第87話:世界の悪意を思い知ることになりそうだ
自業自得と言われても仕方がない。
学校での軽率な猛の行為が招いたのは嵐と言う名の波乱。
「……ねぇ、聞いた。あの噂?」
「ホントかよ? いや、今までもアレだったけどさ」
「その噂がホントならマジでやばくない?」
すれ違うたびに猛は人々の視線を感じていた。
小声で何かを話されたりすると気になって仕方がない。
しかも、その視線が軽蔑めいたものならなおさらだ。
これまでも、『毎日、撫子とお風呂に入る』や『隠れ妹がいる』など、噂の類で、猛の学内での評価がだだ下がっているのだ。
これ以上は下がりようがないと思っていたら、まだ下がる気配。
「……もしや、例の件か」
ただし、今度のは本気でまずい類の噂の様子だ。
すぐさま、教室に向かうとクラスメイト達に明らかに凝視された。
「おはよう」
「……」
声をかけても皆、何も返事はしてくれない。
――今までと違う類の噂が流れている、それは雰囲気で分かる。
だけど、誰も何も猛には尋ねてこず、影でこそこそと話をしている。
その微妙な反応に彼はどこか違和感を抱いた。
「これまでとは違うか。撫子も同じ目にあってるのかもしれな」
猛はすぐさま、彼女に携帯で連絡を取ることにした。
『私の方は問題はありませんよ。心配しなくても大丈夫です』
メールで返事が返ってきた。
『……お昼休み、お話をしましょう。コトメさんも来てくれます』
どうやら、撫子の方に恋乙女が援護してくれているらしい。
あの子がいれば、少しは安心だろう。
猛の方はと言えば、この微妙すぎる空気から早く抜け出したい。
「……覚悟を決めろよ、大和猛。こうなることも分かっていて、踏み出したんだろ」
猛は自分自身にそんな言葉を投げかける。
撫子に好きだと自分の気持ちを伝えた時から覚悟していた。
「撫子だけは守ってやらないとな」
それだけは、ヘタレでもメンタル弱くても。
絶対にやり通さなくてはいけないことだから。
昼休憩になると、すぐさま逃げるように猛は教室を抜け出した。
待ち合わせ場所は人気の少ない特別校舎の屋上。
そこには撫子と恋乙女が待ってくれていた。
「兄さんのクラスは大丈夫でしたか」
「針のむしろ。俺は4時間目までよく耐えられたと思う」
「兄さんにしては頑張りましたね」
悪意に満ちた視線に耐えきれず、逃げ出したくなるのを必死に我慢していた。
正直に言えば、早退したい気分だった。
「とはいえ、噂の事は俺にはよく分からないんだ。誰も俺に直接聞いてくることはなかったから。具体的にはどんな噂が流れているんだ?」
猛は恋乙女に尋ねると、言いにくそうに、
「あのね、たっくん。気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど。たっくんと撫子ちゃんがキスしていたんだって。誰かが目撃してたらしいんだ」
実は恋乙女ちゃんにはもう既に猛達の交際の事を話していた。
『えー。ふたりが付き合ってるの?』
『兄妹だけど、好きな気持ちは止められなかった』
『そっかぁ。私は別に気にしてないよ。ふたりがもしかしたら、本当の兄妹じゃないって可能性もあるわけだし。応援してあげる』
元はと言えば彼女の一言から始まっている。
『秘密の恋だね。頑張って』
軽蔑することなく受け入れてくれた恋乙女には感謝している。
「キスしたのは事実?」
「あぁ。2日前の事だな。やばいとは思ってたんだけど」
「そっかぁ。まずいねぇ。誰かに見られて、こんな噂になるなんて」
「噂の内容としてはただキスをしていただけ?」
彼女は首を横に振ると、
「今は尾ひれがついて泳ぎまくってる状態。そのうち、もっとひどくなるかも」
「……マジですか」
「面白半分で適当に流した噂が手に負えないことに。よくある炎上パターンだよ」
噂と言うのは性質が悪い。
悪意を持てば何でも尾ひれをつけて“噂”と言う名の“言葉の暴力”となる。
「たっくんも反省しなさい。もうちょっと我慢できなかったの?」
「……すみません」
恋乙女にたしなめられて、猛は軽率だったと反省。
「私は二人の味方だけど、どうにかしてあげられる状況でもないし」
「味方でいてくれるだけ心強いよ。俺はもう友人関係から見放されている」
「修斗さんたちは?」
「あえて距離を置かれている状況だな」
どちらにしても、クラスで孤立しかけている。
表だって彼らの味方になるものはいない。
「須藤先輩の様子はどうですか?」
「え? あ、あぁ、淡雪さん? ……話をしてないから」
「後ろの席なのでしょう?」
「沈黙してます。下手に干渉されてもアレなのだけど」
この状況に彼女は何か言いたそうだけども、何も言ってはこなかった。
