第七十三話

 俺達は翌朝、シンシアらと共に、さっそく出立することになった。

 彼女らが乗ってきたデルドラン王国製の馬車にも、結構なサイズの妖精鉱が設置されており、他にも黒い霧を抜けるには十分な装備が付けてあった。


「さあ、アラケア殿も他の皆様方も、遠慮なく乗ってくれ。この人数なら余裕を持ってデルドラン王国にお送りできるだろう」


 俺とヴァイツ、ノルン。そして聖騎士隊のゼルとミコトが全員、キャビン内に乗り込んだのを確認すると、竜人族の戦士の一人が馬車を発車させた。

 馬車に揺られながら俺達はデルドラン王国のもう一人の王、カルティケア王について尋ねてみた。

 するとシンシアは躊躇することなく、答えてくれた。


「我が国は昼間と夜間でそれぞれ支配者が違うのだ。私が仕えているのは『昼の刻の王』であるポワン様だが、ラグウェルの父君であるカルティケア王は『夜の刻の王』と呼ばれている。あの方は決して暴君ではないが、強欲で激昂しやすい性格をしておられる故、交渉が確実に上手くいくかは私とて断言出来ないのだ。勿論、私達も努力はするつもりだがな」


「それで俺に手伝えることはあるか?」


 俺はシンシアに問うたが、その表情は厳しいまま崩さなかった。


「あの方は我が国で意に逆らう者を力づくで倒し、平らげることが認められている。つまり自身の裁量で、国防と治安維持のため、武を行使する権限をお持ちなのだ。もし、貴殿があの方の前に姿を現せば、一触即発の状態になりかねない。だからここは我々に任せ、貴殿らは下手な真似はしないで欲しいのだ」


「交渉に行くと聞いていましたが、まるで私達は戦場に向かうかのようですね。まあ、戦闘が避けられない時のために、私達に同行するように陛下は仰られたのだと思いますが」


 ミコトは愛刀の村正を磨きながら言った。

 その最悪の事態が起きる可能性を予め予想していたのだろう。

 シンシアの言葉を聞いても、動じる様子はなかった。

 ゼルも同様の様子で、シンシアの話を聞いていた。


「すまない、そうなる事態が起こらないと約束出来ないことをお詫びする」


 シンシアは頭を下げたが、それ以降は会話のないまま、馬車は目的地へと走り進んでいった。

 そしてアールダン王国とデルドラン王国を南北で分断する黒い霧で覆われた地が、いよいよ肉眼で確認出来る場所までやって来た。


「さて、どうやら見えてきたな。皆既日食は終わったとはいえ、霧の中は魔物ゴルグ共の領域だ。抜かりのないようにしなくてはな」


 俺はそう言いながら、愛用のルーンアックスを握りしめた。

 黒い霧の中を進むのはもう慣れているとはいえ、舐めていては足元をすくわれる。

 ……そういう場所なのだ。それが分かっているからこそ、進行方向を見ているこの場にいる全員に緊迫感が生まれており、表情は一様に引き締まっていた。

 そして……視界は闇に染まり、僅かに照らすのは妖精鉱の光のみ。

 とうとう俺達は、再び黒い霧の内部へと突入したのだった。


「気休めを言うつもりはないが、妖精鉱が魔物ゴルグを退けてくれるだろう。道中に何が起きても我々が責任を持って……」


 シンシアがそう言いかけた時だった。獣の咆哮のような声が聞こえた。

 しかもそれが無数に……更に確実にこの馬車へと、近づき始めていた。


「おかしい。このサイズの妖精鉱があれば魔物ゴルグはそうそう近寄ってくることはないはずなのだが……。実際、行きはこのようなことはなかった」


 シンシアは漏らしたが、接近しつつある魔物ゴルグ達に、皆は警戒心を露わにしていた。

 すでに全員がそれぞれ己の武器を手にして、臨戦態勢に入っている。


「予想外のことなら常に起きるものだ。特にこの災厄の黒い霧の中ではな。近づいてくる奴は撃退しながら、進むしかあるまい。ゼル、周囲の索敵を頼む」


「承知しました、アラケア殿」


 ゼルはいつものように耳に指を突っ込むルーティーンをとると、耳を澄まして僅かの音も聞き漏らすまいとした。そして……。


「二時の方角から六体、そして十時の方角から七体の魔物ゴルグが接近しています。いずれもそのサイズから三下クラスです。アラケア殿、どうします? 戦闘を行いますか?」


「そうだな、馬車はこのまま走らせてくれ。魔物ゴルグ達の相手は俺がやる、皆はこのままの戦闘態勢を維持していててくれ」


 俺は馬車の御者席から顔を出すと、懐から短剣を取り出して気配を探り、気を込めた。

 そして……敵の気配を捉えた俺は、短剣を一斉に投げ放った。

 風を切る短剣の音は、やがて小気味の良い肉を貫く音がして、込められた技が発動した。


 ――ぎるぐぁああああああっ……!!


 断末魔の雄たけびと共に、魔物ゴルグ達は痙攣して、動かなくなった。

 そう、特定の経穴を衝いて、経脈を遮断する技『牙流点穴』を使ったのだ。


「さすがアラケアだ。見事にたった一撃で奴らの動きを止めてしまったね。確かあの技は……デルドラン王国へ向かう道中で君が使っていた技だよね」


 たちどころに動かくなった魔物ゴルグ達を見て、ヴァイツが感心した様子で言った。

 しかし俺は楽観的には、考えられなかった。


「安心するのはまだ早い。妖精鉱を微塵も恐れず襲撃を仕掛けてくるとは、まるで凶星キャタズノアールの力が強まる、皆既日食の期間であるかのようだ。このまま襲撃が続けば、今回のこの旅は生易しいものではなくなるぞ。もしかすると、これは……」


 俺は皆既日食の期間、最終日に陛下が仰ったことを、思い出していた。

 凶星キャタズノアールに干渉して、俺達を魔物ゴルグに襲わせた元凶がいるという話を。

 そしてその敵は、どこからか俺達の動向を確実に把握していているのだ。

 俺は拭い切れない不安を抱えながら、キャビン内のヴァイツとノルンに振り返った。


「ヴァイツ、ノルン、よく聞いてくれ。どうやら今回の災厄の周期は、これまでとは明らかに違っているようだ。たとえ皆既日食を乗り切っても、恐らく……まだ何かが起きる。だから黒騎士隊としての、お前達の力はまだまだ必要となってくるだろう。……どうか覚悟を決めて、俺に力を貸して欲しい」


「今更、何を仰るのですか。何があろうと、私はアラケア様に忠誠を捧げた身です。ご命令とあれば、いかなる強大な敵にも、立ち向かうつもりです」


 ノルンが凛とした目で、俺を真っ直ぐに見て答えた。

 ヴァイツも内心では俺と同じ不安を感じ取っていたのか、真剣な表情で「当然だよね」と肩を竦めながら答えた。

 俺はふっと僅かに笑みを漏らすと、新たな獣の咆哮が聞こえてくる、前方の黒い霧を睨み付けた。


「さて、まだまだ気は休まらんようだな。来るなら来い、魔物ゴルグ共。ライゼルア家の現当主である俺の力を恐れぬならな。いくぞっ!!」


 俺は奥義である光速分断波を放ち、迫りくる魔物ゴルグ達を、瞬く間に肉片へと変えると、木の葉のように吹き飛ばした。

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