第92話:私達が愛し合う事を誰が止められるの



 世界が撫子達に敵意と言う名の牙をむいても自分を見失しなければいい。

 

――私は兄さんが好きで、彼も私を愛してくれている。


 この恋愛が禁じられたものだとしても。

 誰に恥じる事もない、負い目に思う必要なんてない。


――私達が愛し合う事を誰が止められるの?


 誰にも止める権利なんてない。

 この愛は自分たちだけのものだ。

 苦労して、乗り越えて、ようやく手にしたもの。

 邪魔などさせるつもりはない。


「兄さん、新しいショッピングモールができたんですけど、行きませんか?」


 休日という事もあり、撫子達はデートに出かけていた。

 今日一日は噂なんて気にせず、恋人関係を楽しめばいい。

 

「……そうだな」


 難しく考え込んで、顔色がよくない。

 彼が何かを考えているのか。


――そんなの容易に想像できしてしまいます。


 噂のこと、ふたりの関係、これから先の未来。

 悩んでいてもしょうがないのに、と撫子は思いつつも。


――悩まずにはいられないのが兄さんなんですよね。

 

 無鉄砲で考えなし、後先考えずに行動するタイプではないのはよく知っている。

 相手の事まで深く考えすぎて、自分を追い詰めてしまう人。

 だから。


「兄さん♪」


 あえて明るく振舞うと、彼の腕に抱き付いて甘えて見せる。


「おいおい、こんなこと……」

「兄さん。今の私はもう妹じゃありませんよ?」

「それは……」

「違いますよ?」


 何度も確認するように。

 彼女は妹として甘えているんじゃない。

 

