第17話:こうしてると何だか安心できるんだもんっ
「いい加減、泣き止めっての」
「ぐすっ」
泣き疲れるほどに、瞳から涙が零れ落ちた。
ようやく泣き止んでくれたことに彼はホッとしつつ、
「これだからお嬢は面倒くさい」
そう言いってハンカチで乱暴に朝陽の顔をぬぐう。
「いひゃい。もう少し優しくしてよ」
「うっさい。お前が泣き止まない方が悪い」
「だって……沙羅ちゃんが」
「アイツの事なら忘れろ」
「できるわけないじゃん」
彼に抱き付きながら朝陽は拗ねてしまう。
――沙羅ちゃんに嫌われちゃったよ。
心にできた傷はそう簡単には癒せない。
ようやく落ち着いてきて、朝陽はそのハンカチを手に涙をぬぐう。
「誰にだって触れて欲しくない物ってのはあるものだ」
「え?」
「今のアイツには誰の言葉も届きゃしねぇよ」
「それは沙羅ちゃんのためにはよくない」
「お前に何ができる?」
「分からないよ。でも、何とかしたいって思うのはダメ?」
「また痛い目見るぞ。アイツに嫌われて泣くはめにあと何度なるつもりだ?」
彼は朝陽の事を心配してくれている様子だった。
彼ら幼馴染だって沙羅に対してこれまで何とかしようとしてきたに違いない。
それでも言葉は届かず、想いは途切れて。
今みたいな状況になってしまっているのだとしたら。
「誰もかれもがお前みたいなお子様だったらよかったのにな」
「失礼な。もうすっかりと大人のレディですよ」
「どこかだよ。お子様のままだろ。見た目は変わっても中身は子供のままだ」
「ぐ、ぐぬぬ」
「拗ねてるところがお子様なんだよ」
そう悪態つきながらも緋色の横顔はどこか穏やかだ。
「……昔のまま、私だけ成長してない感じ」
「何の変化もなく生きてきたんだろ。それはそれでいいんじゃないか」
「褒めてる?」
「半分くらい。あとはバカにしてる」
「はっきりと口にされるとこんなダメな私でも傷つきます」
でも、そうなんだろう。
朝陽は彼らと違って、大きく変化する出来事がこの六年の間になかった。
ただ普通に毎日を過ごし、大学受験に失敗して。
そんな日常を送っていたからこそ、昔とほとんど変わらずにいる。
彼らは自分や周囲が大きく変化して今みたいな感じになってしまった。
誰が悪いわけでもなく、誰かのせいでもなく。
否応なしに変わらざるを得なかったんだろう。
そんな想像しか朝陽にはできない。
「……私は諦めないよ。せめて、沙羅ちゃんと仲直りしてから帰るつもりだもん」
「そうかい。ならもう止めない。けどな、お嬢」
「ん? なに、緋色?」
「そう言うセリフは俺の腕から手を離してから言えや」
すっかりとその腕に抱き付いて離せないでいる。
触れていると心地よさと安心感がある。
「やだよー。離しません」
「おい、こら。離しやがれ」
「ふふっ。こうしてると何だか安心できるんだもんっ」
緋色に甘えると昔みたいな懐かしさを覚える。
あの頃みたいに朝陽は接していたい気持ちになった。
「緋色って意外と優しい。そういう所は昔のままだよ」
「は?」
「あの頃の緋色も意地悪されたけど、怪我したりした時とかは優しかったよね」
怪我をして彼に背負われた日の事を思い出す。
彼もあの日の記憶があったのかちょっと照れくさそうにする。
「やめいっ。昔の話はいいって」
「照れてる?」
「にやつくんじゃねぇよ。ったく、お嬢のくせに調子に乗りやがって……」
強引に引き離すことはせず、緋色はそのまま歩き始める。
「ま、待ってよ」
その手を握ったまま、朝陽も彼の後をついて歩き始める。
「お前のせいで俺の貴重な休憩時間が終わった。店に戻る」
「そういえばお店の経営は順調?」
「それなりに。創意工夫により親父の代よりも儲けは出てるらしい。母親談」
「やるね、緋色」
「ただ、コーヒーの味はまだまだだって常連客には言われてるけどな」
緋色の父は数年前に亡くなっている。
――お父さんを超えたいというのは当面の目標だったりするのかな?
いきなり家族が亡くなるのはとても辛いことだ。
春の桜並木の下を木漏れ日を感じながら歩く。
「私、何気にこの時期の村に来たのって初めてかも。こんなに桜が綺麗なんだ」
「お嬢が来るのはいつも夏休みだったからな。この辺は他よりも温かいから桜の開花も早い方だ。春になると桜は綺麗だが夏頃に通ると悲惨だぜ」
「……確かに。でも、子供の頃はここでもよく遊んだよねぇ」
この小川沿いは涼しくて、たくさん遊んだ記憶がある。
泳げるほどではないけども、足をつけるくらいなら十分だ。
緋色や沙羅達と楽しく過ごした日々を思い出す。
願わくば、あのセピア色の思い出を再び取り戻したい。
「桜が満開になったら、みんなでお花見したいな」
「……無理だろ」
「なんで?」
「お嬢の言う“みんな”の中に沙羅が入ってるからだよ」
心を閉ざしてしまった友達を救いたい。
そのためになら朝陽は頑張ってみたいって思ってる。
「無理じゃないよ。頑張るもん」
「それでまた泣かされても俺は知らん」
「えー。また慰めてくれるんじゃないの?」
「無謀な事に挑戦するバカを何度も慰める気はないね」
肩をすくめる緋色はそう呟いた。
「ば、バカとか言わないでよぉ。事実なので傷つきます」
「認めるのかよ」
「なので、優しくしてください」
「面倒くさい」
そう言いつつも、繋いだ手からは優しい温もりが伝わる。
緋色は口がとても悪い方だ。
罵詈雑言、ここまで朝陽も凹まされてまくってきた。
だけど。
――緋色の心の奥底にある優しい気持ちは別のもの。
緋色は素直じゃないだけで、とても優しい一面があるのを朝陽は知っている。
それは昔から変わっていなかった――。
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