体に寄りかかっているからだった。
「誰なの、貴方? ここは一体どこなの?」
私はまず頭に浮かんだ疑問を少年にぶつけたが、少年は答える気配がない。
だが、代わりにそれに答えのは背後からの女性の声だった。
「お目覚めかしら、ノルン・カルネッジ。ここは
聞き覚えのあるその声に私が振り返ると、そこにはあの魔女がいた。
私はしがみつく少年を体から引き離して立ち上がると、魔女と向かい合った。
「魔女ベルセリア、どういうつもりなの!? 私を殺す訳でもなくこんな場所に連れて来るだなんて!」
しかし魔女は私の責めるような口調に動じることなく、微笑を浮かべながら私が引き離した少年を指差して言った。
「ネロ様。そこにおられるのが私の主君であり、災厄の王と呼ばれるお方よ。貴方のことをきっと気に入って下さると思ったから、手土産に貴方をここまで連れて来たんだけど、案の定だったみたいね」
魔女が言い放った耳を疑う言葉に、私ははっとして少年の方を振り返る。
少年もすでに立ち上がっており、私に近づいて再び私の体に寄りかかった。
「母さん、やっとまた会えたんだ。ずっとここで僕と一緒にいて欲しい」
「ふざけないで!!」
私は魔女がネロと呼んだ少年を突き飛ばすと、彼のその華奢な体躯は勢いよく後方に倒れ込んで尻餅をついて止まった。
そして私は魔女の方を振り向きながら自身の足元の影を操作すると、巨獣の手に変化させて魔女へとけしかけた。
「奥義『巨獣影』っっ!!」
魔女を包み込むように巨大な獣の影はその体を覆っていくが、やはりと言うか、彼女を握り潰すことは叶わなかった。
それ以上の力の持ち主ならば巨獣影に抗えることは、これまでの戦いで何度も味わったことだったからだ。
「くっ……じゃあ、今度は『流星角影……』っ!」
私は両手を合わせてから前に突き出し、影の刃を魔女に対して放とうとしたが、巨獣影に覆われていた彼女の姿はすでにそこにはなかった。
すぐに周囲を見回して魔女の居場所を探し求めたが、後頭部に鈍い痛みが走って私の意識は次第に暗転していった。
薄れゆく意識の中、最後に聞いたのは魔女とネロの声……。
「母さんに……何てことするんだ」
「それは失礼しましたわ、ネロ様。ですけど、王の身をお守りするのも私の役目。そして、もうすぐここにあのアラケア・ライゼルアと……」
二人の会話はまだ続いていたが、私の意識はそこで途切れてしまった。
ただその会話の中でアラケア様ともう一人、別の誰かの名前が出されていたが、私には確かに知っているはずの、そのもう一人が誰なのかを考える時間的余裕さえすでに残されてはおらず、視界が完全に闇へと染まっていった。
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