第46話:残り少ない幸せを楽しむといいわ



 ……。

 その頃、大和家では母である優子が自宅に帰ってきていた。

 そして、撫子と猛のいない家に置かれた手紙を読んでいた。


『親愛なる、お母様へ。夏休みを利用して、兄さんとラブラブなふたりだけの旅行をしてきます。お盆の家族旅行までには帰ります。無駄なので探さないでください』


 その手紙を読む優子の手が震える。


『なお、家のことは雅姉さんに任せているので、詳細は彼女に聞いてください。愛ゆえの逃避行、誰にもこの幸せな時間を邪魔させません。一日も早く、私達の愛を認めてもらえる日が来ることを望んでいます。貴方の愛しい娘である撫子より』


 手紙を読むなり、すぐさま雅を呼び出していた。


「雅、これはどういうことなの!?」

「お母さん。家に帰ってくるの早すぎない? 確か、来週くらいって言ってなかった? バレるのが早すぎてびっくりしたわ」


 今朝出て行ったばかりで、速攻で気づかれるとは思わなかった。


「最近の撫子が挑発的だからお説教をしようと思っていたら、こんな真似を……。これはいつのこと? いつ出て行ったの?」

「今朝です。一足違いだったねぇ」

「何が愛の逃避行よ! 許せないわ」

「ただの旅行よ、旅行。家出じゃないし、二週間程度で帰って来ます」

「あぁ、もうっ。ホントにあの子は!!」


 怒りに震えてヒステリックに叫ぶ。

 まぁまぁ、となだめる雅に掴みかかりそうな勢いだ。


「お母さんがそこまで怒るのも珍しい」


 撫子には厳しい母だが普段は温厚な方である。

 その母を怒らせる撫子の行動。

 雅は「妹の我が侭には困った」と怒りの矛先を向けられていることに苦笑いする。


「旅行ってどこにいったの。電話は着信拒否にされて、全然、連絡もつかないわ」

「いつもながら、撫子の行動力には私も驚くね。我が妹はすごい子です」

「ねぇ、教えなさいっ。あの子達はどこへ行ったの!?」

「お、落ち着いて。あんまり騒ぐとお腹の子に悪いよ?」


 雅は母親を落ち着かせて、その膨らんだお腹に話しかける。


「お腹の赤ちゃんがびっくりしちゃうでしょう? ねぇ、未来の私の家族ちゃん」

「……うぅ、私だって怒りたくないわよ。でも、これはひどくない?」

「お母さんは何でも反対しすぎなの。旅行先は大和家所有の別荘よ」

「どこの?」

「さぁ、それは教えられませ……きゃー。ふ、服を引っ張らないで!?」


 八つ当たりされる雅が可哀想だった。

 かろうじて、冷静さを取り戻し、優子は大きなため息をつく。


「娘の育て方を完全に間違えたわ。私の人生で一番の失態かもしれない」

「あの子達の恋愛を止められてると本気で思ってるワケ? 猛だって、こうと決めたら真っ直ぐだし、撫子も一途な愛を曲げられない。彼らの愛は止まらないから」

「世間的に兄妹の恋愛がタブーなのは事実でしょう」


 彼女にとって望むのは子供たちの幸せだ。

 間違いを犯すような道に踏み入れてほしくない。


「二人は実の兄妹じゃないんだからいいじゃない」

「よくない。漫画の世界でもないんだから。現実的に義理の兄妹が結婚するなんてことは滅多にないわ。ふたりは幸せになれない」

「でも、あの子達は愛を貫き続けてるし、これからもそう続けていく」


 理解のある雅のフォローを受け止めない。

 頑なに兄妹の恋愛を拒む優子はため息をつきながら、


「私があの子たちの育て方を間違えたのはしょうがない。それを修正するためにも、あの子達には現実と言うものを教えてあげないといけないわ」

「お母さん? 現実って、どういう意味?」

「現実は現実よ」


 優子は意味深になぜか口元に不気味な笑みを浮かべ始めた。


「撫子。そんなに私を本気にさせたいのならいいわ」


 それはある覚悟を決めた顔だった。


「もう甘さは捨てましょう。私も本気で貴方に対抗してあげる。親を怒らせると言う事がどういう事なのか、教えてあげなくちゃ」

「お、お母さん……今、ものすごく悪役の顔をしてるよ?」


 母親のあまりの悪役顔にドン引きする娘だった。

 そんな雅をよそに、優子は娘への静かな怒りを胸に秘め、


「まったく、撫子は私をナメすぎて、侮ってるわ。私が大事な子供たちのためならどんな真似でもすると言うことをあの子はまだ知らないのねぇ」

「……あ、あわわ。やばい、お母さんが本気の目をしている!?」

「そちらがそう言う手で来るならば、私も私のできる手を打つだけのことよ。そう、母を甘く見るとどういう目に合うのか、思い知らせてあげるわぁ」


 淡雪と血の繋がりのある、意地の悪い性格を表に出す優子だった。

 彼女の時折見せる小悪魔っぷりは間違いなく母譲りである。


「どんな愛情がふたりの間にあったとしても、ひねりつぶしてあげる。現実を直視させて、考え直させるのが親の務め。それが親が子を想う愛だもの」

「あ、愛は普通が一番ですよ? ねぇ? 聞いてます?」


 優子の企みとは何なのか、撫子たちに静かに危機が迫りつつある。


「この夏が終わる頃までせいぜい、残り少ない幸せを楽しむといいわ。うふふ」


 愛の逃避行が招いてしまった優子の本気。

 そのことを旅行中の撫子達はまだ知る由もなかった――。

 

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