第三十一話

「よろしいのですか、陛下。陛下自らが王都を離れてアラケア様の捜索を行われるなんて……」


 私とヴァイツ兄は陛下と共に、三人で王都外でアラケア様の行方を追っていた。

 アラケア様が何やら深刻な様子で屋敷を出かけられたことを陛下にお知らせした所、やはりその行動は早かった。

 即座に王都中の兵士と、王都外で任務に当たっている兵士達にアラケア様の足跡を探るよう命令が走ると、数十分もしない内にアラケア様が向かわれたと思われる場所が明らかとなったのだ。


「構わん。アラケアは我が友、しかも皆既日食を前にしてあの男を失うことは国の存亡にも関わる一大事だ。今、何よりも優先されるべきはアラケアの無事の確認と万が一のことが起きていた際、一刻も早く助け出すことなのだからな」


 ガイラン陛下は私達の先頭に立って、アラケア様が向かわれた可能性が高いダルリカ砦跡へと馬を駆って走らせていた。

 私達は皆、深刻な顔をして押し黙って走り進んでいたが、しばらくして目的地となる古の砦跡が視界に入ってきた。

 と同時に砦跡から白い光の柱のようなものが、天に向かって伸びているのに気付いた。


「光だと? なんだ、あれは。行ってみるぞ」


 陛下に続き、私とヴァイツ兄は光の発生源となっている場所を目指して進んでいった。

 すると……そこにいたのはアラケア様だった。

 しかも酷い負傷をされている。手足があらぬ方向に曲がり、その痛ましさに思わず目を逸らしそうになってしまった。

 しかしその気持ちを跳ね除けて、私はアラケア様に駆け寄ると脈を確認してみた。

 すると心臓の鼓動が弱いながらも、止まっておらず脈も脈打っていた。


「……い、生きておられる。脈が弱々しいけれどまだアラケア様は死んではいません! 陛下、急いでアラケア様を王都まで運びましょう!」


「ああ、勿論だ。だが、何という痛ましい戦傷だ。屈強なアラケアの肉体をここまで破壊するとは相手は余程の化け物だったのだろうな。それにアラケアが放つこの光は……いや、今はそんなことはいい」


 陛下はマントを脱ぐと、アラケア様の出血を止めるべく千切って止血を行った。

 青いマントがみるみる内に血を吸いこんで、黒ずんだ色へと染まっていく。

 かなりの量の出血だ。一刻も本格的な治療が必要なのは明らかだった。

 そして次第にアラケア様が放つ光もまた、弱々しく小さくなっていった。


「これでいいだろう。だが、応急処置はしたが、一刻も早く医者に見せねばな。よし、馬に乗せて運ぶぞ」


「手伝います、陛下」


 陛下と私達は地面に落ちていたルーンアックスとアラケア様を担ぎ上げ、陛下の馬に乗せると、自分達もそれぞれの馬に跨り馬を走らせた。

 息があるとはいえ、いつまで持つか分からない。

 私達はアラケア様の命が繋がってくれることを祈りながら、王都へと向かった。


「私はお前の生命力を信じるぞ。お前はこんな所で無意味に死ぬ男ではない。乗り越えてみせろ、アラケア。お前を倒したのが誰かは知らんが、一度、躓いた程度で挫折するお前ではあるまい。更なる高みを目指すのだ」


 王都に向かうまでずっとアラケア様の体は弱々しく光が包んでいた。

 これが何なのか分からなかったが、どこか暖かく邪なものではないのは感じ取れた。

 もしかするとアラケア様に流れる妖精種族の血が、極限状態のアラケア様を守るために、引き起こしているのかもしれない。


 王都に到着した私達は、大勢の兵士達と待機していた医師達によって迎え入れられ、即座にアラケア様は担架によって医療施設へと運ばれていった。


「無事に助かってくれることを願うばかりだね。けど皆既日食までそう日がない。あれだけの重傷じゃその時に戦えるまで快復するかどうか……」


 ヴァイツ兄が心配そうな顔で運ばれていくアラケア様を見送っている。

 私も内心は不安で一杯だったが、どこか大丈夫だという確信もあった。

 以前、陛下に深手を負わされた時も、瞬く間に完治してみせたのを私は知っていたからだ。

 

「アラケア様ならきっと大丈夫よ。あの方は私達のような常人の物差しで測れるような方じゃない。どんな苦境をも乗り越えてきたことは私達、黒騎士隊が一番よく間近で見てきて分かってるじゃない」


「うん、そうだね。アラケアだったら……今回も」


 陛下が自らを囲む兵士達に次々と指示を出している。

 そして兵士達はそれぞれ持ち場へと戻っていき、陛下と私達だけが残された。


「さて、皆既日食が終わった後の予定も出来てしまったようだ。アラケアをやった直接の犯人は分からないが、背後にいるのは隣国のギア王国で間違いあるまい。我が国を馬鹿にした者は死んでもらわねばならん。我が剣と正義の名の下に奴らを壊滅にまで追い込んでくれる」


 陛下はそう言うと、つかつかと王城までの道をお一人だけで歩いていったが、その後ろ姿からは鬼気迫るオーラのようなものが立ち昇っていた。

 陛下はこの世のあらゆる武術を高度な次元で習得していると言う。

 当然、アラケア様の気を操る技術でさえも。

 私は陛下が本気で戦う様を想像し、思わず身震いするとその後ろ姿を見送った。


「私達もアラケア様の看病に向かいましょう、ヴァイツ兄。役に立てることは少ないかもしれないけど、このままじっとなんてしていられないわ」


 だが、私の言葉にヴァイツ兄は暗い表情を見せた。

 気が進まないと言った顔で、何かを考え込んでいる。


「いや、看病はお前に任せるよ、ノルン。僕は……一から自分を鍛え直したいんだ。お前にも大きく差をつけられちゃったし、このまま皆既日食の日を迎えるのはやっぱり戦力になれる気がしない。だから僕は……その日まで猛特訓するよ。完全復帰したアラケアの隣で肩を並べて自信を持って戦えるくらいにはね」


「そう、感心ね。分かったわ、私はヴァイツ兄の考えを尊重する。特訓の成果、期待してるわよ」


 私はそう言うと、ヴァイツ兄に別れを告げてアラケア様が運ばれた病院へと向かっていったが、その間、ずっとヴァイツ兄は私を見送ってくれていた。


 皆既日食が始まるまで後、僅か一週間……。刻限は刻一刻と近づいている。

 私も何もせず、その日を待つ気はない。

 時がくれば駆け付けてくると言い残して去っていった暗殺者のギスタやその時まで自分を見つめ直そうとしているヴァイツ兄……。

 そして後のことまで見据えて、ギア王国との戦いを決意されたガイラン陛下に今も意識が戻らないまま、病院にて治療を受けているアラケア様。

 それぞれの思いと共に、一週間はあっという間に過ぎていった。

 そして……とうとう、私達はその日を迎えることになったのである。


 ――皆既日食の期間、その初日。

 太陽が凶星キャタズノアールによって、徐々に徐々に黒く覆い隠されていった。

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