第110話:なんでそんな事を思っちゃうわけ?
大和家の庭には夏になると百合の花が咲く。
種類も豊富で、庭一面が色とりどりの百合の楽園になるのだ。
「これと、あっ、これもいいですね」
まもなく夏休みを迎える7月中旬の週末。
朝から撫子が綺麗に咲いた百合をハサミで摘んでいた。
「撫子は昔から百合が好きだよな」
「はい。この庭には良い花が咲きますからね。カサブランカも素敵な可愛さです」
百合と一言で言っても種類によっては大きさも色も違うものだ。
カサブランカは大きめの百合の花。
撫子が切っているのは、小さめの可愛い花をつけるヤマユリだ。
「百合って夏が旬だっけ?」
「そうですね。主に夏場に向けて咲く花ですよ。今年も夏が来ました」
百合も夏をイメージさせる花らしい。
花をまとめて準備をしていると、雅が声をかけた。
「お待たせ。準備はできたかしら、ふたりとも?」
彼女が車を出してくれることになっていた。
少し遠出のおでかけ、頭が痛くなるのがこの問題だ。
「……はぁ、姉ちゃんの車か」
「何よ、猛。私では不満なのかしら?」
「正直、運転に不安があるというか」
とにかく運転が荒い、安全運転とは正反対なものなのだ。
過去数度、怖い目にあっている。
「失礼な。私、こうみえても自動車学校の先生からお墨付きをもらってるのよ」
「何の?」
「最後の試験の時に『キミの運転だと絶対に事故をするに違いない』ってはっきりと言われました。てへっ」
「何のお墨付きだ!? 誰だよ、この人に運転免許を与えたのは……」
さらに車に乗るのが怖くてしょうがない。
「お願いだから安心、安全の運転でお願いします」
「だいじょーぶ」
「ノリが軽いな。全然、大丈夫な気がしない」
「姉さん、荷物の準備ができました」
「それじゃ、行きましょうか。暑くなる前に済ませましょう」
「……えー」
「嫌そうな顔をしないの、我が弟。さっさと車に乗りなさい」
無理やり乗せられる形で猛は後部座席に座った。
せめてもの抵抗。
姉の運転では助手席に座りたくない。
代わりに撫子が助手席に座る。
彼女自身は絶叫マシンでも楽しむつもりなのか。
「今日はわざわざわありがとうございます、姉さん」
「……ん。まぁ、この件に関していえば、私が原因でもあるし。ずっと隠し続けてきてごめんね。恨んでくれてもいいけど」
「そんなことありませんよ。姉さんは悪くありません」
「撫子が納得してくれるとホッとする」
車が動き出して、目的地に向けて発進した。
音楽の流れる車内で彼は雅に、あることを確認しておく。
「なぁ、姉ちゃん。聞いてもいいかな?」
「私のスリーサイズは現在、上から……」
「興味ないから。撫子と同じようなことを言わないでくれ」
「ちょっとは興味を持ちなさいよ、失礼な子ね。撫子以外に興味がないのかしら。このシスコンさんめ。私のスリーサイズは上から86……」
「やめいっ!?」
スリーサイズなんて情報を知ってどうしろと言うのやら。
「ちなみに胸のサイズは撫子に負けました」
「なぬ?」
「兄さんが望むのなら、詳細なデータをお教えしましょうか?」
「遠慮させてもらいます。姉妹でいじらないで」
猛はこほんっと咳払いをして、
「こっちは真面目な話をしようとしているんだ。話の腰を折らないでもらいたい」
「はいはい。何かしらぁ?」
「……あ、信号、青だよ。で、話って言うのは俺達の事なんだけど」
「どういうこと?」
「俺達が血の繋がらない兄妹だってことさ」
先日、猛達が義理の兄妹だと言う事実を知った。
それを年上の雅はずっと気づいていたと言う事だ。
「散々、煽るように俺と撫子の関係を応援していたのって実の兄妹ではないと知っていたからだよな。だから、あんなにも応援してたんだろ」
「んー、それもあるわ」
「いやいや、実の兄妹だったら応援なんてしないじゃん」
「私はどちらであろうと二人が本気なら応援してたわよ?」
ハンドルを握りながら彼女は笑う。
冗談ぬきでこの人ならありえるかもしれない。
昔から猛達を見守り続けてくれた理解者だから。
「いつから義理の兄妹だって知ってた? 最初からか」
「そうね。私が小学生に入る前くらいに両親が再婚したの。その頃には何となくだけど、事情を理解できるくらいの年だったわ」
「そんな前からか。俺は何も知らなかったからなぁ」
雅は猛をどんな気持ちで見守ってくれていたのだろう。
義理の弟、他人である彼に対しても……。
「あのさ、姉ちゃんは撫子とは血の繋がりがあっても、俺は他人だろ。そう考えると、今の関係を続けていてもいいのかなって思ったりもする」
同じ母親から生まれた撫子と雅は血の繋がりのある姉妹だ。
だが、猛だけが違う。
「俺は弟でいいのかな」
言うならば、他人である猛が弟面をしていてもいいのかなって思う事がある。
「……ねぇ、そのセリフ、私は聞きたくないわ」
彼女がこちらに振り向いた。
その顔は不機嫌そうで怒っているようにも見える。
「なんでそんな事を思っちゃうわけ?」
「いや、だってさ」
「私は貴方を実弟だと思ってる」
「はい」
「血の繋がりがなくても、ずっと弟として接してきたわ」
「俺もだよ。姉ちゃんは姉ちゃんだ」
「だったら、そんなことを考えるのはやめて。私の姉弟は貴方と撫子なのよ。次に同じ台詞を言ったら許さないわよ? いい?」
姉の言葉に安心感というか居場所がある気がしてホッとした。
「家族にとって大事なものって言うのは血縁関係だけじゃない。家族として一緒に過ごした時間そのものなんだから。それを否定しないで」
「……ごめん。ありがとう」
謝罪とお礼を同時に伝えた。
――彼女ならそう言ってくれると信じてたけどね。
彼にとっては常に頼れる姉である。
ずっと昔から猛達を愛してくれている姉だからこそ疑うこともない。
ただ、確認してみたかっただけだ。
「姉ちゃん」
「なぁに、猛? お姉ちゃんに甘えたいのなら甘えてくれてもいいわよ」
「ま、前を見てくれ、超危ない!? うぎゃー」
良い感じの雰囲気をぶち壊すのは命の危機。
「ちょっ、マジで危ないっ」
よそ見をした雅がうっかりと中央分離帯にぶつかりそうになっていた。
激しく車が横に揺れ動く。
何とかバランスを取り戻して回避できる。
「あー、大丈夫、大丈夫。私は常に安全運転を心がけているわ」
「それは嘘だぁ!?」
「何よぅ。姉の運転が信用できないの?」
「で、できるわけがない!」
「ちぇっ。猛の信頼が欲しいの」
「もういいから前を見て運転してください、お願いします」
それ以後も怪しい挙動を続ける車内で猛は叫ぶ。
運転中の姉に声をかけてはいけない。
――俺たちの命が非常に危険だ。泣きそうだ。
その事を後悔する羽目になる猛だった。
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