第79話:姉妹って本当によく似ているよね

 

 結衣たちのダンスが始まる。

 激しい音楽に合わせて、楽しそうに踊る様。

 ダンスの振り付けを必死に覚えて、練習を積み重ねて。

 結果を出すための努力は決して手を抜かない。

 それが結衣らしさだった。


「どうだい、淡雪さん。結衣ちゃんのダンスを見た感想は?」


 猛の隣に立ち、舞台を見上げる淡雪にそう尋ねる。


「あの子……あんなに踊れたんだ」

「意外?」

「普段はただ、部屋で手足をバタバタさせてるだけだもの」

「振付を覚えてるだけでしょ、それ」

「ある意味、不気味なものよ。ひとり、鏡の前で手足バタバタは……」

「れ、練習ってのは地味なものでしょうに」


 本番のステージ上での結衣は誰よりも輝いている。

 魅惑する可憐さ。

 彼女のダンスは見ている人を魅了する。


「毎日、必死に頑張って練習を続けてる成果さ。その結果がこれだよ」

「結衣のくせに生意気だわ」

「……言い方、言い方」


 口では認めていない様子だが、内心はどうか。


――淡雪さんは素直ではない子だからな。


 結衣を認めるのも簡単なことではない。

 仲間たちとタイミングを合わせ、キレのある動きで場を盛り上げる。

 観客たちの視線を虜にする。


「――!」


 常に笑顔で、元気よく。

 

――元気いっぱいの彼女の姿は、強い力を持っていると思う。


 見てる方も楽しくなる、そんな彼女のダンスが猛は好きだ。


「結衣が初めてダンスを見たのは、小学3年の時よ」

「よく覚えてるんだ」

「まぁね。母親と一緒に繁華街に遊びに来ていてね。ステージで踊る子たちを偶然に見かけたの。それが結衣とダンスの出会いだったわ」

「運命の出会いってやつか」

「あの子、家に帰ってからもすごくはしゃいでいたのを覚えている」

「結衣ちゃんにとってインパクトを与える出来事だったわけだ」


 自分を変えてしまうほどの衝撃。

 興奮と感動は結衣の日常を大きく変化させた。

 

