第48話:だからこそ、人生ってのは面白いんだろうな



 学童保育のアルバイトが終わってから、準備をして現地集合。

 夜になり、朝陽達は河原でバーベキューを楽しんでいた。

 夕暮れの河原沿い、バーべーキュー用のグリルを囲んでお友達が集合している。

 思わぬ形で緋色との婚約発表することになった。


「この度、私、朝陽は緋色と結婚することになりました。えへへ。この村が私の居場所です。みんな、これからもよろしくねー」


 と、乾杯の挨拶をすると、


「改めて、おめでとー。アサちゃん」

「あの朝陽ちゃんが結婚か。たった数ヶ月でこんな事になるなんてね」

「……はいはい、おめでとうございます。早く、乾杯してください」


 猛と違って撫子は相変わらずの冷たい反応。

 

「もっと親戚として祝福して欲しいの」

「してますよ? はいはい」

「全然、態度にしてくれてないしっ。心にも思ってないでしょ」


 撫子に期待するのが間違いだった。


「じゃぁ、乾杯!」


 それぞれが缶ジュース、一部がビールの缶を持って乾杯する。

 楽しい場になるはずがさっそく緋色と沙羅が睨み合いを続けていた。


「全然、よくない! 朝陽が緋色と結婚するなんて認めません」

「まだ言うか。大体、お前なんかに認められることじゃないけどな」

「くっ。緋色が前の女と別れた理由を暴露してやる。他の子に手を出しまくって――」

「勝手に捏造するなぁ!? 浮気なんてしたことない」


 本人から一応は聞かされている。

 

――どの子も、彼の口の悪さに耐えられず、フラれたんだって。


 その辺は彼も反省してる模様。

 息を吐くように悪態つくのが緋色の悪い癖。

 

――浮気とかしてないのは安心したけど、口撃に耐えられるか心配デス。


 メンタル面に自信のないお嫁さんだった。


「もう酔ってるの? ちょっと、東堂君の管轄でしょう。沙羅を連れて行って」

「了解だ。沙羅、落ち着いて」

「慧斗、邪魔しないで。これは私とこいつの因縁なのよ!? あー」


 簡単に抱っこされて連れていかれてしまう。

 

「沙羅ちゃんの扱いが手馴れております」

「だてにあの子と付き合ってないよ。任せておけばいいの」


 微笑ましそうに弥子は彼らを見つめる。


「やだぁ、離して。け、慧斗のバカぁ。皆の前で恥ずかしいっ」

「これ以上、恥ずかしい思いをしたくないなら大人しくしておいてくれ」

「わ、分かったから離して下さい。あと、お肉とって。そろそろ、焼けた頃でしょ」


 彼女も東堂が相手では強く出られないのが現状だった。

 その様子を眺めながら弥子が苦笑いする。


「足のこともあるし、重荷に思われたくないのは分かるけど。どう見たって、あのふたりはお似合いじゃん。沙羅を扱えるのは東堂君だけなのに」

「……それでも、最後の決断するのは勇気がいるんだよ。きっと」

「素直じゃないだけよ。自分の心に聞けば答えは分かるのに」


 今後の人生、自分のすべてを支えてもらうための覚悟。

 

――それができていないんだって、沙羅ちゃんが言ってました。


 好きって想いだけではダメなこともある。


「単純に甘え方が下手なだけなのでは?」


 と、事情を察した撫子が呟く。

 あー、と弥子も納得しつつ、


「それもあるかな。プライドが邪魔してる所があるのかも」

「愛する人には思う存分に甘えていい。それが女の子だけに許された特権なんです」

「ふふっ。撫子ちゃんは良いことを言うねぇ。その通り」

「沙羅さんは臆病な所あるようです。ですが、その弱さは誰の心にもあるもの。それを乗り越えるのは彼女自身しかできませんから」


 一度失敗しているだけあって怖がってるんだろう。

 微妙な距離感で寄り添う二人。

 しっかりと支えてくれている東堂に任せるしかない。


「おい、お前ら。肉が焼け始めたぞ。さっさと食べていけ」

「はーい。緋色、野菜は? ピーマンとか玉ねぎとか」

「ホント、朝陽は野菜好きだな。ほら、こっちの奴が焼けてるから食べろ」

「ありがと。野菜大好き。お肉よりもこっちの方がいい」


 緋色にお皿へ野菜を入れてもらう。

 この村の野菜は特に美味しいので、朝陽は大好きだった。


「普段からお肉をあんまり食べないのに、成長するべきところはする。謎ですよね?」

「何度も言うけど、胸の大きさとお肉は関係ないと思うの。ナデも野菜食べる?」

「私も野菜は好きですが、せっかくなのでお肉をいただきます。あら兄さんは?」


 どうやら、猛は緋色に気に入られたようで、別のグリルで焼いているジビエのお肉を勧められていた。


「おい、猛。これを食え。鹿肉だぞ。都会じゃ食べられないだろ」


 香ばしい香りを放つ鹿肉の焼き肉。

 

