第45話:あとで自慢の彼氏を紹介するね
食事を終えて片づけをしていると、
「……ところで、朝陽さん」
「何ですの?」
「気になっていました。貴方の指に見慣れないものがついてるんですけども」
「ん? あぁ、これのことかな?」
よく気づいてくれましたとばかりに、
「ふふふ。聞いてくれるのを待ってました」
朝陽は自慢げに撫子たちに左手の薬指につけてある指輪を見せる。
「じゃーん。婚約指輪です」
そう、それは緋色からもらった指輪だ。
ちゃんと朝陽のために買ってくれたものである。
『お前の両親に挨拶もしてないのに、指輪を買うのって気が早くないか』
『これは私達の愛の証だもん。婚約指輪、素敵~』
『まぁ、朝陽が喜ぶならそれでいいんだが……』
結婚については奈保からは大いに喜ばれ歓迎された。
特に反対される理由もなかった。
「そのうち、結婚指輪も買ってるくれるんだって。うふふ」
ただし、緋色が朝陽の両親に挨拶に行ってくれた後の話である。
問題があるとしたら彼女側である。
――そうです、まだ、結婚の事実を家族の誰にも伝えてないんです。
大和家の中では誰も知らず。
連絡しようと思い悩んでいる最中なのであった。
「はぁ、あのですね。指輪をつけるのはいいですが、薬指につけるのはいかがなものかと。指輪の意味を変に誤解されてしまいますよ」
「誤解じゃないデス。そんな寂しいOLさんみたいな真似はしません」
「では、本物だと? 貴方に彼氏なんているはずが……」
「付き合ってる彼氏がいるの。この前、結婚しようってプロポーズされたんだぁ」
朝陽は指輪を見せつけながら、幸せいっぱいの笑顔で答える。
「じょ、冗談でしょう? 貴方みたいな社会に甘えてばかりのダメダメお嬢様が結婚などできるはずがないんです。大体、彼氏なんてそんなの百年早いでしょう」
「にゃー、失礼な!?」
「何を夢見がちな乙女な妄想をしてるんですか。どうせ、自分のお小遣いで買ったとか、そういうオチでしょう。怒らないから正直に言ってごらんなさい。さぁ、早く。この私に嘘をつくのは許しませんよ」
相変わらず悪口ばかり言う子である。
「嘘じゃないもん。ホントだもん」
一向に信じてくれない撫子だった。
しばらくして、彼女は指輪を触りながら本物だと認めてくてたようで、
「そんなバカな……朝陽さんが結婚?」
「そーです」
「ま、まさかお腹の中には赤ちゃんとか?」
「んー、赤ちゃんはいません。でも、いつかは可愛い赤ちゃんが欲しいなぁ」
「に、兄さん。どうしましょう。日本沈没の大危機が迫ってます」
危機感を抱いて真顔で言い切る。
「この大和朝陽という大和家の中でもダメすぎる子が従兄妹の中で一番早く結婚するなんて。日本に天変地異がいつ訪れてもおかしくない。どうしてくれるんですか」
「そこまで言われると、もう私は泣いてもいいと思うの。さすがにダメダメ連呼されると私だって傷つくんですよ」
「……は、はぁ。兄さん、私はショックで倒れそうです」
「撫子は素直に祝福できないのか。俺も驚いたけど。朝陽ちゃん、結婚おめでとう」
「えへへ、ありがとう」
なお、結婚の事実を教えた沙羅も撫子と似たような反応をされた。
『弥子っ。アンタの神社のご神木に五寸釘でも打って、緋色に呪いをかけて!』
『う、うちの神社で物騒な真似をしないで!? 一応、うちは縁結びの神社です』
『可愛い朝陽を緋色なんかに取られたぁ! 私の朝陽がぁ……うわぁあーん』
ショックのあまり数日間、拗ねて寝込んでしまった沙羅である。
――弥子ちゃんからは祝福されたけども沙羅ちゃんは未だに認めてもくれていない。
というか、緋色を見かける度にその命を狙っている。
――私の婚約話で、沙羅ちゃんと緋色の仲がこれまでで一番悪化中なのです。
そのうち、何とかなることを期待している。
「あとで自慢の彼氏を紹介するね」
