第39話:私自身が一番望んでいなかった
ふたりが兄妹であると知ってしまった。
失意の淡雪を家まで送るために優子は車を走らせていた。
――私と猛クンは血の繋がりのある兄妹。
先ほど聞かされた事実に彼女はまだ動揺を隠せずにいた。
夜道を照らす、ヘッドライトの明かり。
「……お母さん」
走る車の窓の外の景色に目を向けながら淡雪は力なく母を呼んだ。
「淡雪?」
「私のせいで、お母さんを傷つけることになったわ。ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。本当に謝らくちゃいけないのは私よ。ごめんね」
猛の家で真実を淡雪は知った。
彼は本当は須藤家の人間だったこと。
淡雪と猛は双子の兄妹だったこと。
そして、彼女がずっと彼を憎んできたのは筋違いで、大きな過ちだったこと。
それらの事実は淡雪に後悔と苦悩をさせるだけには十分だった。
初恋の想い。
――初めて好きになったのが実の兄だなんて。
そんなつまらない昼ドラのような現実に頭が追い付かない。
「猛クンとは高校に入ってから知り合ったわ」
「貴方にとって、猛はどんな子だった?」
「誰に対しても優しくて、気遣いができて、すごく頼りになる男の子だった」
「そうなんだ。淡雪の口から猛の話はあまり聞かなかったから、知り合い程度なんだと思ってた。とても親しい関係だったのね」
「うん。とっても親しくて、信頼してたの」
淡雪は今にも消えてなくなりたい気持ちを抱えていた。
絶望感と罪悪感が氾濫する胸中。
「知り合って、仲良くなって……だけど」
「だけど?」
「私の中であることがずっと気になっていた。お母さんのことよ」
「ふたりが私の子供かもしれないっていうこと?」
「えぇ。猛クンがお母さんの再婚相手の子供だって知るのに時間はかからなかった」
それゆえに、何度も、何度も、疑惑を抱き続けてはいた。
――彼と私は兄妹じゃないか。想像だけはしてたのに。
衝撃ではあるけども、可能性として否定したことはなかった。
それを受け止められずにいるのは、きっと――。
――私自身が一番望んでいなかった。
現実ではあってほしくないと、何度も否定し続けて。
――兄妹ではないと思いたかった。私の願いだったの。
そんな少女の願いは、裏切られた。
「猛クンは果たして、お母さんの実の子供なのかどうか気になっていた」
「……そうね。当然、気になるわよね」
「でも、新しい家族のことを聞くのはルール違反みたいな気がしてずっと聞けなかった。遠慮してた。聞いてしまうと、お母さんが困るだろうって……」
「貴方は優しい子だもの。それで思い悩ませてしまったんだ」
家族と言う形はひとつじゃない。
人の数だけ事情も形もあるものだ。
親の離婚、再婚で家族の形が変わることも平気である。
そして、誰だって、新しい家族の間には入り込めない。
「だけど、その遠慮が私にとって致命的だったわ」
もっと早く真実を知る機会はいくらでもあったはずなのに。
「怖くて聞けなくて、物事を先送りにしてきた」
何でもそうだ。
面倒くさい事、嫌なことは誰もが先送りにする。
それでいい思いをしたことなんてないことを、何度も経験しているはずなのに。
「……ごめん、淡雪。子供たちに負担をかけたくないと思って黙っていたの」
「うん。何も知らなければ良い事もあるもの」
「だけど、これは話さなくちゃいけないことだったわ」
優子にも優子の事情があり、決意があった。
ふたりの子供に対して、言うべきことを言うべきだった。
話せなかったのは己の弱さ。
「いつかは話そう。そう思っていても、できなくて……逃げてた結果、こんな風に淡雪と猛を苦しめてしまったわ」
「お母さんも同じだったんだ」
「そうね。話さなくてもいい。どこかそう思い込むようにして、結果として最悪の形で子供たちを傷つけてしまった。ダメな母親ね」
母の後悔。
淡雪の後悔。
互いに後悔しているのは、似ているようで“別のこと”。
「聞きたいのに、聞けない。本音で語り合えないことっていくらでもあるよ」
「……私自身も怖かったのよ。須藤家での出来事は私にとって、とても悲しい出来事だったから。忘れてしまいたくて、できるはずもなくて」
母の苦悩を想像すれば、それは仕方のないことだ。
――何でも話せる間柄だと思っていても、話せないこともあるんだ。
それが例え、親子関係だったとしても――。
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