第23話:大和朝陽、本気で行きます




 それは子供の頃、彼女達と遊んでいた時の記憶。


「じゃーん。朝陽、これなんだ?」

「なぁに、沙羅ちゃん?」


 手作りのブレスレットを手に沙羅が笑みを浮かべている。

 それは女の子らしく、可愛らしいブレスレット。


「知り合いのお姉ちゃんに教えてもらって作ったの」

「うわぁ、可愛い」

「でしょ。これ、朝陽にプレゼントしてあげる」

「いいの?」


 手渡された可愛らしいブレスレット。

 彼女の手にも同じものがつけられている。


「もしかして、お揃い?」

「当然じゃない。これは友達の証。私達、親友でしょ」

「親友?」

「そう。いつだって心の底から思いあえる大事な友達の事よ」


 親友という言葉を人生で初めて使ってもらえた。

 それが朝陽にとって一番嬉しい言葉だった。


「えへへ、沙羅ちゃんは私にとって一番大事な親友だよ」

「ホントにそう思ってくれている?」

「うんっ。だって大好きだもん」

「私も好きよ。可愛い朝陽のことが大切なの」


 思わず彼女に抱き付いて親愛の情を表現する。

 姉のように優しくて、傍にいてくれると落ち着ける。

 大好きな友達、それが沙羅だった。

 ずっと、こんな関係が続いていくのだと思っていた。

 大切な親友として慕っていた。

 だけど。


『朝陽。私はもう二度と貴方に会いたくないの』


 そんな彼女と仲違いしている現状が今の朝陽達だ。

 

――私に何ができるのかな?

 

 どうすれば、仲直りできるのか。

 悩みながらも、前に進むしかない。





 昔懐かしい夢を見た。

 朝陽はいつもよりも早く目が覚めていた。

 お布団から起き上がり、朝焼けに包まれる光景を窓から眺める。


「こんな風に目覚めの良い朝は久しぶりかも」


 何もできないダメでどうしようもない朝陽からは脱却するべきだ。

 

――まず、早起きするところから始めます。


 地味な事だけど最初の一歩は大事だ。


「……本気でぶつからなきゃ、ダメなんだよね」


 大好きな友達のためなら、傷つく事もいとわない。

 また泣かされるかもしれない。

 それでも諦めたくないから、頑張るしかない。

 朝陽はかつて沙羅からもらったブレスレットを握りしめる。


「昔の私達みたいな関係に戻れるとは限らないけど」


 このまま喧嘩した状態で別れてしまうのだけは嫌だから。


「――大和朝陽、本気で行きます」


 輝かしい朝陽に向けて宣言。

 今日は真正面から想いをぶつけてみようと思っていた。





 お昼過ぎのことである。

 

「……やってきました。ここが沙羅ちゃんの実家なんだ」


 昔の記憶を頼りに道を歩いて数十分。

 正直に言えば、迷子になりました。

 素直に誰かに聞けばよかったと後悔しつつ、迷いに迷ってたどりついた。


「危うくまた山道に行きそうになりました。あの山は私を誘ってる気がする」


 遠目に山を睨みながら彼女はため息をつく。


――森の熊さん、私を待ってるのでは?


 待たないでもらいたい。

 少しアクシデントはあったけども、無事に目的地に到着。

 それは一軒の旅館だった。


「広いなぁ、大きいなぁ。立派な旅館じゃないですか」


 この村ではそれなりに大きい規模の旅館らしい。

 温泉街の一角にその旅館はあった。

 そもそも、歩いてた方向が全然違ってたのは内緒の話だ。


「ホントだったら沙羅ちゃんはここの女将さんになりたかったんだよね」


 かつて夢だと言っていた記憶を思い出しながら朝陽は中へと足を踏み入れる。


「こんにちはー」


 誰かいないかと、声をかける。

 すると、中から中学生くらいの若い女の子が出てきた。


「はい。お待たせしました。えっと、お客さまですか?」

「お客じゃなくて、私は……」

「……もしかして、大和さん?」

「え? う、うん。そうだけど?」


 彼女は「やっぱりそうなんですか」と安心したように、


「お姉ちゃんの友達ですよね。大和朝陽さん」

「そうだよ」

「昔から仲が良かった人だって聞いてます」

「でも、どうして私だって分かったの?」

「弥子さんから今、この町に昔の友達が来てるって話を聞いたんです。子供の頃にお姉ちゃんが特別仲良くしていた子だって」


 優しく微笑む少女の名前は心春|(こはる)という。

 沙羅の妹で中学二年生。

 一応、小さな頃に何度か会ってるんだけど、お互いに顔は覚えていなかった。

 

「姉の友達、友達の妹……そう言う関係ならしょうがないよね」

「お姉ちゃんに会いに来てくれたんですか?」

「会ってお話したいことがあってきたの」

「ありがとうございます。わざわざお姉ちゃんに会いに来てくれるなんて……あっ、立ち話もなんですし、中にどうぞ」

「いいの?」

「はい。今の時間帯はお客さんも外に出かけている事が多いので大丈夫です」


 大抵の観光客は皆、温泉街の方へ行っている。

 

「そうだよね、普通は旅館は寝泊まりするための場所だもの」

「温泉街ですから。旅館の温泉も立派ですが外湯もいろいろとあります」

「温泉卵、食べたよ。美味しかった」

「……大和さん。可愛い方ですね」

「そう?」

「とても純粋なんだと思います。ふふっ」


 年下の少女に可愛いと言われても困る。


――私はどうせ、お子様ですよ。


 年齢に精神年齢が追い付いていないとよく言われて凹んでいる。


「それにしても中もすごく広いね。迷子になりそう」


 静かな旅館の中を歩いて行くと、中庭が見えてくる。

 手入れのされた日本庭園。

 庭の中心には大きな池が一面に広がっている。


「うわぁ、綺麗なお庭。しかも広い池まである。鯉さんとかいる?」

「いますよ。この旅館の自慢のお庭なんです。お祖父ちゃんが手入れしています」

「へぇ。そういえば、小春ちゃんは春休み中なの?」

「はい。春休みと言っても女将修行ばかりで大変なんです」


 少し苦笑い気味に彼女は言う。

 

――そうだ、今はこの子が次期女将なんだっけ。

 

 沙羅が足を怪我して以来、代わりに跡継ぎになった。

 そこに複雑な感情は当然のようにあるだろう。


「沙羅ちゃんの代わりに?」

「誰かがこの旅館の跡を継がないとダメですし。私から志願しました」

「……女将さん、本当は沙羅ちゃんがなりたかったんだけどな」

「はい。私もそうなるものだと思っていました。だけど、あんな事があって……」


 あの事故以来、沙羅は心を閉ざすようになってしまった。

 ただ、妹の心春にだけは本音を漏らすこともあるみたいだ。


――もがいてるんだよね。どうしようもない現実に、立ち向かえなくて。


 辛く苦しんでいる姿を何とかしてあげたいと彼女も思っている。

 

「こんな風になるなんて思いもしていませんでした」


 廊下を歩く心春の横顔は姉を心配する妹の顔だった。


「お姉ちゃんも苦しんでいるんです。事故の後遺症で足が満足に動かないことが悔しくて。自分のしたいこともできなくて。みんなに心を閉ざしてしまってます」

「何とかしてあげたいよね」

「えぇ、私達にはできなかったことを朝陽さんならできるかもしれません」

「そうかな、自信はないけど頑張ります」


 小春は「ふふっ」と小さく笑うのだった。


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