第百十六話
「果たして耐え切れますかなぁ、当主殿。私の一太刀を!!」
カルギデの動きが……いや、その初動の瞬間だけ、また加速する。
俺はぎりぎりの所でその一撃をルーンアックスで受け止めて防御するが、その凄まじく重い一撃に押され、体が後方に押しやられた。
「くっ、やはり凄まじいまでの膂力だ、カルギデ。だがっ……!」
幾度かの打ち合いで俺にはそのカラクリが、次第に見え始めてきた。
カルギデは俺が動くより早く動くことで機先を制している訳だが、その加速を維持出来るのは初動の僅かな瞬間、時間にして一秒弱と言った所だろう。
だから俺はカルギデと相対したまま、攻撃の瞬間を待った。
そして……カルギデが動く。
「その顔は……何かを掴んだようですなぁ。では参ります、当主殿!」
カルギデが警戒心を滲ませるも鬼刃タツムネを振るい、攻撃を仕掛けた。
が、その直前……それより早く俺の体は後方へと飛び、カルギデの間合い外に逃れたかと思うと、今度は体を前方へと転じて、ルーンアックスで振り抜いた。
結果、カルギデの頬にすうと血筋が出来たと思うと、血が僅かに宙を舞った。
「ほう……これは……」
カルギデが頬を手でなぞり血を拭ったが、その顔は実に意外そうだった。
しかし、すぐにまた落ち着きを取り戻す。
「私が攻撃に移る際の初動のタイミングを見抜いた、という訳ですか」
「ああ、お前がトップスピードを維持できるのは、その僅かな時間だけだ。初動の動きさえ、見極めてしまえばお前の先読みに対応出来る」
俺の言葉に感心したような表情を浮かべると、カルギデは自身に迫りくる全長十メートルはあろう、巨人の
そして力を込めると、黒く発光する暗黒色のオーラがあっという間に、巨人の
「素晴らしい。その並々ならない戦闘センス、さすがは当主殿です。強さとは単純な力やスピードだけで決まるものではないと、それが身に染みて分かると言うものですなぁ。ですが、それでも勝つのは私ですがね」
だが、そこに割り込む形で、いよいよ巨体の
俺は黄金色のオーラを纏い、カルギデは暗黒色のオーラを纏い、
一方、マクシムスとラグウェルらもエリクシアと交戦しながら、
「くっ……このぉっ!!」
黒竜形態のラグウェルは灼熱のブレスを吐き出し、素早く動き回るエリクシアを狙うが、彼女は風を切るような速さで巧みに回避していく。
その間もラグウェルとの距離を確実に縮めていきながら、とうとう間近に迫ったエリクシアは全体重を乗せた渾身の追い突きを、彼の顔面へと叩き込む。
「う……わあああっ!!!」
ラグウェルの体が大きく仰け反ったが、その隙を逃すはずもなく、続けてエリクシアは手首、肘、両膝に仕込まれた刃で彼の顔面を幾度も斬りつけた。
ラグウェルから血飛沫が舞い、しかもそれが目に入ったらしく、本能的に体を丸めて防御の姿勢をとって蹲った。
「……遅い。せっかく恵まれた黒竜族としての強い力を生まれ持ちながら、そんな様じゃ……宝の持ち腐れね。……今、楽にしてあげるわ」
追撃を仕掛けようとするエリクシアだったが、その望みは叶うことなく、咄嗟にその場から身を翻し、距離を取って中断せざるを得なかった。
たった今、彼女がいた場所を超高速で放たれた骨が通り抜けていったためだ。
「いけませんねぇ、貴方の相手は何も彼だけではありません。今度は私が相手となりましょう、エリクシア」
「相変わらず私の姿に……擬態しているのね、マクシムス。そんなに……私の容姿が気に入ってくれたのかしら?」
「さあ、どうでしょうか」
だが、そんな激戦必至の二人に対しても、周囲を取り囲む
マクシムスはそんな迫る
エリクシアもまた手にした短剣を
「まったく面倒ですねぇ。常に
「……泣き言かしら? 貴方らしくないわね、マクシムス」
そんな状況で、エリクシアは