話をするとしたらこれからだろう。
責められるのも辛いけど、反応されないのも辛いものがある。
「これが世界を敵に回すってことなのかな」
「まだ甘いですよ、兄さん。それはこれからです」
「……まだまだか。なぁ、撫子。いざとなったら」
「私は兄さんと別れるつもりは一切ありません」
猛の言いたいことを先回りして、逆に撫子に宣言されてしまった。
彼女は真剣な顔をして、想いを伝える。
「それだけは、認めませんよ。せっかく兄さんがその気になってくれたんです。10年もかかった想いを他人に邪魔なんてさせられてたまるものですか」
「……悪かった。そうだな。俺達は覚悟を決めて関係を始めたのにな」
こうなることも分かっていた。
それでも踏み出したのだから、諦めるわけにはいかないのだ。
「気になることがふたつあります」
「気になること?」
「まずはひとつ、噂が流れるのが早すぎるとは思いませんか?」
「一昨日の話だから、一日あいてだな」
だが、噂なんてそんなものだろう。
流れるときにはすぐに広まる。
「今の時代はSNSも色々とあるし、噂なんてすぐに広まっちゃうだろう」
「ですが、考えてもみてください。私と兄さんの関係が親密なのは今さらの話です」
撫子は「デートなんて何度も目撃されているでしょう」と呟いた。
「そうだな。以前から噂になるようなことはしてたわけで」
「たっくん達の関係を恋愛関係だと疑ってた子もいっぱいいただろうしねぇ」
「それで、キスしてたなんて噂が簡単に広まりますか?」
「なるほど。それなのに、噂が広まるには理由があるってことだね?」
「本来ならば、キスしていた、と目撃されたとしても、すぐに消え去る噂になる程度です。噂にも程度があり、軽い話だと、すぐに話題にもならずに流れていきます」
「情報のソースの問題ってこと?」
思案顔の恋乙女がそう尋ねた。
「えぇ。情報には信憑性がなければ、ただの戯言で終わります。この情報は確かだと言う確証がなければなりません」
「噂がこれだけ広まったのは、信憑性のある情報発信者がいるってことか」
ただの雑談のネタ程度の噂では終わらなかった。
それは、何かしらの理由があるのではないか。
「私はここに目に見えた悪意を感じるんですよ」
「悪意?」
「えぇ。私達を陥れようとしている気配を感じます」
「目に見える悪意か」
「ただの噂ではないと断言できます」
つまり、誰かが意図的に噂を流したということになる。
「誰かが俺達に深刻なダメージを与えようとして……?」
「でしょうね。兄さん、これは私の推測ですが、犯人は女性です」
「犯人って……何で女の子?」
「兄さんに好意を抱いてる子の犯行ですね。私との関係を羨み、悪意のある噂を流して関係を破たんさせようとする。嫉妬からくるものを感じます」
本当かよ、と思わず言いそうになるが恋乙女も賛同するように、
「撫子さんの言う通りかも。私もそんな風に感じるな」
「恋乙女ちゃんもそう思うのか」
「うん。こういうやり方ってね、男の子のする方法じゃないでしょ」
確かに、それは言えている。
男の立場なら、と考えてみれば……。
「仮に撫子を好きな男の犯行ならば、普通はそれを弱みにするよな」
「そして、無理やり関係を強いたりするのがえっちぃゲームの展開だね」
「……恋乙女ちゃんの口から出る言葉とは思えなかった。でも、その通りだ」
大抵の男ならこんなやり方はしない。
「噂を流して、相手の品位を落とす、と言うのは典型的な女性の手口です」
「なるほど、女の噂は怖いからな」
「しかし、そうだとするとここからは、関係なく根も葉もない噂に変わりますよ」
「……適当な噂を流して、さらに俺達を追い込みに来るってことか」
大きなため息を3人ともついて、初夏の空を見上げた。
「世界の悪意を思い知ることになりそうだ」
「ですが、これを乗り切った先にあるのは真の幸せです」
どこまでも撫子は前向きで猛達に言い放つ。
「私たちの目指すのはトルゥーエンディング。ハッピーエンドじゃなきゃダメです。どうせなら、これを機会に私達の関係を周囲に認めさせましょう」
「……そんなこと、できるのか?」
「やってみなければわかりませんよ」
さらに立場がなくなるだけだとしか猛には思えない。
だが、撫子は胸を張って言い放つ。
「世界から嫌われてもいいんです。兄さんの愛さえあれば他に何もいりません。兄さんとの愛を貫く、それが私の覚悟です」
しかし、現実は甘くない。
予想通りに猛達を取り巻く状況は、さらに悪化していくこととなる――。
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