――私はシカさんが可哀想で今でも食べられません。


 何度も進められているが断り続けている。


「初体験だな、ジビエって。クセとかあるんでしょう?」

「鹿肉が固いとか匂いがきついと思うのはイメージの問題だな。下処理さえしっかりすれば、柔らかくて美味いんだ。ほら、まずは食べて見ろ」

「ふふっ、兄さん。感想を期待していますよ」

 

 撫子が興味津々とばかりに猛を応援する。


「はいはい」


 彼はしょうがないと、おそるおそる鹿肉を食べ始めた。

 一口食べるなり、おやっとした顔をして、


「……あれ。案外、美味しいかも? クセがなくて、あっさりしてる感じ」

「だろ? 田舎じゃシカもイノシシも害獣だからな。適度に狩りをして、数を減らさないといけないんだ。ジビエは田舎の特産物だぜ」

「弥子ちゃんもジビエは普通に食べてるよね」

「うん。淡泊だけど、柔らかくて美味しいよ。イノシシはお鍋で食べたら美味しいし。シカは焼肉の方が私は好きかな。ジンギスカン風にして食べるの」

「う、うぅ。それでもやっぱりジビエはダメそう」


 人間、食わず嫌いというものがある。

 猛は気に入ったのか、普通のお肉よりもジビエを食べていた。


「撫子も食べてみるか? 意外と美味しいよ」

「そうですね。滅多にない機会なのでいただきましょうか。あーん」


 口を開ける彼女に猛は躊躇うことなく、食べさせてあげる。

 

――ホントに仲がいいよね、このふたりって……。


 昔から仲はいいが、恋人同士になってさらに甘くなった。


「……ん、なるほど。味は悪くありません。言われた意味が分かります。脂質が少ないので、カロリー的にもこちらの方が低そうですね」

「ナデは勇気があるね。私は未だにシカさんが食べられないのですよ」


 そう言うと、なぜか皆の視線が一斉にこちらを向く。


「な、なんですの?」

「いや、お前にジビエの良さを分からせようと思って」

「ハッ!? 緋色たちが私に無理やり食べさせようと企んでる!」

「よく気付いたな。ほら、食べさせてやるから口を開けろ。朝陽」


 緋色が鹿肉を箸で掴んで持ってくる。


「いーやー。普段、そんな甘ったるい行為を全然しないくせに」

「そんなことはないさ。彼女には優しい男だぞ、俺は」

「嘘だぁ!? こ、こういう意地悪な時だけ、やってくれるのはずるい。あの、ホントに苦手なんで、やーめーれー」


 嫌がる朝陽を皆が楽しそうに見つめていた。

 

「だ、誰も助けてくれません!? はむっ!?」


 ほぼ強引にシカ肉を食べさせられてしまうのだった。

 

――ぐすっ、ごめんね、シカさん。


 思ってたよりは美味しかったけど、二度目はないと思う朝陽であった。





 焼肉パーティーを終えると、皆で河原で花火をしていた。

 こういう風にワイワイと楽しむのは朝陽も好きだ。

 沙羅が花火を片手に持って、にこやかな笑みを浮かべる。


「緋色に向けて花火をしましょう。ふふっ、素敵なパーティーになるわぁ」

「ぜ、絶対ダメですッ! 人に向けてしちゃいけません」

「ちぇっ。アイツを潰すいいチャンスなのに……ひゃっ!? せ、背中が冷たっ」


 沙羅が暴れるのを真後ろの緋色が「自業自得だ」と睨んでいる。

 どうやら背中に氷を入れられたらしい。


「あ、アンタ、私の背中にジュースを冷やしてた氷を入れたわね!? 子供か!」

「人に向けて花火をしようと平然に言えるお前も子供だろうが!」

「つ、冷たい、自分じゃ取れない!? あぁ、朝陽。お願い、助けてー」


 慌てふためく彼女の服を軽く脱がせながら、背中に入った氷を取ってあげる。


「はい、氷とれたよ。大丈夫?」

「うぅ、冷たかった。弥子ぁ。没収した藁人形返して。本気でアイツを呪いたい」

「ダメです。人を呪えば穴二つ。ああいうのは自分にも返ってくるんだからねぇ」

「ちくしょー。緋色、覚えてなさい。いつかアンタに大きな仕返しをしてやるわ」

「言いながら逃げるな。おい、東堂。そいつを捕まえて、大人しくさせておけ」


 本当に緋色と沙羅は仲がよろしくない。

 