「……親戚としてご挨拶くらいはしておきましょう。ですが、ショックがあまりにも大きすぎて。こんなダメな人間でも結婚してくれる相手がいるんですね」
彼女は「世の中は広い」と失礼な事を言って驚いていた。
「うぅ、逆の立場ならそうかもしれないけどさぁ」
「あれでしょう。どうせ、貴方の無駄に大きい胸が好きだと言われたんでしょう」
「違いますぅ。私のこと、ちゃんと愛してくれてるのですよ」
「……に、兄さん。私達も今すぐ結婚しましょう」
「しません。撫子も朝陽ちゃんに張り合わず、少しは祝福してあげて」
「しゅ、祝福なんてしません。この人に負けた気がしますから。ふんっ」
目の前の現実を受け止められず、彼女はいじけ続けていた。
「はぁ、なんてことでしょう。朝陽さんが結婚なんてありえるんですか」
「そんなに落ち込まなくても。ナデもいつかいい人が見つかるよ?」
「私の良い人は兄さんです。そうです、私達も付き合い始めてるんですよ」
「……ん? 何言ってるの、ナデ? さすがに兄妹同士は結婚できないし」
それくらい知ってます。
この二人がラブラブな兄妹なのには親戚一同、周知の事実だけども。
「さすがに兄妹が付き合うのは無理じゃん」
「貴方は知らないだけで、実は私と兄さんは血の繋がりのない義理の兄妹なんです」
「え、えー!? そんな重大な真実、初耳なんですけど!?」
「一応、大和家の親戚はほとんど知ってる事らしい。俺のために黙っていてくれただけで、乙姫さんも知ってたと言ってたし」
「貴方はバカだから教えてないって乙姫さんが言ってましたね」
「ガーンっ!? さり気に私って親戚からハブにされてない?」
親戚中で自分だけ知らなかった事実。
――大和家の親戚の中に私も入れてください、仲間はずれしないで。
親族いわく、『秘密なのに、朝陽だとうっかりしゃべりそう』とのこと。
――失礼すぎるよ、私をもう少し信じてくれてもいいんです。
口走る可能性はゼロではないので、否定はできないが。
「恋人同士として付き合い始めています。それで、この旅行を計画していたんですが……なぜに貴方がここにいるんですか」
「話がまたそこに戻った!? もういいじゃん!」
「そうでした、私達の結婚もそろそろ兄さんが考えてくれるはず」
「まだ考えません。俺達は学生だってば……」
こういう時、猛はすごく冷静だ。
ちゃんと恋に浮かれる撫子をなだめる。
――お兄さんとしても、恋人としても、しっかりした男の子って素敵です。
ただし、優柔不断な性格は問題がある。
「猛君がしっかりしているからナデも安心だね。恋に浮かれて暴走するタイプだとどちらも、ダメになっちゃいそうなのに」
「……いえ、兄さんはただのヘタレなだけですから」
「違います! 撫子の事は好きだけど、それとこれとは話が別だ」
「話をそうやってそらして……んぅっ」
ふいに猛は撫子の頭を撫でて可愛がる。
「この程度でご機嫌を直すと思われるのも困りますね。もっとしてください」
「うっとりした顔で言っても説得力がないよ、ナデ」
頭を優しく撫でられるだけでご機嫌が戻る。
「ホントにお似合いなくらいラブラブだねぇ。でも、義理の兄妹でよかったね? 本物の兄妹だったら悲恋で終わったのに」
「終わりませんよ。私達は例え、血の繋がった兄妹でも愛を貫く所存です。世界を敵に回しても恋を続ける覚悟がありました」
「……す、すごい覚悟だ」
朝陽には真似できない覚悟をお持ちの撫子でした。
「まぁ、今の私達の敵と言えるのはお母様だけどなのですけど」
「おばさん? 喧嘩してるの?」
「戦争です。あの人、さっさと諦めてくれませんかねぇ。私達が幸せになるために恋愛を認めてもらいたいものです」
喧嘩どころか戦争と言い切る。
その横顔はどこか不満そうであり、寂しそうにも見えたのだった――。
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