それを手甲で防ぎ切ると、マクシムスもまた手甲の刃で攻撃に転じるが、エリクシアは肌が触れるか触れないかのミリ単位の正確さで、回避してのけた。
「……やるわね、マクシムス」
「そう言う貴方こそ、女の筋力とは思えませんよ」
お互い一歩も譲らず、二人の実力は伯仲していることを意味していた。
だが、戦いがより激しく過熱していく様相を見せる中、そんな膠着状態も不意に終わりを迎える時がやって来た。
――空から、鉄柱のようなものが降り注いだのだ。
一本、二本、三本と次々と降り注いで、地表に勢いよく突き立っていった。
いや、それは無機物ではなかった。生物のように脈動していたからだ。
「むっ!」
「何だ、これは!」
俺もカルギデも一時、戦いの手を止めてそれらを見た。
表面は紫の毒々しい色をしており、よく見れば口と思える物までついている。
だが、それを見たカルギデの顔色が僅かに陰ったのを、俺は見逃さなかった。
「ふむ、戦いに気を取られて接近に気付くのが遅れましたか。よもや
カルギデは肉の柱から距離を取ると、同様に戦いの手を止めてこの事態を見守っているエリクシアに声をかけた。
「エリクシア。不本意ですが、本隊に戻った方が良さそうです。我々だけでは、アレを相手にするのは分が悪いですから」
「……ええ。どうやら、それもやむを得ないわね」
そう言うと、エリクシアはその姿を鮮やかな虹色の雉へと変化させていった。
カルギデは素早くその背に跨ると、状況をまだ完全に飲み込めていない俺達に向けて、言い放った。
「当主殿はご存じないようですから、忠告しておきましょう。今、上空には空を覆う程の巨大な外殻を持った化け物がいるはずです。ですが、間違ってもそいつが放った、その肉柱に近づこうとしないことです。死にたくないのなら……ですがね」
それだけ言い残すと、カルギデはふっと笑みを浮かべて、俺の返事も待たずにエリクシアに乗せられて空へと飛び立っていった。
こうして大空洞の穴底に取り残された俺達だったが、胸中に去来したのは安堵などではなく、予想外の形で訪れた戦いの中断への戸惑いであった。
「行った、か。奴らも何かを警戒していたようだったが……。この柱達が何だと言うんだ?」
俺は距離を置いて、空から現れた肉の柱を注視したが、更に近づこうとしたラグウェルを手で制して止めた。
「待て、カルギデがわざわざ俺達に近づくなと言ったんだ。あいつが俺との戦いを中断する程、脅威と感じてる何かだからな。ここは信じてみた方が良さそうだ。それに……」
俺は周囲を見回した。すると、先ほどまで俺達に襲い掛かっていた
「一先ず上に戻ろう。これだけの少人数なら、お前の背に全員が乗ることも可能だろうからな。今後のことはそれから考える。頼めるか、ラグウェル?」
「うん、いいよ。そういうことなら、早く乗ってよ」
その返事を聞くなり、俺とマクシムスらはラグウェルに飛び乗ると、俺達は落ちてきた崖を風で舞い上がるように、上空を目指していった。
だが、崖の高さを越えて、大空洞から地上に飛び出した俺達だったが、そこで俺達は信じがたいものを、目にすることになった。
「あ、あれはっ……何なの!?」
ラグウェルが叫ぶが、黒い霧に覆われている中でも、はっきりと視認出来た。
いや、それが直下の黒い霧を吸い上げているからこそ、俺達には見えたのだ。
いつしか周囲は薄暗い曇空の天気程度にまで、視界が晴れ渡っていた。
「……あれか。あれが、さっきカルギデが言っていた……」
そこに存在したのは……空を覆い尽くす程の超絶に巨大な体を持ちながら、重力を無視して空に浮いている、規格外の化け物の威容であったのだ。
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