第百四十四話
俺達が
「驚いたな……俺達はたった今、地下へと降りていったはずではなかったのか? それがまさか地下空間に、こんな遺跡のような石造りの町が広がっているとは」
そう、そこには古い町並みがあり、しかも町のそこかしこには紫色に発光する水晶のようなものが点在していて、町全体を仄かに照らし出していた。
その光景はどこか幻想的な雰囲気さえ醸し出していたが、しかしそれでも、ここが人外の地であることは疑いようがなかった。
「いるよ、アラケア。町の建造物の影からこっちを窺ってる
ヴァイツが用心深く辺りを見回して言ったが、俺も同感だった。
この場所にいるのはほとんどの魔物のように知性のない奴らではなく、思考するだけの能力を持っていることは、その行動が確かに示していた。
「それでも進まない訳にはいかないが、念のためくれぐれも逸れるな。でなければ、群れから離れた幼体の草食獣達と同じ運命を辿ることになるのは、想像に難くなさそうだからな」
俺はそう言うと、先陣を切って町並みを進み始めた。
何が起きてもおかしくない場所だけに、俺は普段以上に気を張って歩いていく。
そしてそれは俺の背後から後を追って進む仲間達も同様のようだった。
「……ねえ、アラケア。ここは僕が黒竜になって空から偵察してこようか? この空間、地面より下のはずなのにどういう訳か天井が見えないし、僕らなら飛べそうだよ?」
「ん?」
俺達が警戒しながら歩いている中、ふいにラグウェルからそう提案を受けたが、俺は少し考えた結果、バーンや他の竜人族と一緒なら構わないと答えた。
それに目を輝かせたラグウェルは、さっそくその身を漆黒の鱗を纏った黒竜へと変化させていき、翼だけを生やしたバーンやレイリアと共に上空に飛び上がった。
「ふっ、どうやら息子はお前の役に立ちたくて仕方がないようだな、アラケア。あれも変わったものだ。以前はあれほどお前を憎んでいたと言うのにな」
三人が飛び立ったのを見送りながら、カルティケア王がそう漏らす。
その顔は微笑を浮かべ、悪くないと言った表情だ。
「ええ、貴方の息子には船から投げ出されて海を彷徨った間、そしてこの大陸に上陸後も助けられています。彼が変われたのは他でもない彼自身の賜物ですよ」
「いや、しかしそのきっかけを作ったのは他ならぬ、お前との触れ合いのお陰だ。父として、息子を成長させてくれたこと、礼を言う」
王が俺に軽く頭を下げると、その場の全員が声には出さずとも、息子を思う王の親心に僅かに表情が和らいでいったようだった。
嵐の前の静けさとは言え、危険極まりない敵陣のど真ん中を暗中模索しつつ 進んでいっている俺達にとって、一時でも生まれたその空気は救いに感じられた。
そして……それからどれだけ進んだことだろうか。
辺りからは敵の気配はひしひしと感じるものの、奴らからの襲撃はなかった。
上空からのラグウェル達の指示の元、町のより奥へと進むための正しい道順を選択しながら進んでいくが、敵は予想以上に辛抱強いのかもしれない。
――と、思っていた矢先のことだった。
「いよいよ痺れを切らしてきたか。来たようだぞ、皆、戦闘態勢を!」
俺がルーンアックスを構えると、他の皆も戦闘態勢を整える。
それと同時に俺達から会話が止んで、緊迫感が一気に高まっていった。
石造りの民家の影から用心深く近寄ってきている敵の気配は、全部で七体。
そしてついに現れたそいつらは、いずれも人間より二回りは大きくその全身は灰色であり、体中に刺青が入った筋肉質で馬の頭を持つ
「ケンタウロス、と言った出で立ちだな。だが、幸い現れたのはたった七体だ。一気に殲滅して先を急ぐぞ!」
俺は先手を取って飛びかかろうとしたが、その時……。
奴らの様子がおかしいことに気付き、その直前で思い留まった。
そして同様に戦いを始めようとしていた、他の仲間達も気付いたようだった。
「ねえ、こいつら……」
「ああ、怯えている。どうやらこいつらは俺達を襲おうとしたんじゃないらしい。何かから逃げて、ここまでやって来たようだな」
そして俺に気配すら感じさせなかった、その大量の地面の上を蠢いている小さな虫達は、絶望の悲鳴を上げる七体の
「ぎぶうぇあああああっ……!!
