第3話:どうせ、私はダメダメな子ですよ



「ふぅ。良いお湯だったなぁ」


 お風呂上がりの朝陽はタオルで髪を拭きながら廊下を歩く。

 最後は雅が撫子を説得してくれたおかげで、無事にお泊りをすることに。

 頼りになる従姉がいてくれると助かる。


「私のパジャマだけど、サイズはどう?」


 雅は代えの着替えも用意してくれた。


「ありがと。体格的には大丈夫そう。ただ、胸元が少しきついかも」

「朝陽は成長しすぎ。いつのまに、そんな巨乳さんになってたのよ」


 彼女に案内された寝室には既にお布団も敷いてくれていた。

 ホント、雅は気遣いしてくれる良い子だ。


「気づいたら、こんな感じに。私としては身長がもう少し欲しかったかな」


 自分の胸元に視線を向けて朝陽はそう言った。


「胸ばかり大きくなったのは、何かしてたわけでもないけどねぇ」

「それは贅沢な悩みだと思うわ」

「ないよりはあった方がいいんだろうけど、私は気にしてないよ?」

「無自覚な発言をするところが朝陽らしいわね。撫子の静かな怒りを買うわけだ」


 それで撫子に敵意を抱かれてしまったのは困る。

 

「あの子って粘着質っぽいから、後を引きずりそう」

「我が妹ながら、怒らせると一番怖いと思ってる」

「でも、二人は喧嘩なんてしないでしょ。仲良し姉妹だし」

「まぁね。本格的に喧嘩したことはないかな」

「いいなぁ。姉妹仲良しさんで羨ましい」


 彼らの仲の良さは朝陽が羨むくらいだ。

 朝陽には兄と姉がいるが、こんな風に仲はよくない。


「あれ? 乙姫とは不仲だっけ?」

「姉妹関係は微妙です」

「年の差ひとつだと姉妹仲もよろしくない感じ?」

「お姉ちゃんは厳しいよ。たった一つの年の差以上に、差を感じるくらいに別次元の生き方をしているの。最近は彼氏もできたし、羨ましい」

「ふ、ふーん。乙姫に彼氏が……あの子にできて、なぜ私はまだ初彼氏もできてないんだろう。おかしいなぁ、性格的に私は負けてないと思うんだけど」


 ぶつぶつと小声で呟く雅に「どうしたの?」と尋ね返す。


「う、ううん。何でもないよ。乙姫の彼氏ってどんな人?」

「同じ大学の先輩だって。医学部のエリートさん」

「マジで?」

「うん。将来の事を含めて、パパもお気に入りの人物です。ただ、あのお姉ちゃんの性格によく耐えられるよね。本気で思うの」

「お医者さんになるのって辛抱強いのが条件ってことかしら。乙姫も美人だもの。黙っていれば彼氏くらいできてもおかしくないけど、解せぬ」


 何だかんだで雅は「乙姫に彼氏が……」とショックを受けているようだ。

 