――恋人として私は彼に甘えているのを忘れてもらっては困るの。


 猛も分かって踏み越えたはずのライン。

 一線を越えるという意味を彼だって知っている。


「撫子」

「そんな顔は兄さんらしくありません」

「俺らしさって何だろ」

「私の好きな兄さんはいつも笑顔です」

「……そうか。せっかくのデートを辛気臭い顔をしちゃダメだよな」

「はいっ。さぁ、私を楽しませてくださいね」


 今と言う時間は簡単に過ぎ去っていく。

 わずかな時間でも大事にしないといけない。


「ほら、行きますよ」


 撫子は手を握りながら、彼を連れてショッピングを楽しむ。

 人々で賑わうショッピングモールで次々にお店を移動しながら、


「どうでしょう? 露出が派手すぎます?」


 夏物の新しい服を買ってもらったり、


「兄さんも私が似合いそうな服を探してあげます」

「撫子は俺と違ってセンスがいいからな。任せるよ」


 彼の服を選んであげたりと、恋人らしい時間を過ごす。

 しばらくすると、猛も自然に笑顔を見せるようになっていた。


「兄さん、兄さん。見てください」


 何となく入ったペットショップで子犬を眺めていた。

 ケースに入れられたまだ小さな子犬たちがとてつもなく可愛らしい。


「ちっちゃい舌を出したり、あくびする姿が可愛いですね」

「撫子は犬が好きだっけ?」

「基本的には猫派ですけど、犬も好きですよ。チワワとかパピヨンとか」

「小型犬に限るってことか」

「大きい犬は昔、飛びつかれたことがあって苦手なんです」


 小さな頃に小鳥を飼っていたことはある。

 それでも、小動物を飼うことは母親が許してくれなかった。

 周囲の同級生が動物を飼ってる話を聞くといつも羨ましかったのを思い出す。


「ほら、この子のとか。もう見てるだけで癒されます」

「確かに。子猫は可愛いよな。にゃー、にゃー、鳴いてる」

「兄さん。私、将来は猫を飼いたいんです」


 丸まって眠る子猫を見つめながら言う。


「……今の家じゃ猫は飼えないけどな」

「子猫のいる家で暮らすのが夢なんですよ」

「小さい夢だな?」

「えぇ。でも、その夢をいつか兄さんには叶えてもらいたいんです」


 いつか、ふたりがあの大和家を出ていく日がくるかもしれない。

 その意図を含めて、彼は理解した上で、


「叶えてくれますよね?」


 上目づかいで彼に迫ると、少し困った顔をしながらも、


「撫子の夢なら俺が叶えてやらないといけないな」

「はいっ」

「でも、家は出ません」

「えー」

「不満そうにしてもダメ。あの家が俺は好きだからな。飼うとしたら母さんを説得する方にする。そっちの方が楽そうだ」

「いえ、あの方は単純に動物が苦手なので無理でしょう」


 父から聞くところによると、母は昔から動物が苦手らしい。

 情が深いので、死んでしまうのに耐えられないと言っていた。


「猫ちゃん。私は好きですよ。にゃー」

「……だから、撫子は猫のぬいぐるみとかが好きなのか」

「それもありますね。つい集めてしまいます」

「そっち系のお店にもよる?」

「ぜひ。でも、今はもう少し、この子たちを見させてください」


 撫子を幸せにしてくれるのは彼だけだ。

 満面の笑みで「可愛いですね」と和んでいた。





「……今時はファミレスでも豪華なパンケーキがあるんだな」


 生クリームが山のようにデコレーションされたパンケーキ。

 お昼ご飯に入ったファミレスで撫子が注文したものだ。


「一口どうぞ」

「ありがと。ん、甘いなぁ。でも、美味しい」

「ですよね。兄さんが前に連れて行ってもらったお店もいいですけど、こういうお店のパンケーキも美味しいです。今、流行ってますからね」


 甘いだけじゃなくて生地もしっかりしている。

 ふわふわ感を満喫しながら撫子はパンケーキを食べる。


「……専門店は値段がなぁ。学生向きではないのが辛い」

「いつもごちそうさまです」


 苦笑いする彼。

 食後のコーヒーを飲みながら、彼は私に言う。


「この後はどうする?」

「映画でも見ましょう。ちょうど見たい映画もあります」

「いいね。そうしようか」


 ファミレスを出ようとすると、同級生くらいの女の子たちのグループとすれ違う。

 ふたりの顔を見て何やら小声で話している。


「ねぇ、あの子達って……」

「兄妹でって噂の?」

「マジで? 堂々とラブラブな感じでデートしてるじゃん」


 例の噂が広まっているせいで注目されてしまう。


「……っ」


 すぐさま顔を強張らせる兄さんに対して、


「笑顔ですよ、笑顔」

「え?」

「何もやましい気持ちはないんですから」

「それでも、俺たちは」

「兄さん。私たちが世間に非難される“いわれ”もありません」


 撫子は彼女達に向けて笑顔をみせると、向こうは驚いた顔をする。

 当然だ、そんな心境ではないはずだと誰もが思っていた。


「――ふふっ」


 微笑むを浮かべたまま、彼女たちの横を通り過ぎていく。

 噂話も何も言えずにぽかんと呆けた表情を見せていた。

 あまりにも堂々と過ぎ去った後に撫子は、


「ほら、こういう時は堂々としていればいいんです」

「撫子はすごいな」

「……兄さんが教えてくれたことですよ」


 人前では常に笑顔で、と子供の頃によく彼から言われた。


『撫子は可愛いんだから、その笑顔は皆を幸せにするんだ』


 猛の言葉はいつだって撫子の心に残り続けている。

 そして、力を与えてくれる。

 手を繋ぎながら、映画館へと歩き出す。


「なぁ、撫子。このデートが終わったら大事な話があるんだ」

「……大事な話ですか。もしかして、プロポーズされます?」

「さすがにそれはないなぁ」


 冗談で軽く流したけども、嫌な予感がした。

 

――兄さんが考えていることって……。


 嫌な想像しかできなくて、それを払しょくさせるために、


「ちなみに今日は見る映画はホラー映画ですよ。人気作らしいです」

「……なぜ、そのチョイスを」

「私は怖がりなのに、怖いもの好きと言う矛盾した性格ですからね」

「ま、待て。ここは別の映画に……びびってるわけじゃないけどさ」


 しどろもどろする猛が可愛くて撫子は笑う。


「冗談です。ここは定番の少女漫画原作の恋愛映画にしておきましょう」

「それがいいね」

「ちなみに、ヒロインがビッチでいろんな男の人と付き合いまくる話ですが」

「普通の映画にしようぜ、普通の!」


 ずっとこんな時間が続けばいいのに。

 撫子は内に不安を抱えながらも、今という幸せな時間を楽しんでいた。

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