第13話:私に彼氏なんてできるわけないもん
「へぇ、ここが緋色のお店なんだ?」
弥子に案内されて初めての来店。
店内にはお客さんが何人もいて、パンを食べている。
美味しいパンとコーヒー、朝食セットとしても最適だ。
「ここって、お持ち込みオッケーなんだ?」
「お隣のパン屋さん限定でね」
「そうなの?」
「隣のお店、私達の先輩のお店なの。あちらでパンを買って、こっちでコーヒーと一緒にお店で食べる。それが朝の定番。どちらも売り上げに繋がるでしょ」
「よくあるイートインスペースみたいな感じだね」
「この村じゃ他にないけどねぇ。テレビでしかみたことない」
理由は単純で、緋色のお店で朝食用にパンを用意する必要もない。
どちらのお店にもメリットがある。
いろいろとお店の売り上げのために考えてるようだ。
「窓際の席、空いてるじゃない。緋色君、ここに座るねぇ」
「帰れよ、お前ら」
「やだよー。私達、お客だよ。緋色君、そんなこと言っていいのかしら」
「黙れ、巫女妻。お子様と一緒に帰れ」
「お、お子様じゃないですぅ」
「うるせっ。そもそも、弥子はコーヒーを飲まないだろ」
座席に座る朝陽達を邪けんにする緋色に、
「放っておいていいからね」
一瞥するだけの弥子は慣れた様子だ。
――さすが幼馴染、彼の扱いも見事です。
あの緋色も弥子には強気に出られずといった様子だ。
「ついでに幼馴染として、一言忠告。緋色君は口の悪さを直したほうがいいよ。そんなのだからすぐに彼女ができても別れるんだよぉ」
「うるさい。余計なお世話だっての」
「えー。図星なの、緋色? 女の子の扱いが下手なんだねぇ」
「お嬢は黙ってろ。都会の人間が座ると空気が淀む。さっさと出ていけ」
「い、言い方! 私には有無を言わさない程に扱いがひどいんですけど!?」
朝陽は不貞腐れながら、
「ホントなの、弥子ちゃん?」
「そうだよ。見た目はいいから、モテる事はモテるけど、付き合い始めてもすぐにフラれるの。口の悪さをどうにかしないと本命できてもダメっぽい」
「……緋色。自業自得だけど、可哀想」
「お嬢にだけは同情されたかねぇよ。どうせ、お前に彼氏なんていないだろ」
そう言う決めつけは良くないと思う。
むぅっと朝陽は唇を膨らませながら、
「そんなことないよ! 私、彼氏のひとりやふたりくらい」
「いたことないだろ。いるはずがない、断言できるな」
「……ぐすっ。はい、そうです。彼氏なんていたことないです」
はっきりと断言されてしまうのが悲しい。
緋色の“やっぱりな”って言う顔に反論できない。
肩を落としてがっくりとうなだれて「嘘すらつけません」と泣きそうになる。
「こらぁ。そうやって、アサちゃんをイジメるなぁ」
「イジメてねぇし。こんなダメっぽい女に彼氏なんてできるかよ」
「女の子はダメな方が可愛いってよく言うじゃない」
「ホントのダメ女はただムカつくだけなんだよ。お前はただのダメ女だよ」
「……!」
朝陽は暴言にひどく傷つく。
――ひ、ひどいっ、ひどすぎる!
そこまで面と向かって言うのは乙姫ですらしないのに。
彼女はショックのあまり、テーブル席にうなだれる。
涙目になりながら、心に深い傷を負ってしまう。
「ふ、ふふふ。どうせ、私はダメダメですよ」
「なんだ?」
「お姉ちゃんからこの先の人生どうするのって嘆き悲しまれてしまった上に、将来の事で家族会議されるくらいにダメ女です。グダグダです」
「お、おーい、アサちゃん?」
「私に彼氏なんてできるわけないもん。高校時代は男子に三回しか話しかけられたこともない。しかも、その三回も『大和朝陽のおっぱいって何カップ?』とかそんなつまらない事だったし! 私の価値はこの大きい胸だけですか」
自分の胸元を押さえながら朝陽は微苦笑する。
面と向かって言われると恥ずかしいやら悲しいやら、辛い気持ちになった。
男の子ってそういうものだと諦めた。
「恋愛なんて私の人生にはないのかもしれないね」
人生に悲観的なものしか感じられない。
「私が結婚する日は来るんでしょうか。否、そんな日なんて来ませんよ」
このまま寂しく、潰えていく日々を過ごすだけの毎日です。
本気で凹んでる姿を見たふたりはこそこそと小声で、
「どーするのよ。アサちゃん、マジで泣きそうなんだけど」
「お、俺のせいじゃねぇし」
「アンタのせいでしょ。いじめすぎ」
「ったく、このお嬢は昔から拗ねてると厄介なんだよな」
「何とかしなさい、緋色君。これはそっちの責任だからね」
「……面倒事ばかり俺に押し付けやがる。はぁ」
ため息がちに彼はコップに入った水を差しだす。
「ん?」
「人の店で落ち込んだ顔をするんじゃない。何か注文しろ」
「いいの? やった」
お店から追い出すのは諦めてくれたらしい。
お腹がすいてパンを早く食べたいので朝陽も飲み物を注文することにした。
「ほらぁ、ジュースとかもあるよ? 私はいつも通りにジュースでお願い」
「弥子も俺の店に来たらコーヒーくらい、飲めよ」