「喧嘩するほど仲が良いって言うのは嘘です」


 小さな花火の光が夜の河原に瞬く。

 手元でチカチカと輝く炎を見つめる。


「兄さん、花火なんて久しぶりです。懐かしい気がします」

「あぁ、こういう花火は家じゃあんまりしないからな」

「昔、姉さんが花火で火傷をしかけた事があったからですよね?」

「あれは姉ちゃんが悪いけどな。ああみえて、はしゃぐ時にはしゃぐタイプだし。花火を振り回してたらそりゃ、危ない目にもあうさ。花火は静かに楽しむものだろ」


 従兄妹達は雰囲気よく花火を楽しんでいる。

 いかにも雰囲気がラブラブで見てるこっちが気恥ずかしくなる。


「青春っぽい。……アイツら付き合ってるんだっけか」

「うん、そうだよ。義理の兄妹なんだって。前からラブラブだったけど」


 横に来た緋色が新しい花火を朝陽に手渡す。


「それにしても、大和撫子と大和猛なんて、名付けた親もすげぇよ」

「……朝に生まれたから朝陽の私よりは良いと思うの」


 なんて話をしていたら撫子が朝陽達に向かって、


「ですが、お二人が結婚すると、朝陽さんは『日暮朝陽』となりますよね?」

「はい、来年には日暮朝陽で年賀状を送りますよ」

「貴方は夕日なんですか、朝日なんですか? 面倒くさい名前になりそうです」

「な、何てことを言うんですか。ナデ!?」

「本当のことでしょう? 実は私の知り合いに朝霞夜空|(あさか よぞら)と言う子がいまして。その子も名前でよく弄られたのを思い出しました」


 ネタでいじられるのは辛い。


「わ、私もちょっとどうかと思ってたけど!」

「日暮朝陽。夕日と朝日か、面白い。子供は太陽って名前にすればいいんじゃない?」

「えー。猛君も全然、フォローしてくれてないし」

「いいんじゃないか、太陽。俺達に共通していると言う意味では候補かもしれん」

「緋色が変な方向で納得しちゃってる!?」


 あと、さり気に朝陽との間に子供も望んでてくれてる。

 

――嬉しいけど、問題はそこではないんです。はぁ。


 暗闇に光る花火が河原に反射する光景。

 楽しい時間があっという間に過ぎていく。


「結婚かぁ。私、結婚するんだよねぇ」


 朝陽はそんな言葉をポツリと漏らした。

 今さらながら結婚と言う二文字の重さを実感するのだった。


「いいじゃないですか。この縁を逃すとおそらく貴方は一生結婚できない事でしょ」

「ホント、ナデは言い辛い事をはっきり言う子だよね!」

「私だけではなく、大和家一同の総意だと思いますが?」

「うぇーん。こんなことを言ってますよ、緋色ー」


 朝陽は緋色に抱き付いて拗ねる。

 彼は笑いながら受け止めてくれる。

 

「あのー、緋色さん。こんなダメな従姉で本当によろしいんですか? 今ならまだ婚約破棄できますよ。よく考えて人生の決断をなされた方がいいのでは?」

「失礼を通り越して、私をバカにし過ぎだよぉ!?」

「落ち着け、朝陽。……まぁ、告ったのは俺だしな。責任は持たせてもらうさ。朝陽がここに住んでもいいって言ってくれたのが大きかったよ」


 緋色はいつもと違って軽くお酒が入ってご機嫌なのか饒舌だった。

 朝陽を後ろから抱きしめる格好をしながら、


「今、ここに集まってるメンバーだけどな。こいつがここに来るまで、バラバラだったんだ。それぞれ高校卒業後は集まる事なんてなかった。俺自身も含めてだけど、朝陽がひとつにまとめてくれたんだよ。俺達の今の形を作ってくれた」

「……そうなんですか?」

「こいつなりに頑張ってくれたおかげだよなぁ。特に沙羅とか。ボロボロになりながらも関係修復をしてくれた。そういう所に惹かれたし、好きになった」

「あ、あぅ。緋色がいつもよりも私を褒めまくってますよ」


 彼に褒められると顔が赤くなってしまう。


「朝陽が頑張ってくれたからこそ、俺達の運命を変えてくれた。バラバラに崩れた関係が元通りになったんだ。本当に感謝してるんだぜ」

「私も感謝だよ? ダメな私が人並みになれたのは皆のおかげです」

「人並み? 私から見ればまだまだ呆れるほどにダメなんですが」

「ナデはいろんな意味で私のことに厳しすぎるんですよ!」


 愛している人がいる。

 こんな温かい日常を過ごす事が出来る事の幸せ。

 朝陽は緋色の手を握りながら、その幸せをかみしめる。


「人って出会いが大切なんだって思うの。小さな頃に遊んでた皆との思い出があったから私はここに来たんだもん。あの日々がなかったら、今の私達はなかったんだから」

「そうだな。縁ってのは不思議なものだ」

「小さな頃の私達が想像できない現実が今あるんだもん」

「……だからこそ、人生ってのは面白いんだろうな」

 

 幼い日の記憶、全ては今に繋がっている。


――人生って日々の積み重ねでできているんだなぁ。


 そう改めて思わせてくれるのだった。

 

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