それらは瞬く間に
「ア、アラケア! こ、こいつら……危険だ!! ここにいたら僕らまで!」
「ああ、分かっているが、もう逃げる場所などないようだぞ! なぜなら……どうやらすでに、俺達はこいつらに辺りを囲まれているようだからな!」
こうして目の前にしても、こいつらの気配は今も一切、感じ取れない。
そう、まるで実体がないかのように。
だが、奴らが地面を這い回る音は、俺達を囲むようにして聞こえているのだ。
そして……あちらこちらから絶え間なく聞こえる、恐怖を帯びた悲鳴も。
どうやら犠牲者は目の前で餌食となった、あの七体の
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! ひぃひゃはははっ!!」
突然、虫達……いや、そこら中から笑い声が響き渡った。
そして更に黒い虫達に覆われていた先ほどの
「まさか、何かが生まれようとしているのか!?」
今まさに
それを感じ取った俺は先手を打つべく、その場所へ数本の短剣を投げ放つと、それらが突き刺さった箇所を起点に死天呪縛を発動させた、はずだったのだが。
「まるで効果なし、だと!? 一体、何が現れようとしているのだ!?」
死天呪縛を物ともせずに、肉塊の内から真っ黒な何かが膨れ上がると、ようやく俺達の前で正体を現した、それの姿形が次第に浮かび上がっていく。
六対の目と無数に枝分かれした黒い舌、濁った紫色をした全長十五メートル程の巨大な異形と形容するのが相応しい、馬に似た怪物であった。
「これが奴の……正体か!」
だが、奴を見上げた俺を、その十二の目がギロリと睨んだと思った瞬間だった。
唐突に奴の額から一筋の光線が放たれていた。
それが俺の脇の横を通り過ぎたのに気付くのに一秒の時間を要し、すぐ背後に立っていたカルティケア王の左腕を消失させたのに気付くのに、更に一秒。
そして俺が振り返った時には、背後に広がっていた町並みが光の線に沿って、建物を破壊し、縦に一本の通り道が出来上がっていた。
「カルティケア王!!」
俺は咄嗟に王を助け起こそうとしたが、王は手で遮って俺を止めると、左腕の筋肉を操作して、自身で止血だけは行ったようだった。
「気を逸らすな、アラケア。奴が規格外なのは、今の攻撃だけでも分かったはず。……集中しろ、でなければこの窮地は切り抜けられんぞ」
王はそう言い放つと、その体をみるみると黒竜形態へと変えていった。
俺はその言葉に頷くと、促されるように振り返り、仲間達に指示を飛ばした。
「散開して、一か所に固まるな! 四方から囲んで各自攻撃に移るんだ!」
俺が叫ぶや否や、皆が即座に動いていた。
ヴァイツが、ハオランが、アルフレドが、ギスタが……そして、左腕を失ったカルティケア王もが、奴から攻撃を受けないように散開していった。
が、しかし。同時に奴もまた動き、その蹄を俺の頭へと叩き下ろし、俺が咄嗟に回避する前に立っていた地面を粉々に粉砕、破片を周囲へと吹き飛ばした。
「……化け物めっ! 何なのだ、こいつは。これも
そう疑問を呈した俺だったが、ふいにパキ、と言う音がした。
と、同時に奴を中心として凄まじい殺意がそのままオーラとなったかのように、周囲へと広がり、俺達の体を、そして石造りの町並みを駆け巡っていった。
肌にびりびりと来るものを感じながらも、俺達はそれを凌ぎ切ったが、奴はにぃっと口の端を釣り上げると、信じられないことに……言葉を発したのだ。
「アラケア、アラケアァ……ひひひひ、お前が……僕を殺す者か?」
そして俺の名を口にした奴は、今度は完全に正気を踏み外した狂人のように、辺りに響き渡るような笑い声を上げ始めた。ただただひたすらに。
だが、その真意を測りかねている俺達を余所に、奴は笑いをぴたりと止め、それが俺達と奴との戦闘開始の狼煙となったのである。
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