「んー、カフェインの取りすぎはお腹の赤ちゃんによくないって聞くもの。それに私は苦いのは苦手なの。アサちゃんは何がいいかな」
朝陽はメニュー表を見ているとカフェオレがあるのを確認。
「カフェオレにしようかな。こう見えても私、カフェオレにはうるさいですよ」
「ほぅ」
「カフェオレとかカフェラテとかは大好きだもん」
その言葉に反応して、ようやく緋色が朝陽の方をまともに見てくれる。
「お子様が良く言うぜ。こだわりとかあるのか」
さすがにコーヒーの話題は彼の興味を引くらしい。
「私の学校の帰り道にス●バがあるから、よく帰りにカフェラテを飲んでました。カフェラテはホイップクリームが入ってるものが一番好きだよ」
「スタ●かよ。普通の女子高生って言うのは、普通はファーストフード店かコンビニのコーヒー程度だろ。これだからお嬢様は無意味に良いものを飲みやがって」
「……だって、美味しいんだもん。それじゃ、カフェオレで」
カフェオレを注文すると、「すぐに用意する」と緋色はカウンターの中に戻る。
手馴れた手つきでコーヒーを淹れはじめる。
その様子を眺めながら彼女は弥子に尋ねる。
「緋色って何だかんだ言いながらもコーヒーが好きなんだね」
「昔からお父さんに教わってたりしてたらしいよ」
「そうなんだ。コーヒー好きは遺伝なのねぇ」
「そうそう。コーヒーを淹れるのは上手だよ。実際、ここの常連客のおじさん達からも味については高評価だし」
亡き父の跡を継いで、地元の皆から愛される喫茶店の店長になる。
それが今の緋色の生き方。
ただ、そこに不満があるのは緋色自身がまだ完全に自分の運命を受け入れているわけじゃないのかもしれない。
「……緋色はもっと他にやりたい事とかあったのかな」
「さぁ? 都会に行きたいのも、目的意識があったわけでもなさそう」
「将来、都会でビックになってやるぜっ的なのもなし?」
「ないない。アレのキャラじゃない。ないものねだりって言うのかな。ただの憧れなだけだから、これはこれで合ってると思うよ」
理想と現実、憧れは所詮は憧れでしかない。
弥子は「それよりも」とさらに小声で朝陽に言う。
「緋色君が暴言吐きまくりでごめんねぇ。傷ついたでしょ」
「……いいですよ。私、彼氏もできない程のダメ人間です」
「そ、そんなに自虐しないで。アサちゃんは良い子だよ」
「慰めなくてもいいから。自分のダメっぷりにはうんざりしてるくらいだし」
落ち込む事しかできないけども、事実ではあるので否定もできない。
――彼氏どころか、今や、昔の友達すら無くしかけてるありさまです。
ボロボロの朝陽の精神状態。
癒してくれる存在は現在、弥子だけである。
「ほら、出来たぞ。カフェオレとオレンジジュースだ」
注文したホットのカフェオレを緋色が持ってきてくれる。
「やった。もうお腹がすいてるの。いただきます」
朝陽は隣のパン屋で買ったメロンパンを食べ始める。
クッキーの部分のサクサクとした食感がたまらなく美味しい。
朝から人気のお店なだけあるよ。
「んー。これいいよ、ふわふわっとしたパンの生地がとても美味しい」
「でしょ。いいよねぇ。やっぱりパンは焼き立てがいい」
「……おい、こらぁ。パンの感想よりもカフェオレの感想を言え」
緋色が不満気に朝陽を睨みつける。
そうでした、感想を期待されていたんでした。
「だって、お腹ペコペコだったんだもん。カフェオレもいただきます」
カップに口をつけて、カフェオレを飲み始める。
甘さは少し控えめだけど、ミルクでコクが引き出されている。
風味豊かで温まる、春先にはぴったりの代物だ。
いいコーヒーを淹れてると素人の朝陽でも分かった。
「まぁまぁだね……んにゃー!?」
いきなり緋色からデコピンをされて朝陽はおでこを押さえる。
「地味に痛いデス。お客さんに何するの」
「やけに上から目線だな、お嬢」
「いひゃい。ひ、ひどいや。感想を言っただけなのに」
「こらー、緋色君。暴力反対!」
「……こんなお子様に味の感想を期待した俺がバカだったよ」
「むぅ。美味しかったよ。でもね、私はもっと甘い方が好きなだけだもんっ」
「あん? そんなのカフェオレじゃねぇよ」
「これは大人のほろにがカフェオレ。女子が好きな甘いカフェオレが好きです」
緋色はこだわり派なので、女子視点など考えもしていないだろう。
コーヒー自体、朝陽も苦いのは苦手なのでつい砂糖を多めに入れてしまう。
「今度はもっと甘めに淹れてね?」
「何でお嬢を基準にしなきゃいけないんだよ」
「それくらいが女の子にはちょうどいいと思うの。人気でますよ」
緋色はふて腐れながらも、「考えておく」と言ってくれた。
――素直じゃない。でも、緋色らしいや。
しばらくは朝のひと時をのんびりと過ごす。
美味しいメロンパンにカフェオレ、良い朝ごはんになった。
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