第37話:その愛情をもって彼を救ってあげて


 他人の幸せを壊してしまいたい。

 そんな愚かな願望が、現実となろうとしている。


「大和兄妹がデキてるって話はマジなのかな?」

「マジでしょ。前々から怪しかったじゃん」

「でも、近親相姦とかありえないわ」

「私、お兄ちゃん相手じゃ絶対無理。漫画の世界じゃあるまいし」

「世の中、気持ち悪いほどの兄妹愛を貫く関係ってあるのね。あー、気持ち悪い」


 大和猛と大和撫子は兄妹でありながら交際している。

 “インセスト・タブー”。

 近親相姦は忌み嫌われる存在だ。

 どんなに兄妹同士で愛し合っていても、世の中の大半はそれを認めない。

 人は自分の価値観と違うものは受け入れられない。

 同性婚などの性的少数者に理解がないのも仕方がないこと。

 

「……望み通り、世界を敵に回してるわよ、撫子さん」


 騒動の中心人物、撫子を遠目に見つめながら淡雪は内心、ほくそ笑んでいた。

 壊れてしまえばいいんだ。

 ふたりは幸せになってはいけないのだから。


「それにしても、彼女はこの騒動でも慌てふためくことがないのね」


 余裕があると言う事は意外だった。

 眞子がきっかけとなり、噂は学校中に流れている。

 今や、学校中の生徒が彼らの敵だ。

 現に猛なんて周囲の攻撃にさらされて苦痛の表情を浮かべている。

 なのにもかかわらず、肝心の撫子の方はと言えば落ち着いている。


「世界を敵に回しても気にしない。その図太さが私にもあればいいのに」


 これまで彼女は多くの敵を作ってきた。

 大好きな人を取られたくない。

 その一心で、何もかも捨ててきた結果だろうか。


「でも、貴方の弱点はそこにあるのよ。撫子さん」


 自分は大丈夫だから、と油断してはいないだろうか。


「大好きな人が苦しむ姿を間近で見続けているとどうかしら?」


 撫子はきっと知ることになる。

 世界を敵に回した結果がどれだけ、彼を苦しめてしまうのかを。


「二人の未来に幸運なんて訪れない――」


 それこそが淡雪の歪んだ想い、願い。

 嫉妬心が招いた騒動はさらに大きなものへとなっていく。






「……須藤さん、隣に座ってもいいですか?」


 淡雪が食堂で昼食を食べていると、眞子が声をかけてきた。

 

「いいけども、どうしたのかしら?」


 彼女は「食べながら話したいことがあるんです」と相談を持ち掛けてくる。

 眞子の今日の昼食はきつねうどん。

 淡雪も今日はうどんの気分で同じうどんだった。

 ただし、中身は半熟卵が乗って美味しそうな月見うどん。

 この学食のうどんはだしが美味しいのでお気に入り。


「眞子さんはきつねうどん派なんだ? 私はどちらかと言えば月見うどんの方が好きかな。同じ値段だから、ついそっちを選んじゃう」

「私、お揚げの甘い味が好きなんです」


 なんてどうでもいい他愛のない会話をしながら、

 

「それでお話って何? 相談ならいつでも乗るわよ」

「……この前の話の続きをしてもいいですか」

「どうぞ。彼はどうしたの?」

「どうあっても、自分の意思を捻じ曲げる事はしないようです。こんなに周囲に否定されているのに、愛を続けている」

「他人の声にも耳を貸さない。よくいるわ。恋は盲目、目を覚ますにはまだ足りてないのかもしれない。そこで諦めてはいけないわよ」

「はい。私、もう少しだけ頑張ってみます。私が彼を救ってあげないといけないんです。間違いは正さなければ、彼のためにならないから」

「えぇ。そうね」


 この騒動を引き起こした張本人なのに、まだそれを救済だと信じ切っている。

 

――この子の純粋さは笑えてしまうほどに真っ直ぐなのね。


 無自覚な人間の思い込みは怖い。


――人の感情を利用する私もどうかと思うけど。


 他人ごとのように淡雪はそう思いながらも、


「……貴方の行動は正しいわ。すべてその人のためになっているもの」

「ホントにそうでしょうか」

「もちろん。彼の事が本当に大事なのね」

「片思いでもいいんです。私はあの人の笑顔に心を満たされてきました。ずっと憧れてきたんです。私は彼に振り向いて欲しいわけじゃない」


 彼女が純粋なのは、自らの愛のためだけにこの騒動を起こしたわけではない。


――心の底から猛クンのために行動している。


 嫉妬でどうにかなりそうな淡雪と違い、ちゃんと彼を想ってもいる。


――純粋な愛情。それを利用する私は悪女かしら。


 同じ悪女の友人を思い浮かべた。


――アレと同じ。なぜかしら、罪悪感が急にわいてきたわ。


 自分が美織と同類だと思うと、少し悲しくなる。


「彼には幸せになってほしいんです。その相手が間違ってさえなければ……」


 猛への一途な想い。

 彼女は自分のしている行動が正しいと疑わない。

 

――思い込みが激しい所をもう少し、つついてみようかな。


 あと一押し、と感じた淡雪は、


「もう少しで彼も目を覚ましてくれるんじゃないかしら。人間って守りたいモノのためなら、自らの信念を曲げてでも譲歩するしかなくなる事もある」

「……守りたもののために」

「彼が守りたいものって何なのかをよく考えてみたらどう?」


 そこが彼らの弱点、ウィークポイントなのだから。

 淡雪は箸をおいて、食べ終えた器の横に置いた。

 

「ごちそうさま。眞子さん、早く食べないとうどんがのびてしまうわ」

「あっ……はい。須藤さん、話を聞いてくれてありがとうございます」

「相談に乗れたかどうかも分からないけどね」

「いえ、少し思いついたことがあります。私、諦めません」


 その瞳には覚悟が秘められている。

 まだまだこの騒動を盛り上げてくれそうだ。

 

「頑張ってね、眞子さん」

「はいっ」

「その愛情をもって彼を救ってあげて。貴方だけができるのよ」


 微笑み返しながら淡雪はこの騒動をさらに炎上させるのを期待していた――。

 

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