第6部:虹を見たいなら雨を好きにならないと
第30話:あの子のことを覚えておいて
季節はめぐり、春になった。
学年が一つ上にあがり、再び猛と同じクラスメイトになれた。
「暖かくて、良い季節ね。春は好きだわ」
淡雪は校庭を桜並木を歩きながら春の季節を満喫する。
綺麗に咲いたピンクの桜の花びら。
見ているだけで幻想的で心が穏やかになる。
木漏れ日を感じながら、桜の鑑賞をしていると、
「須藤さん、帰りですか?」
「こんにちは、眞子さん。確か吹奏楽部だったわよね。これから練習?」
「はいっ。今年はメンバーにも選ばれたんで頑張ってます」
にっこりと穏やかに微笑む少女。
椎名眞子(しいな まこ)。
クラスでも人気で子猫のように可愛らしい女の子だ。
ピュア子と呼ばれるだけあってとても純粋な子でもある。
「くすっ。今年も猛クンと同じクラスになれてよかったわね」
「え?」
「だって、彼は眞子さんのお気に入りでしょ。違う?」
淡雪の指摘に彼女は「あ、あぅ」と顔を赤らめてしまう。
誰にでも分かりやすいほどに一途な想い。
彼女が猛を好きなのは一年生の頃から周知の事実だったりする。
――本当に顔に出やすくて、わかりやすいんだもの。
これだけ純粋な子も今どきは珍しい。
「あの、別に私は大和さんのことは……憧れがあるっていうか、それだけで」
「そう? 彼って誰にでも良い顔をしている女ったらしな所もあるから気を付けないと。騙されて痛い目をみてしまうかもしれないわよ?」
「ち、違いますよ。あの人は本当に優しい人なんです。私みたいな子にでも、優しくしてくれて。あと、すごく笑顔がステキで、あっ」
慌てて口元を押さえて「だから、好きとかじゃなくてですね」と否定する彼女。
片想いだとしても、誰かを好きになっている女の子は可愛らしい。
「あらあら。ホントに頑張らないとね?」
「もうっ。あんまり私をいじめないでください、須藤さんっ」
「ふふっ。ごめんなさい。可愛くて、つい」
本当に可愛くて、羨ましい。
――この純粋さが私にもあれば、もっと彼の前で素直になれたのにね。
散り始めた桜が淡雪達の目の前で風に舞う。
「桜も見納めね。もう少ししたら、花散らしの雨で終わってしまうわ」
「でも、桜って散り際が一番綺麗じゃないですか」
「舞い散る桜。確かに綺麗だけど、寂しくもあるわ」
長い冬の終わり、春の到来を告げる桜の花が終わりを迎える。
「新しい季節の始まりね」
淡雪たちが桜を見つめてそんな話をしていた時だった。
「あっ」
思わず、眞子が声をあげる。
淡雪達の視線の前に現れたのはひとりの少女だった。
漆黒の黒髪、凛とした瞳。
「――っ」
長い黒髪を風になびかせ、桜の花びらを見上げて楽しそうに笑う。
その落ち着いた雰囲気と、どこか大人びた顔つきが美しい。
「すごく綺麗な子。あんな美人さん、初めてみたかも」
眞子も彼女に対してそんな印象を口にする。
「本当に綺麗な子だわ。同姓から見てもそう思えるんだもの」
「須藤さんも十分に綺麗ですよ?」
「ありがとう。でも、あの子は特別感があるわね」
「新入生でしょうか。今年の一年生はレベル高いですねぇ」
興味津々と眞子は彼女の方へ目線を向ける。
淡雪があの少女を見るのは初めてではない。
そう、一度、この目で見た事がある。
『撫子。あんまりくっつかないでくれ。恥ずかしいだろ』
『嫌ですよ。ふふっ。離してあげませんっ。猛兄さん』
いつだったか、猛と仲睦まじそうに微笑みを浮かべていた。
あの時の笑顔が脳裏に残り続けている。
「須藤さん、どうしたんです? あの子、気になります?」
「ねぇ、眞子さん」
「はい?」
不思議そうな顔をする彼女に淡雪はなぜかこんな忠告をしてしまうのだ。
「猛クンの事が好きならばあの子のことを覚えておいて」
「え、あ、あの、だから、私は……」
淡雪はそっと彼女の唇に人差し指を触れさせて言葉を封じさせる。
「黙って聞いて欲しいわ。彼に興味があるのならば」
「は、はい?」
キョトンとする眞子さんに淡雪は警告とも取れる言葉を告げる。
「彼女の名前は大和撫子(やまと なでしこ)と言うのよ」
「大和撫子? え? 冗談ではなく?」
「実名らしいわ。大和撫子らしく、和風美人だから名前負けもしていない」
「へぇ、すごく可愛い名前ですね。あれ、大和?」
彼女もその名前に気づいた。
もう一度だけ淡雪は撫子を遠目に見つめて、
「……そう。あの子こそ、猛クンの溺愛している妹さんなのよ」
「大和さんの妹? うわぁ、兄妹そろって美形の兄妹さんなんですか」
「大和撫子。彼に想いを抱くのならば絶対に覚えておいて」
彼女は「えっと?」とまだよくわかっていない様子。
――本当に覚えておいて。彼女こそが猛クンの想い人なのだから。
彼を好きになるのなら、避けては通れない相手でもある。
――撫子さん。ついに入学してきたのね。
それは淡雪にとって、いろんな意味で避けてほしかったことだった。
――猛クンの本性が世間にバレて可哀想な目に。
シスコンな彼の評価はきっと下がるに違いない。
それ以上に、あらゆる可能性を考えても、
――もう彼の青春は終わったのかもしれない。
容易に予想できる哀れな未来。
彼の恋人ごっこの相手でもあった淡雪としても複雑だった。
「波乱の一年になりそうね。ふふふ」
春の到来。
この淡雪達の出会いが後にある騒動を巻き起こす事になる――。
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