「興奮した様子で『カッコよかった』とか『私もあんな風に踊りたい』って、無邪気に踊りだして。当然、祖母は良い顔をするはずもなく注意されてばかりで」

「でも、やめなかった?」

「あの子は熱しやすくて冷めやすい性格なの。誰もがすぐに飽きると思ってた」


 けれど、彼女は今もダンスを続けている。

 飽きることもなく、辛いことからも逃げることもなく。

 最初は見ているだけで満足していた。

 だけど、人間って言うのは見てるだけじゃ物足りない。

 今では自分も踊って、人々を魅了している。


「何をしても続かなかったあの子にとってのダンスは特別ってことかしら」

「自分を表現できる最高の場所なんだってさ」

「そう。ホント、不思議なものね。あの子が何かに夢中になって、それを続けて。今はあんなにもしっかりと踊れている」

「何でも継続するのって大変だと思うよ」

「……それは認めるわ。本当に好きなものは続けられるもの」

「結衣ちゃんから聞いたんだ。どうしてダンスを続けているのかって」


 それは結衣のコンプレックスからくる悩みでもあった。


『私、ずっと他人からはお嬢様扱いだったんだ』

『須藤家のお嬢様だからしょうがないだろ』

『でもね、特別視されても、私はお嬢様らしさがないから。全然、お嬢様じゃないのに、周囲はお嬢様扱いするんだ。お嬢様だから遊べない。一緒にいられない』

『時に立場は、自分の意志とは関係なく、人を縛るものだ』

『いつだって浮いて、友達も全然できなくて。でも……』

『ダンスを続けて変われた?』

『うん。ストリートダンスと出会って、皆と触れ合って。少しずつ分かってきたの。浮いていたのは周りのせいじゃない。私も壁を作って、拒絶してきてたんだ』


 彼女はダンスを通じて、本当の自分を知った。

 たくさんの人々に触れて、何が問題だったのかが分かった。

 孤立していたのは、自分の方にも問題があった。

 それを知るための“きっかけ”を与えてくれた。


『ありのままの私を見て欲しいの。皆に見てもらって受け入れて欲しい。これが私なんだって。もっと、もっと見て欲しい。私を知ってほしいんだ』


 お嬢様としてではない。

 普通の中学生、“須藤結衣”としての自分は何なのか。

 彼女はずっと探し続けている答えをここで見つけた。

 ステージで踊る彼女が見つけたもの。


「結衣ちゃんを見れば分かる。あの子はとても輝いている」


 まもなくダンスは終わる。

 その最後の瞬間まで誰もステージから目を離せない。


「淡雪さんは知らなかっただろう?」

「何を?」

「あの子はこんなにもすごいんだよ」


 音楽に合わせて踊る結衣ちゃんに惹きつけられる。


「本当にそうね。私は妹のことを理解していなかった。自由奔放、飽きっぽくて、我がままの塊みたいな子供だったのに……」

「あれが今の結衣ちゃんだ。本当の自分を表現する場所を彼女は見つけた」

「……あれだけ激しい動きをしても、笑顔でい続けられるなんて」

「楽しいんだよ。心の底から彼女はこの瞬間を楽しんでいる」


 楽しい気持ちが伝わってくるから、見ている人の心を打つ。

 一生懸命な姿に惹かれ、湧き上がる衝動に心を動かされる。


『自分らしく生きる、それが私の生き方だよ。笑顔のない生活なんて絶対に嫌!』


 大切なものは何か。

 自分らしさを見つけられた結衣は一回り成長した――。


「自分らしさか」

「価値観は淡雪さんとは違うかもしれない。でも、あの子なりの“らしさ”を認めてあげてほしい。自分で見つけたことが大切だろ」

「結衣は私にはできないことを平然とやってのける。私とは違うわ」

「これからだよ。淡雪さんにだっていつか自分らしさを見つけられる」


 猛は彼女の肩を軽くたたいて励ます。


「……結衣ちゃんにできて、淡雪さんにできないわけがない」

「それはどうかしら」

「できるよ。だって、ふたりは姉妹なんだから」


 届け、届け、届け――。

 

――結衣ちゃんの想い、淡雪さんに届いてくれ。


 満足気に踊る彼女から伝わる気持ち。

 淡雪はふっと微苦笑気味に、


「昔から自由奔放なあの子が羨ましかったわ」


 ステージを見つめながら淡雪はそう呟く。


「羨ましい?」

「我がままを言って周りを困らせてみたり、自分のやりたいことのためなら何でもしたり。あの子みたいに私はなりたかったのよ。笑ってしまうでしょ」

「……それが淡雪さんのなりたい自分?」

「そうかもしれないわね。自由に、自分らしくいられる。それが理想だもの」


 なりたい自分。

 誰だって自分の理想像くらいある。

 けれど、現実になりたい自分になれることなんてほとんどなくて。

 だからこそ、他人に憧れたりする。


「結衣ちゃんは、淡雪さんみたいにしっかりとして、人からも好かれて頼られる子になりたいって言っていたよ。淡雪さんが自分の理想の姿なんだって」

「……結衣が?」

「キミたち、姉妹って本当によく似ているよね」


 どちらも理想とするのは身近にいる姉妹だ。

 時に自分と違う価値観のズレでケンカも招くこともあるだろう。

 だが、それゆえに憧れることもある。


「お互いに相手のようになりたいって思いあってるんだ。それだけ相手の事を好きってことだろ? つまり、結衣ちゃんのことが大好きなわけだ」

「は、恥ずかしいからやめて」


 気恥ずかしそうに「それ以上は言わないで」と服の裾をつかんで抵抗してくる。


――可愛いっす。

 

 単純にその仕草が可愛くて、猛は微笑みながら、


「からかってるわけじゃない。理想的な姉妹だと褒めてるんだよ」

「それはどうかなぁ。猛クンは意地悪だもの」

「おいおい……」

「人が恥ずかしがるセリフを平気で吐く、ラブポエマー大和さんだもの」

「さりげなく俺をディスのだけはやめてください」


 普段は結衣に厳しい事も言う淡雪さんだけど、本音では大好きな妹なんだろう。

 

――結衣ちゃんだって同じだ。

 

時に厳しくて、怖いと思っても姉として尊敬できて、頼れる存在には違いない。


――似ていないようで、よく似ている。


 姉妹の関係はチグハグのようで、根っこの部分では繋がっている。


「今の結衣ちゃんの姿を見て、応援してあげたい気持ちになった?」

「……はぁ。応援なんてしなくても、あの子は自由にやるわよ」

「投げやりに言わなくても」

「やりたいように、やりたいことだけをする。周囲がどう思っても関係ない。自分を貫きとおす子だもの」

 

 困った表情でも、その横顔はどこか嬉しそうで。


「それが“結衣らしさ”になってるんだから。認めてあげなきゃダメってことでしょ」


 ちゃんと結衣の想いは淡雪に届いているようだった――。


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