「雅ちゃんだって、本気で彼氏を作ろうとすればすぐにでもできるはず」

「確認だけど、朝陽には彼氏なんていないわよね?」

「頭も悪くて、料理もできない私には彼氏なんて望んじゃいけないんですよー」

「そんなに拗ねなくてもいいのに。でも、安心できた」


 彼女はお布団にダイブして、「安心って何だよぉ」と唇を尖らせる。

 高校三年間で男子と話したのがたったの三回だけなのに彼氏なんてできません。

 そんな風に自虐したくなる気持ちを抑えながら、


「あーあ。これからどうしようかなぁ」

「何も先が決まらないのは辛いわね。アルバイトとかしてみたら?」

「ついでに、一人暮らしってやってみたかったり」

「……朝陽が?」

「雅ちゃん。何で半笑いで言うの?」

「ごめん、ごめん。だって、朝陽って典型的な箱入り娘みたいな印象を持ってるから。自立とか無理そうだなって思わず」

「うぅ、返す言葉がないよ」


 ゴロンと布団に寝転がりながら、


「どうせ、私はダメダメな子ですよ。ぐすんっ」

「朝陽が自立したいって気持ちがあるのが驚き。正直、朝陽は足りてない事が多いわ。自分でも分かってるんじゃない?」


 雅言う通り、今の朝陽には足りていないものが多すぎる。


「で、でもね、頑張ってみようと思う気持ちはあるんだよ?」

「……そうだよねぇ。これから、朝陽がどう過ごしていくのかも考えなくちゃダメだもの。高校卒業したら、大人になるってことだし」


 ちょうどいいので、雅に相談する。

 今の自分には何もしたいことがない事を告げた。


「なるほど。朝陽はまず、やりたいことを見つける事から始めないとダメかも?」

「……それが分かんないし。とりあえず、大学生を目指してただけだもん」

「そもそも、大学に入っておけば、というのが間違いなのよねぇ。例え、大学に行ったところで、夢も目標も彼氏もすぐにできると思ったら大間違いだからね?」

「彼氏を強調するあたりが経験談っぽいよ、雅ちゃん」


――雅ちゃんも雅ちゃんで大変そうです。


 彼氏が欲しくてもすぐにできないのは性格だけではないのかもしれない。


「今できる事をする。環境の変化は確かに人を変えると言うし、自立のためにも一人暮らしをしてみるって言うのはありかもしれない」

「ホントに? 私、ひとりだとお掃除も洗濯も料理もできないけど、大丈夫?」

「……だ、大丈夫だと思う。うん、人間、やればできる。やれば慣れる、はず」


 雅の微妙なフォローが「私には無理だよね」と自覚させられて悲しかった。

 自立すること。

 そのために必要なことを考えること。

 

――今の私が何かを始めるとしたらそれなのかもしれないなぁ。


 従姉妹に愚痴を聞いてもらいながら、自分の未来を考えるのだった。





 同じ頃、リビングでは撫子がとある人物に連絡をしていた。


「はい、そういうわけで非常に迷惑しています。明日の朝にでも回収に来てもらえればとても幸いです。いえ、お気になさらず。乙姫さんが悪いわけではないので」


 連絡を終えて「ふぅ」と、彼女はため息をつく。

 隣に座る猛は様子を伺う。


「これで問題は解決ですね。邪魔者は消え去ります」

「相手は乙姫さん?」

「えぇ。お宅の妹が邪魔しに来てるので追い出したいと相談しました」

「言い方がひどいな。朝陽ちゃん、可愛いのに」

「兄さんは可愛いだけの子なら誰でもいいんですか」

「彼女は彼女なりに悩んでる様子。無理に追い返すこともないだろ」

 

 彼女の髪を撫でてご機嫌を取りながら、


「乙姫さんも乙姫さんで心配性だなぁ」

「え? どこがですか?」

「いや、だって、家出しないようにいろいろと細工したりさ」

「単純にダメ妹に手を焼いてるだけでしょう」


 彼女に「違うよ」と優しく言う。


「あの人なりに心配してるのさ。これから先、自分の妹が進む未来がどうなるのか。はっきりしないからこそ、何とかしてあげたいってね」

「大学受験に失敗して、どん底のニート生活が始まります」

「それは朝陽ちゃん次第でしょ」

「乙姫さんも家に帰ったら再教育しなおすと断言しておられました」

「可愛がってるだけですから。乙姫さん、朝陽ちゃんのことが大好きだろ」


 ああいえば、こういう。

 猛にとっては乙姫の行動が姉妹の愛情に想えるんだろう。


「兄さんって、世界はみんな等しく優しいとか思っていそうで怖いです。甘いですよ。世の中、そんなに甘くないですから」


 はいはい、と猛に笑われてしまう。

 世界はそんなに甘くない。

 自分が頑張らなくては、何も始まらない。


「あのダメダメなお嬢様に、明るい未来なんてありませんよ」


 今のままでは、何も変わらない。

 ――今のままでは。

 

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